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闇狩  作者: 月原みなみ
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ひかりの天使 序

「河夕、一つ質問してもいい?」

 高城岬が不安そうな顔つきで影見河夕に尋ねたのは十二月二十日の午後だった。

 午後と言っても、ほとんど夜中に近い時刻。

 最近の日課になりつつある近況報告を兼ねて四城寺の母屋である高城家を訪れた河夕と二、三の言葉を交わした後、彼を部屋に通す途中でそう問い掛けたのだ。

 河夕は顔に「?」を浮かべて小首を傾げたが、同時に背筋を走った震えに眉根を寄せ、

「質問くらいいくらでも聞くから、熱い茶か何か貰えるか?」と返した。

 少しの労力を惜しまなければ自らの能力で体温を上げることも容易いのだが、もう少しで暖かい部屋に入れるのだと思うと、わざわざ能力を使う気にはならないらしかった。

 岬は「もちろん」と笑顔になり、部屋へ向かう歩調を速めた。

 この地域では雪など滅多に降らないが、陽が落ちてからの冷え込みは並ではなく、一面が屋外に向いた雨戸の廊下は吐息が白く色づくほど寒い。

 痺れる指先を擦り合わせながら歩いていた二人は、暖房の効いた部屋に入るなりホッと安堵の息を吐いた。

「いまお茶淹れるから、座って待っていて。――あ、珈琲の方が良ければそうするけど」

「俺とおまえで、別々のを用意するのは面倒だろ」

「? 俺だって珈琲飲めるよ」

「おまえが飲んだら寝れなくなってそうだ」

「そんなことないっ」

 岬がムキになって言い返すと、河夕は「ははっ」と声を立てて笑う。

 カフェインで眠れなくなるのは誰にでも有り得ることなのだが、今の河夕の言い方では子供だとからかわれたようで、岬もついムキになってしまった。

 少しばかり頬を膨らませてキッチンに立った岬は、だがふと気付いて上着のポケットから携帯電話を取り出す。

「河夕、これ」

「?」

 大きく弧を描くように放られた携帯電話は迷わず河夕の手に落ちる。

「河夕が来たら呼んでって雪子に言われていたんだ。代わりにお願い。あと、父さん達はもう寝てるから静かに来てって」

「おぉ」

 了解の意を短い返答で伝えた河夕は渡された携帯電話から、隣――と言っても四城寺の長い石段の下なのだが、そこに住んでいる岬の幼馴染、松橋雪子を呼び出した。

 コール二回で応じた雪子は、岬からだとばかり思っていた電話から河夕の声がしたことにまず不満そうな声を漏らし、もう高城家の両親は休んでいるから静かに入って来いと告げると「判ってる!」と、これまたムキになった声が返ってくる。

 相変わらずな少女に小さく笑いながら電話を切った河夕は、それをテーブルに置いた。

「いま来るってさ」

「うん」

「で? さっき言ってた質問てのは?」

「雪子が来てからでいいや。同じこと二度も話させるのは悪いし」

「ふぅん」

「ところで…、今日は光さんは一緒じゃないの?」

 岬が不思議そうに尋ねると、聞かれた本人は嫌そうな顔をする。

「おまえな…、俺がいつもアイツといるような言い方はよせ」

「え…、だって仲良いでしょう?」

「誰と誰が?」

「河夕と光さんが」

「……………」

 真面目に返した岬に、河夕が見せた表情。

 それは、雪子と合わせて三人分の珈琲を盆に乗せた岬の手元を危うくするほど、彼の笑いを誘うものだった。



 ◇◆◇



 人間の悪意を糧に成長する闇の魔物、それを統括していた闇の王・是羅が、彼らを宿敵とする闇狩一族、その王・影主である河夕の手によって葬られてから九ヶ月が経とうとしている。

 是羅を退じたことによって闇の魔物達は統率者を失い、これまで蓄えてきた力のほとんどを奪われたために弱い魔物は王の消滅と共に消え去ったが、それなりの能力を持っていた魔物達まで滅ぼすことは叶わず、それらが単体で暗躍するのを防ぐには至らなかった。

 結果、是羅を滅したことで一族の目標を達成し、存在意義が薄らぐかに思われた闇狩一族は、二人目、三人目の是羅の出現を阻止する為にも、あれ以来、生き残った魔物の討伐に日夜奔走していた。

 是羅を滅ぼすために一度は玉座を実弟の生真に継がせて命を捨てた河夕は、だがこうして生きている現在、

「やはり影主は河夕様お一人しかいらっしゃらない」という、彼を慕う十君の希望のもとで復位し、先の戦で亡くした十君・紫紺の代わりには十九歳の少女が。

 副総帥・高紅の代わりは、現在はまだ空のまま、闇狩一族は新たな歴史を刻み始めている。

 また、是羅消滅の鍵であった少女・速水の存在は、闇狩一族のかつての王・影見綺也の妻として改めてその名を系図に記され、綺也と、その弟・貴也の名は、九十五代目の“二人の王”として――そして兄弟として、後世まで伝えられる形が成された。

 というのも、是羅消滅という一族の宿願を達成した河夕の偉業を讃え、彼の石造を創ると言い出した細工師達に本人が猛反対し、今回の本当の功労者は五百年前の兄弟だと彼が強く言い放ったからだ。

 いま、一族本部の城の前門には、高さ三メートルを超える過去の兄弟が建造されている最中である。

 そして、速水の魂の器となった高城岬。

 彼は、巻き込まれたも同然の幼馴染・松橋雪子と共に、彼ら自身の日常へと戻った。

 四城寺の住職や、その家族に憑いていた速水を主とする魔物達も彼女と共にこの世を離れたため、彼らもまた普通の人間へと戻り、岬の両親、岬の兄姉として、彼ら自身の日常に戻ったのだ。



 ただ一つ、あの頃と違うのは。

 河夕が傍にいること。

 光が会いに来ること。

 狩人と魔物の戦は終結し、速水が解放されたことで一般人に戻った高城岬は、だが、育まれた絆、生まれた感情、それらを失うことはなかったのである。


 ◇◆◇


「相っ変わらず、夜遅くの訪問なのね」

 呆れたように言う雪子に、河夕は苦く笑う。

「仕方ないだろ、日中は何かと慌しいんだ」

「それにしたって、もう少し早く出てこれないの?」

「無理だな。この時間にならないと有葉や生真から手が離せない」

「有葉ちゃんと生真君?」

「あの二人だって七つや八つの子供じゃないでしょ?」

「子供じゃないから手が離せないんだ。生真は剣術、有葉は武術を教えろって、最近、特にきかない。それ断って岬に会いに来ると後が怖い」

「へぇー。岬ちゃん、妬かれてるんだって」

「ぇ…」

「そんなところだ」

「――」

 雪子は冗談のつもりで言ったのだが、河夕は真面目な顔で頷く。

 さすがの少女も一瞬固まってしまったが、言った本人に全く他意がなさそうだから呆れてしまう。

「…ほんっと影見君て…」

「なに?」

「何でもない」

「?」

 怪訝な顔をする河夕に、岬も苦笑いだ。

 岬が用意した珈琲をそれぞれ口に運びながら、さて、と雪子は姿勢を正した。

 それを見て岬も背筋を伸ばす。

「? なんだ?」

 何が始まるのかと眉を寄せた河夕を、二人は緊張した面持ちでじっ…と見上げた。

「…河夕。さっきの質問、してもいい?」

「あぁ、来た時に言ってたやつか」

「そう。あのね…」

 言いかけて、岬は雪子と顔を見合わせる。

 どこか不安そうな、言い難そうな顔。

「私から聞く?」

「……ううん、俺が聞く」

 妙に重々しい二人の態度に、河夕の眉間の皺がますます深くなる。

 と、そうして向けられた質問。

「河夕、……クリスマスって知ってる?」

「――」

 その内容に、河夕は思わず目を丸くする。

「……は?」

 これを聞き返したとて誰が彼を責めるだろう。

「クリスマス、…って今月の二十五日にあるやつ……だよな…?」

 そんな常識を知らない奴がいるのかと言い返したいのを堪えて、そう返すと、目の前の二人は揃って強張っていた表情に安堵の色を滲ませた。

「良かった…これも知らなかったらどうしようかと思った」

「それ、知らない奴がいるか?」

「自分の誕生日も覚えてないような人だからもしかしてって思ったのよ!」

 憮然と言った河夕に、雪子の容赦ない返答。

 確かに自分の誕生日は忘れるが、…そう、意外にもクリスマスというのは思い出深い日なのだ。

「確かに、ついこの間までは一族の掟に縛られていたから祝い事なんか目立ってやったことはないが、クリスマスは別で、その日だけは父親が俺達兄弟にプレゼントを用意してくれていた」

「へぇ…」

「意外だわ…」

 二人の反応に「だろ」と頷いて、河夕は懐かしい日を思い出す。

 地球では二十四日の夜にこんなことがあるのだと、河夕や生真、有葉の枕元に大きな贈り物を置いていった父親。

 家族という絆、愛情、そういったものを一切認めない一族の中で、変人だ、狂人だと蔑まれながらも深い愛情を注いでくれた彼の人は、もしもまだ存命であったら、現在の一族にどんな言葉をくれただろうか。


 自分が命を奪った、彼の人は。


「…」

 そんなことを思い、懐かしさに綻ぶ顔に微妙な歪みが生じたのを、岬は見逃すことが出来なかった。

「ぁ…、あのね、河夕」

 そんな彼の顔を見ていたくはなくて慌てて言葉を繋ぐ。

「実は雪子と、みんなで集まってクリスマスパーティーをしようって計画を立てているんだ」

「パーティ?」

「うん。河夕と、生真君と有葉ちゃん、光さん…出来れば十君の皆にも会いたいし…都合のつく人だけでもいいから、ね」

「そうそう。皆でプレゼント用意して、ゲームしたり、歌ったり踊ったり」

「料理もいっぱい用意するよ」

「会場はまだ考え中なんだけど、近所のカラオケ店に大部屋があるから、そこの予約取ろうかと思っていたり」

 岬と雪子が交互に言うのを聞いて、楽しそうだなと思う反面、河夕にはどうにも解せない疑問が一つあった。

「プレゼントって、俺が用意するのか?」

「? うん」

 みんなで用意するのだ、もちろん河夕も用意するのだという意味で頷いたのだが、途端に彼はますます難しい顔になった。

「それは…なんだ。全員が俺の養子になるってことか?」

「――は?」

 聞き返す岬と雪子に、だが河夕は一人真剣に悩み始めていた。




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