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闇狩  作者: 月原みなみ
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誓い抱きし者達 終

 本当のことを言ったら、こんなの冗談じゃないって思ったんだ。

 庇われて助かるなんて絶対に嫌だって。

 河夕が死んで俺が助かるなんて、そんなの絶対に絶対に、嫌だった。

 なのに…変なんだ。

 河夕のやったことは間違いじゃなかった。

 正しい選択だったんだって聞かされて、それがどうしてか嬉しかった。

 河夕が死んだのは悲しくて、信じたくなかったのに、そうまでして俺を守ろうとしてくれた、その気持ちは嬉しかったんだ。

 けどやっぱり、これから先の長い未来を生きていくなら、それは河夕と一緒の未来がいい。

 雪子と、光さんと、有葉ちゃんと生真君と…、今まで一緒にいられなかった大好きな家族も一緒に、これからの長い時間を生きていきたいんだ。

 だからね、河夕。


 だから、河夕――――。



 ◇◆◇



「…有葉ちゃんには何て説明するつもりなの」

「私が話すわ。こんなこと…、いつまでも隠し通せるはずがないもの」

「そう、だよね…」

 すぐ傍らから聞こえてくる二人分の少女の声は、幼馴染の松橋雪子と、河夕の元婚約者だという闇狩一族の少女・薄紅のもの。

「…」

 うっすらと開けた視界に一番最初に映ったのは、河夕を五年幼くしただけと言ってもいいくらい彼と似た面立ちの影見生真。

 痛々しい表情で、ぎゅっと唇を結んだままの少年の頬にははっきりと涙の跡が見て取れた。

「……」

 その一方では是羅が倒れたことを喜び合う何百もの狩人の姿。

 心から喜ぶことなど到底出来ない十君の面々。

 河夕が王として是羅を倒したことを喝采する者と、その犠牲が河夕だったことを悔やむ者とで、その場の空気は完全に二分されていた。

 それを虚ろな眼差しで見ていた岬に、ふと黒炎の驚きを交えた声が届く。

「っ、岬……?」

 岬が目を覚ましている、その事実に黒炎が驚いたのと同様、雪子や薄紅、生真までが驚愕の表情で横たえられたままの岬を見下ろす。

「岬様……っ」

「岬ちゃん…」

「…、雪子…」

 手を持ち上げ、感覚を確かめる。

 上体を起こし、体に異常がないことを確認しつつ、今まで泣いていたのだろう幼馴染に呼びかける。

「雪子…、河夕は……?」

「!!」

 これに驚いたのは雪子よりも闇狩一族の方だ。

 意識を奪った時点で、岬から闇狩一族に関する記憶はすべて奪ったのだから、彼から河夕の名前が出てくるなど誰も予想しなかった。

 だが岬は忘れてなどいない。

 忘れられるはずがない。

「岬様…貴方、記憶が……」

「全部憶えてる…、だって、俺が忘れなきゃならない理由は、もうないんだから」

「え…?」

「岬ちゃん…?」

「…河夕…帰ってくるよ…」

「…っ…岬様、…河夕様は……」

「ううん、帰ってくる。河夕は生きてるよ」

 はっきりと断言する岬に、薄紅も黒炎も、岬の傍にいた誰もが目を見開いたその時、バタバタと慌しい足音が響き渡る。

「え…」

 何事かと思う彼らの眼前に現れたのは、まだ幼い黒髪の少女。

 今までずっと眠り続け、目覚める気配など微塵も見せなかった影見有葉だ。

「有葉様…!」

「有葉様、いつお目覚めに……?!」

「…岬ちゃん…」

 驚きに声を上ずらせながら問いかける十君に、しかし有葉はそれらをすべて無視して岬に駆け寄った。

「岬ちゃんっ、お兄ちゃんは?! お兄ちゃん、どこ?!」

「有葉様…」

「お兄ちゃん生きてるんでしょ?! 帰ってきてくれたんだよね?!」

 必死に訴える有葉に、岬は笑んだ。

「――岬ちゃん……!!」

 そんな彼にぎゅっと抱きついて、有葉が笑った。

 二人の様子に信じられない思いと「まさか」の戸惑い。

 だがそれと同時に、微かな期待の灯が胸に宿る。

「――」

 ふと生真が背後を振り返った。

「岬ちゃん…」

「うん」

 有葉と、岬が、立ち上がる。

「……兄貴……?」

 全員の視線が、地平線へと注がれて……。



「―――今頃現れて、どういうつもりだ?」

「貴方が悲しまれるかと思い、こうして戻ってきた忠誠心厚き部下への最初の一言がそれですか?」

「ハッ。肝心な時に役立たずだったヤツの台詞がそれか?」

「あはは。そう言われると返す言葉もありませんね」

「…大体こんな簡単に帰って来てどうすンだよ。あんなカッコつけといて、怪我一つないまま戻るなんて、こっ恥ずかしいったらないだろーが」

「おや。そんなこと言っていいんですか? 岬君と雪子さんを泣かせたまま終わるより、一時怒られた後で一緒に未来を歩いていける、そんなハッピーエンドの方が僕は好きですけどね」

「…死んでも治らないんだな、おまえの性根は」

「僕らしくて嬉しいでしょう?」



 変わらない彼らがいた。

 変わらない声がした。

「みどり…くん……?」

「河夕様…」

 もういないはずの彼ら。

 失ってしまったはずの命。

「お兄ちゃん……!」

「兄貴…っ」

 幼い二人が駆け出した。

 岬も、雪子も。

「河夕!!」


 彼らの声に。

 自分の命と引き換えにしてでも守りたいと思った彼らの呼び声に、河夕と光は顔を見合わせ、そして、微笑った。

 河夕と、光と。

 駆け寄る有葉と生真の指先が。

 雪子と、そして岬の手が触れ合う。

 伝わる温もりに。

 確かな鼓動を感じて、生きているこの存在を確かめ合う。

 帰ってきた。

 失ったと思ったはずの命はこうして傍に戻ってくれた。

 これからの日々も一緒に過ごしていけるように。



 ―――一緒にいよう、必要だと思える限りは永遠に……。

 ――――約束だよ、絶対……



 結ばれた幾つもの約束を明日への誓いに変えて。

 未来はここから。

 今度こそ彼らは歩き出せる。

 

 一緒に歩こう。

 一緒に生きよう。


 これからの長い時間、幸せはきっと君と共に在るのだから――――……。






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