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闇狩  作者: 月原みなみ
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Happy Birthday−河夕−

「は? 今、俺が欲しい物?」

 唐突にそんなことを聞かれて、影見河夕は驚くと言うよりも何かを疑う顔になる。

 何故ならそれを聞いてきたのが松橋雪子、その人だったからだ。

「何よ、その顔」

 こちらも、相手の聞き返す口調に眉を寄せ、思いっ切り不服そうな顔。

 また一方では緑光が顔を隠し、肩を震わせながら必死に何かを、…恐らくは笑うのを堪えている。

「…」

 よりにもよって、この二人のそんな姿を見せられてしまったら、彼らの問いかけに素直に答える気にはなれない。

 すぐ傍でもう一人、高城岬が不安そうな面持ちで座っているのも判っていたが、ここは目の前の危険を回避すべきだと自分に言い聞かせる。

 だが「そんなもん聞いて、どうする気だ」と言い返せば、ミス西海とも呼ばれる端麗な少女の顔が瞬時に凶悪なものになる。

「どうしてそう鈍いの!! だからモテないのよ影見君は!!」

「余計なお世話だ」

 ムッとして言い返す河夕に、光はやっぱり声を殺して笑っている。

「大体、いきなり欲しい物は何だって聞いてくる方が変だろ」

「何が変なのよっ、友達に誕生日プレゼントあげるのなんかごく普通のことでしょ!?」

「誕生日?」

「そりゃ内緒にしておいて当日ビックリさせた方がいいんだろうけど、影見君が喜びそうなものなんて想像つかないんだもの。変なの送って気を遣わせるよりは本人の欲しい物を送った方がこっちだって安心じゃない。違う?」

 一気に言い放つ雪子に、しばし呆然としていた河夕は、

「…ってーかさ」と困惑顔。

「誰の誕生日だって?」

「――」

 その問い掛けに、雪子と岬は絶句。

「――っ…っく…くくく…あはははは」と我慢の限界とばかりに光だけが大笑いを始めた。

「光?」

「光さん?」

「緑君!」

 河夕と岬、雪子がそれぞれの口調で呼びかけるも、当人は涼しい顔。

 しばらくは一人で笑い、

「だから言ったでしょう、河夕さんは御自分の誕生日を認識してはいらっしゃらないと思いますよ、と」

 まだ笑いを含んだ彼の言葉に、岬は戸惑い、雪子は大きな溜息。

 河夕は眉間の皺をより深く刻んだ。

「闇狩の狩人は“一人”が掟です。親も家族も、友人、恋人、一切の関係を絶たれる一族には誕生日を祝うという習慣そのものがないんですよ」

「じゃあ何で俺や雪子の誕生日は祝ってくれたの?」

「有葉様、生真様の誕生日だけは毎年欠かさずに祝ってらっしゃるのと同じでしょう」

「……人のは覚えていても、ってこと?」

「河夕さんの場合は特にでしょうね。何せ次の影主、現影主の立場では、周囲の目が異常に厳しいですから」

 河夕=一族総帥・影主の目付け役である何人もの老狩人達の顔を思い浮かべながら告げる光は、だがすぐに頬を緩め、くすくすと笑いを含ませて続ける。

「ですから…河夕さんは昔から気付かれないんですよね? その日だけは何があっても河夕さんの出先に姿を見せて頬にキスしていかれる有葉様の気持ちや、その日だけは本部で大人しくしていらっしゃる生真様の気持ち」

「…」

「夕食が少しだけ豪華だったり、洋服ダンスに新しい衣類が入っていたり、僕が一度も顔を見せなかったり」

 最後の部分を少しだけ強調して言うと、河夕は髪を掻き乱した。

 例えば、その夜に布団に入るとお日様の匂いがした、だとか。

 本部最上階、空を見上げることが出来る硝子天井、そこがいつも以上に澄んで見えることだとか。

 そんなさりげない心遣い。

 絶対に気づかれてはならなくて、……けれど感じて欲しい心地良さ。

「もう何年も、僕たち十君は貴方の誕生日を祝ってきていたんですよ?」

 有葉、生真、二人の弟妹。

 光や、その他の十君――蒼月や白鳥(青の幻影参照)――河夕の理想を信じ、彼を支えるべく十君の位を授かった理解者。

 その数は決して多くなかったけれど、自ら河夕の傍に居ることを選んだ者達は、いつだって河夕の誕生を――六月三十日という年に一度の記念日を祝っていた。

「副総帥に気付かれれば間違いなくお咎めがあったでしょうし、そうなれば河夕さんが心を痛められる…、気付かれないようにお祝いするのもなかなか大変だったんですよ。まぁそれが楽しかったのも本音ですが」

「なんか…愛されまくりだね、河夕」

「果報者…」

「〜〜〜〜〜っ」

 楽しげな光と、少なからず感動している様子の岬、呆れ顔の雪子。

 三人の傍で、河夕は二の腕に顔を埋めた。

 気付いてなかった。

 気付かれてはならなかった。

 ……知っている。

 気付かれてはならないと知っていたから、気付かずにいようと思った。

 だから本当は。


 ――本当は、彼らがその日を祝ってくれていることを河夕はちゃんと知っていたのだ。


「…」

 当日、何かが違うことに気付いて今日が自分の誕生日なのだと思い出す。

 それが毎年、年に一度の記念日。

 妹からの弾むようなキス。

 弟の無言の気持ち。

 暖かな寝床、満天の星空、静かな空間。

 どこか優しく流れる時間が教えてくれた、彼らが自分を想ってくれていること。

「そっかぁ…じゃあ今年はとことん典型的な誕生日パーティをしようよ」

「ケーキとプレゼントを用意して、ですか」

「そう、年齢の数だけろうそく立てて、ハッピーバースディを歌って火を消すの。友達皆呼んで、皆でお祝いするのよ」

「それは楽しそうですねぇ」

「楽しいわよ、絶対」

「あ!」

「どうしたの、岬ちゃん」

「そのプレゼントをどうしようって話をしていたんだっけ…」

「ぁっ…そうよ、そうだわ影見君! そういう訳だから欲しいもの言いなさい!!」

 雪子の強気な物言いで最初の問題に戻ってしまったが、今となっては、河夕の顔に浮かぶ感情が一度目とはまるで違う。

 頬の熱を無視しながら。

 視線だけは彼らから外して、河夕は低く言い放つ。

「…何もいらないさ」

「ぇ…」

「それじゃ答えにならないでしょ!」

「いい」

 一言を繰り返し、それはトドメの台詞。

「おまえらがいれば、それでいい」

「―――」

 真っ直ぐな視線に、まずは岬の顔が真っ赤になって。

 不本意ながら雪子も首まで真っ赤になる。

「っ…なっ、いっ、今のは卑怯よ影見君!」と強気に怒鳴る彼女に光が遠慮なく笑い出す。

 こんな、普段の繰り返しのような遣り取りが、…何より幸せだと感じる現在。



 これからは誰に遠慮することなく、声に出して伝えよう。

 胸に溢れる想い。

 記憶される一日。

 六月三十日、影見河夕の誕生日。


 ――誕生日、おめでとう。

 大好きな君達から、大好きな君へ。

 ここに生まれて来てくれてありがとう。





 ―了―



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