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闇狩  作者: 月原みなみ
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ひかりの天使 二

 十二月二十四日にクリスマスパーティを。

 岬と雪子はその予定を決定し、光から一族の皆に声を掛けて欲しいと頼んだ。

 河夕にももちろんのこと、河夕の弟妹である生真と有葉。

 十君の蒼月、白鳥、薄紅、黒炎、梅雨、紅葉、そして先日十君になったばかりだという少女にも招待を。

 そして参加の際には、一人一つのプレゼントを忘れずに持って来てくださいと。

「プレゼント、か…」

 パーティを決めたこと自体が急であり、本番までわずか三日。

 プレゼントは何にしようと岬も自室で頭を悩ませていた。

 最年少の有葉が十四歳。

 最年長は蒼月の三十六歳。

 ビンゴか何かのゲームで勝った順番にプレゼントを選んで行く予定だ。

 せっかくなら、誰が選んでも喜んでくれるものを用意したい。

「何がいいかなぁ」

 布団の上でごろごろと考えていた岬は、天井を向いて一つ息を吐いた。

「…」

 有葉や薄紅なら、スノウ・ドームや小さなツリーを喜んでくれそうだ。

 蒼月や白鳥にはワイン。

 生真、黒炎、彼らはゲームなどしたことがないだろうから、貰ったら面白がるかもしれない。

 雪子とは、毎年、小物をプレゼントし合っているから、その繋がりで今年も別に用意する予定でいるし、光には自分よりも雪子が何かを贈るつもりでいる、…と思う。

「河夕…」

 ならば、彼には。

 夕方の光が言っていた内容を思い出して、岬はほんの少し痛む胸に眉根を寄せた。

 愛していた父親。

 互いに想い合っていたのに、それを素直に伝え合うことも出来ずに、残酷な別れを経た彼ら。

 河夕がいま一番欲しいものは何だろう。

 彼を喜ばせられるのは何だろう。

「…っ」

 考え出したら止まらなかった。

 どうしても、河夕が喜んでくれる贈り物を手に入れたくなった。


 ◇◆◇


「河夕さん」

 一族本部の城内で後方から声を掛けられた河夕は眉を寄せる。

 わざわざ振り返って顔を確かめるまでもない。

 声を聞き分けずとも、一族で自分をそう呼ぶ相手などたった一人だ。

「……………なんだ」

 不機嫌なのを隠そうともせずに返すと、光は逆に喜んで近付いてきた。

「いやですね河夕さん。この時期に本部で会えるのは珍しいことなのに、そんな顔をなさらないで下さい」

「…つまり俺の運は相当悪くなっているというわけだ」

「おや、そうなんですか?」

「………」

 にこっと微笑む光に殺意さえ覚えながらも、さすがに行動に移すわけにはいかず、河夕は黙って歩き出した。

 それを、光は構わずに追って並んだ。

 しかも恐らくは河夕が一番聞きたくないだろう話をし始めた。

「今日、雪子さんと岬君にお会いしましたよ」

「――」

 そう言われた時点で河夕は嫌な予感がした。

 にも拘らず止められなかったのは、彼にも理性があるからだ。

「昨夜は随分とお二人を惑わせたそうですね。まさか貴方から養子になるかと言われるとは思わなかったでしょう」

「…何が言いたい?」

「どこまで可愛い方なんでしょうね、河夕さんは」

「〜〜〜っおまえは! そんなくだらないイヤミ言うために寄ってきたのかっ、俺が苛立つのを知っていて!」

「貴方は大切な方々を守る術には長けていらっしゃるのに、特別な誰かを愛する術には疎くていらっしゃる」

「…っ」

「これは僕からの、心を込めたアドバイスです。――覚えておいた方が宜しいですよ? 貴方が大切に思う人、皆が、家族のように愛されたいわけではないのだということを」

 光の表情は笑んでいた。

 だが、その眼差しが険しい。

「……で?」

「と申しますと?」

「…っ…俺をイラつかせて何を企んでる!?」

 河夕が口調荒く言うのを、光は笑顔で受け流す。

「企むとは人聞きの悪い。僕はいつだって河夕さんの幸せを願っているだけですよ」

「ハッ」

 白々しいことを、いかにも嘘臭い笑顔で言う光を態度で突き放した河夕は歩調を速めた。

 その背中には「ついてくるな」という強い拒否感。

 さすがの光もこれ以上は近づけないと判断して足を止めた。

 深く敬礼した後、遠ざかる小さな背中を見送って、再びその表情を彩る楽しげな色。

「…まったく…本当にどこまでも可愛い人だ」

 くすくすと笑いを交えて呟く光に、その時、複数の人影が近付いてきていた。

 おそらくは河夕も気付いていて光を突き放したのだろう。

「貴方はどこまでも黒い人ね」

 呆れたように声を掛けてきたのは十君の一人であり影見の血に連なる者の一人、薄紅。

 もとは河夕の婚約者であった彼女は、彼をからかって楽しむ光に冷ややかな視線をくれる。

「この時期に河夕様の機嫌を損ねてどうするのさ。ただでさえ忙しくて皆が殺気立っているのに」

 続いて言葉を挟んだのは、十君・白鳥。

 しかしその表情は、言う内容に反して面白がっているのが明らかだ。

 そしてその横では、こちらは本気で呆れている十君・蒼月が額を押さえて短い溜息を吐いていた。

「おやおや、薄紅殿に白鳥殿、蒼月殿。お揃いで地球から戻られたのですか?」

「そうよ。一人で十も二十も魔物を狩って疲労困憊しているところに、貴方が河夕様を虐めているのが聞こえてきて疲れが倍になったわ」

「それは申し訳ないことをしてしまいましたね。――では、これで少しでも気持ちを浮上させて下さいますか?」

 言いながら差し出したのは、数時間前に地球の友人達から預かったクリスマスパーティの招待状。

 雪子の字でそれぞれの名前が書かれた封筒を抜き出し、手渡すと、三人ともの表情に驚きと嬉しさの入り混じった笑みが毀れる。

「これは…思い掛けない贈り物ね」

「僕達も招待してくれるのかい?」

「岬君と雪子さんが、是非、十君もと」

「…ありがたいな」

 用件だけが簡素に記された招待状には、だが手の込んだ装飾が施され、その所々の緩みなどに手作り独特の温もりが感じられた。

 心のこもった宴への招待。

「貴方が河夕様を虐めていたのもこれが理由?」

 冷静な視線をくれる薄紅に、光は楽しげな笑みを浮かべた。

「薄紅殿も聞けば判ります。岬君からクリスマスの誘いを受けて、自分の養子になるのかと返したんですよ、あの方は」

「―――」

 前以って光が言っていた通り、聞いて驚いた彼らは目を丸くして言葉を失くし、しばらくしてから「哀れ」と息を吐いた。

「それは…岬様も驚いたでしょうね」

「まぁ、…河夕様には、それしか思いつかなかったんだろうが…」

「うー…ん、何だねぇ」

 白鳥がくすくすと笑い、遠い日を思い出す。

 それはあまりにも懐かしい記憶。

「僕もね、一度だけ先代に頂いたことがあるんだよ、クリスマスプレゼント」

「……妙に派手な飾りのついた菓子だろう」

「そうそう、君も?」

「チョコやキャンディの詰め合わせでしょう? 私も頂いたわ。一体なにを始めるつもりなのかと思ったのを覚えてる…」


 その年のクリスマス、赤や緑、白、金色、煌びやかな装飾が施された大量の菓子が一族本部の出入り口にあたる大ホールに置かれていた。

 影主は一族の王。

 一族の父も同じ。

 ならば狩人達はみな己の大事な家族も同然だと笑顔で言い切った先王は、例に漏れず、後に古老達の叱責を受けただけでなく、地位にして末端の狩人達にまで悪し様に蔑まれた。

 それでも笑っていた。

 光に。

 薄紅に、白鳥に、蒼月に。

 いま河夕の十君として生きる者達にプレゼント用に包んだ菓子を手渡して、……幸せそうに、笑っていた。


「先代は、子供達の笑った顔が、ただ見たかったんでしょうね…」

「だよねぇ。僕なんか驚いたのと理解に苦しんだのとで、ろくな反応も出来なかったよ」

「…俺など甘いのは苦手だと受け取りもしなかった……」

 悔いるように呟く蒼月に、

「あの頃の君はこれ以上ないくらいの堅物だったからね」と白鳥が茶化す。

 続いて光が、

「大丈夫ですよ。いまの僕達は河夕さんの貴重な戦力です。あの頃がどうであれ、先代は現在の僕達を見て喜んでくださっているでしょう」

 そう励ますと、十君それぞれの口元が微妙に歪む。

「………だと、いい」

「うん」

「…そうね」

 そうだといい。

 何も知らなかった頃、どんな言葉も、思いも、誰に理解されることもなく、受け流されるだけで苦しんできたであろう大切だったはずの人。

 本当は、河夕が一番守りたかった人。

 笑ってくれているといい。

 あの頃と変わらない、あの、優しい笑顔で。

「――あら、そちらは有葉様と生真様に?」

 光の手元にまだ残る複数の封書、その上に書かれた名前を目に留めて、薄紅は小首を傾げる。

「ええ。…ですがお渡しするのは明日にした方がいいでしょう。河夕さんも部屋に上がられたようですし、有葉様や生真様のお部屋を訪ねに僕の気配が近付けば、尚更、不快な思いをさせてしまうでしょうから」

「…自覚していて、河夕様にああいう物言いをするのか」

「僕らしいでしょう?」

 無邪気な笑みで言ってのける仲間に、蒼月は再び溜息をついた。

 白鳥は肩を竦め、薄紅は呆れた顔で手を差し出す。

「なら私達が預かるわ。これから河夕様に報告へ上がるつもりだから」

「ありがとうございます」

 薄紅の好意を素直に受けた光は、有葉と生真宛の招待状を彼女に預けた。

「あとは誰に届けるんだい?」

 白鳥に尋ねられ、光は一通ずつ書かれた名前を読み上げる。

「黒炎殿と梅雨殿、紅葉殿、そして星海殿」

「星海にも?」

「岬様も雪子様も、星海には面識がないでしょうに」

 先の戦で紫紺が十君から抜けた事により、新しく任命された“星海ほしみ”という名の十九歳の少女は、一族の新体制にまだ不慣れながらも懸命に理解しようとしている努力家だ。

 確かに岬も雪子も彼女とは面識がないけれど、十君を招待するならばと、当然のように彼女にも招待状が用意された。

 その気持ちがありがたいと光は語る。

「…それで、星海にも深緑が届けるの?」

「ええ、星海殿を怒らせてはいませんからね」

 探るような顔つきで問うて来る薄紅ににこりと返す光。

「………貴方のことだもの、何も気付いていないとは思えないのだけれど」

「さて。なんのことでしょうか」

 続く意味深な言葉にも笑い返し。

「…緑。間違ってもあて馬になんぞするなよ…?」

「嫌ですね。僕が何か企んでいるとでも?」

「………ほんと、イイ性格しているよね〜…緑君て…」

 蒼月、白鳥の物言いたげな口調すら笑顔で流して、光の心は随分と弾んでいるようだった。

 そうして数分後。

 光を呼び出す音がする。


 それは、まるで天上からの導きのように。


 ◇◆◇


 岬は布団から起き上がると、雪子に電話を入れる。

 彼女から光の連絡先を聞き出し、すぐさま彼に電話した。


 光は岬からの電話に意外な口調で応じたけれど、邪険にあしらったりはしなかった。



 河夕が喜んでくれるもの。

 そして、彼だけじゃなく、誰が選んでもきっと喜んでくれるもの。

 考えれば考えるほど、岬には、それしか思いつかなかった。




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