誓い抱きし者達 七
どれだけの長い時間を彼ら一族は戦ってきたのか。
始祖里界神より授かった命を忠実に遂行し、是羅を倒すために命を賭してきた。
影見河夕が王になるまでの一二七人の影主。
彼らが求め、叶えられなかった一族の勝利を、一二八代影主が今こそ現実のものにしようとしていた。
「薄紅、黒炎、おまえたち二人は岬を頼む。決して傷つけさせるな」
「御意」
「蒼月、白鳥、二人は是羅の足を止めろ」
「はっ」
「梅雨、紅葉、おまえたちは一族の連中とともに奇渓城にはびこる魔物討伐に集中してくれ。俺達が是羅を捕らえるまでの道を確保するんだ」
「心得ました」
十君の一人一人に指示を与えた河夕は、最後に黄金を向く。
自分とよく似た顔立ちの、十五歳の少年、実弟の影見生真。
「…俺が斬れるな」
「当たり前だ」
確かめるように問う河夕に、生真は間髪をいれず突き返す。
「おまえは俺が殺してやる…っ、五年前から決めてたんだからな……っ」
「…それでいい」
応える河夕の口元に浮かぶ柔らかな笑み。
生真はそれから目を逸らし、飛び立った。
奇渓城は死の神殿。
微かにも邪なる心を持った者が立ち入れば一瞬後には体を奪われ魔物と化す恐怖の星。
それを、狩人は駆け抜ける。
――河夕様を信じるしかない……
蒼月が白鳥に言った台詞は、皆が抱いた唯一の拠り所。
信じずには戦えない。
河夕の行いを受け入れられない。
彼の気持ちを理解できない。
…理解して一人先に逝ってしまった光すら、恨みそうになってしまう。
岬の左手薬指には金の指輪がはめられていた。
なんの装飾もない、なのに見る者の心を奪う輝きを秘めた速水の指輪。
河夕から手渡され、付けておけと言われたときには左手薬指と言う位置に抵抗があったものの、これが速水と影見綺也が揃いで身に付けたものの片割れで、是羅を倒すのに必要だと言われれば素直に聞き入れるしかなかった。
その指輪が熱を帯び始めたのは一体いつの頃だったか。
熱いと感じて見つめた先で、指輪は不可思議な光りを放っていた。
生真の手は震えていた。
しっかりしろと自分を叱咤しても震えは治まらず、そればかりか激しさを増していく。
(なんでだよ……っ)
自分を斬れと兄に告げられたあの時から、少年の心にはその問いばかりが浮かんでは消えていった。
なぜか、なんて答えは得られるはずが無い。
河夕は王として、そして岬と雪子の友人として彼らを守る手段を選んだにすぎないのだ。
(なんでオレに……っ)
斬れと言われた直後に鏡の間を飛び出した彼は、是羅を倒すためには影見の血を継ぐ者でなければならないという話を聞き逃していた。
影見綺也の異母弟・影見貴也が残した手紙にあったとおり。
そして二つの指輪が河夕に伝えた術と影見綺也が残した想い。
それらを実現させるためには影見の血と名を継ぐ者でなければならない。
綺也の想いを理解した者の手で、影見の手で、一族が隠しつづけた罪を贖わねばならないのだ、闇狩は。
それが是羅を倒すことにつながるのなら、なおさら。
(なんでオレに……っ!)
胸の奥から込み上げてくるものを必死に否定しながら、少年は前方を阻む魔物の群れに飛び込んだ。
「是羅――――!!」
力強い声とともに銀の刃が軌跡を描く。
奇渓城中枢、闇の王の間。
紅葉・梅雨率いる闇狩一族の援護を受けてここまで辿り着いた河夕は、玉座に座る男目掛けて始祖の力を振り下ろす。
「こしゃくな…っ」
数時間前の、異民族の獣によって受けた衝撃が未だ癒えないのか、河夕の刃を力で防ぐ是羅は既に息が上がっていた。
まさか闇狩がこの城に乗り込んでくるとは、是羅は考えもしなかっただろう。
是羅を倒す唯一の方法は高城岬を殺害すること、それ以外に方法はなかったのだから、岬を殺せない一族にはなす術がないはずだからだ。
ここに乗り込み、是羅に刃を突き立てたとて闇の王は死滅しない。
岬を殺す以外に一族に勝利はない。
「我に高城岬を差し出しに来たにしては無礼が過ぎるではないか若造!!」
「くだらないことをぬかすなっ、岬は貴様にだけは絶対に渡さない!!」
怒鳴り合う男達の声に幾筋もの閃光が重なる。
衝突する力と力。
「…っ」
傷の癒えていない是羅が不意をつかれて上体を崩す、その隙を河夕は無駄にしなかった。
「―――!!」
王、影主の光りを帯びた銀の刃が是羅の腹部に突き刺さる。
だが男は苦しみも、悶えもしなかった。
確かに刃の突き刺さったその個所から、人と同じ血が流れることもなかった。
「愚かだな…、我の魂は高城岬の内と言ったを忘れたか!!」
「河夕様!」
是羅の術が、腹部を突き刺せるほどに接近していた河夕を狙う。
蒼月が声を荒げ、白鳥が息を呑んだ。
不意に岬の指にはめられた速水の指輪が叫んだ。
「え?!」
耳鳴りのように甲高く、細く長い音だった。
しかしそれが岬には内側に住む少女の叫びのように聞こえた。
「速水? どうしたの速水!!」
自分の内側に問い掛ける岬、その心に少女の泣き叫ぶ声を聞いた気がした。
――おやめください河夕様…っ、そのようなことはおやめください……!!
そう叫んでいるのを、確かに聞いた。
「そんなことって…、河夕にやめろって…、一体なにを…」
岬が狼狽して呟く台詞に、彼を守護していた黒炎と薄紅が無言で顔を見合わせ、頷いた。
そうして動いたのは黒炎。
「!!」
突然みぞおちに拳を当てられて、岬は苦悶の声を上げる間もなく膝をつく。
「な…っ」
「許せよ。これも影主の命令だ」
「…貴方は河夕様の命を救うために自らを犠牲にしようとなさった…、貴方のその想いに私達は深く感謝しています…。だからこそ貴方を守らねばならない」
「ぅす…べに…さ…」
「河夕様の望みは私達の望み。…一族は貴方を救わねばなりません」
「…おまえは幼馴染と四城市に帰るんだ。俺達一族のことを忘れて、是羅のクソヤローも消えて、おまえたちは今までの平穏な生活に戻るんだ」
二人の十君の言っていることが右から左へと抜けていく。
理解できない。
二人が口にする言葉の先に訪れる結末が脳裏に浮かび、彼らが何を望んでいるのか、岬は理解することを拒んだ。
「な…で…、みんな河夕が好きだって…なんで……っ?!」
「――それが、私達が信じ慕った河夕様の願いだからよ」
「是羅…、影見綺也がなぜ命懸けておまえを封印したか解るか?」
薄紅と黒炎に守られた岬の様子を一瞥した後で、河夕は是羅を見据えて言い放つ。
「綺也が、その命と引き換えに、おまえの内側に自分の術力を張り巡らせることで、この奇渓城から逃れられぬよう呪いを施し捕縛したのは、五百年もの間ずっと待っていたからだ。速水の魂を継ぐ者を傷つけずとも、おまえを討つことの出来る影主が現れるのをな」
男はただ一人愛した少女を守るため、――彼女の命が果てた後も、是羅の魂は彼女の魂とともに輪廻に還り転生を繰り返す、その転生後の彼女さえも守るために、影見綺也は自分の存在を残すべく己の命を贄に是羅を封じた。
何故か。
自分の魂を持つ速水を求めて動き出すだろう是羅の中に残っていれば、綺也と速水は必ず再会出来るからだ。
たった一人の恋人を取り戻したいと願ったのは、速水だけじゃない。
男もまた速水との再会だけを願い、その時こそ彼女が救われることを信じて、己の命を懸けたのだ。
綺也が死んだのは自分のせいだと、己を責めた末の暴走によって、速水は輪廻ではなく時空の歪みを超えて高城岬という器に憑いてしまったけれど、岬が転生後の速水ではなく、彼女に憑かれた人間であるということが、話をより簡単にしてしまった。
速水を、そして岬を救う方法など単純なもの、岬から速水を引き離せばいいだけだ。
闇に憑かれた人間を救うために殺すしかないのは、人間の方が負の感情に支配されて闇を受け入れてしまったことに加え、闇の魔物がせっかく手に入れた器を手放そうとしないから。
だが岬の場合は負の感情に支配されたわけでも、自ら闇の力を欲したわけでもなく、また速水も器が欲しくて彼に憑いたわけじゃない。
彼女の願いはただ一つ、自分のために死を選んだ恋人との再会だ。
その願いが叶えば彼女の想いは成就する。
この世に留まりつづける理由はなくなる。
綺也との再会が叶えば、速水は自ら恋人を求めて岬から離れるだろう。
「おまえが今この時期に目覚めたのは影見綺也の意志。金銀の指輪は、持ち主から遠く離れても二人の願いが成就する日を見定めていたんだ」
河夕から聞かされる内容に、是羅は言葉もなく目を見開いた。
これがすべて影見綺也の意志だと、この若き狩人の王は断言した。
過去に闇の王を倒せず、自らの命と引き換えに一時の封印を行うのが限度だと散々罵倒してきたあの男が、これをすべて仕組んだと言うのだろうか。
「…ならば…ならば貴様はどうするというのだ…」
まさかと、いつになく震える声音の是羅を見据え、河夕は不敵に笑う。
「綺也がずっと待っていた『影主』と『速水』と『是羅』の三人が揃ったんだ。そろそろこの戦も終わりにするべきだろう」
「…は…ははっ…貴様は影見綺也の手の上で躍らされる駒と成り果てるつもりか!」
「誰がとっくにくたばったジジイの駒になどなるか。俺には誰一人犠牲にせず、岬もろとも速水を斬っておまえを討つ方法だって選べた。だが俺は岬を守る術を選んだ、これは俺自身の意志」
「くっ…」
「今度こそおまえの負けだ」
「――――!!」
瞬時、是羅の腹部に突き立てられた影主の刃が光りを放つ。
古来より魔を退けると言われ続ける銀の輝きは、始祖里界神から受け継がれた王の証。
「蒼月! 白鳥!! 」
「――っ」
河夕の声に押されて、二人は駆けた。
視界が曇るのは魔物の血が飛んだせい…、暗黒の霞が濃すぎるせいだと自分自身に言い訳して二人は是羅に向かって疾走する。
「薄紅! 黒炎!!」
「…くそっ…!」
河夕に命じられて、二人は険しい表情のまま手を上げた。
…風が起きた。
河夕と是羅の周囲から闇が失せ、清浄な空間が生み出される。
河夕が後方に飛び、広がる是羅との距離の間に蒼月と白鳥が入って男を捕縛した。河夕の行為を止めさせようと力を振るう魔物を抑え、是羅の魔力から河夕を守る。
自分達の王の望みを叶えるために、彼らは河夕の行く先を阻むものを退けた。
…たとえそれが彼を失うことになっても、十君に許されたのはそれだけ。
もはや信じることしか出来なくなってしまったから。
河夕の言葉に従うことでしか、十君は河夕への想いを表せはしないから。
「ぅおのれ……っ」
男の腹部に突き刺さったままの刀は光りの強さを増すばかり。
唸る闇の王の力を…、その内に残された過去の影主の力を取り戻す。
優しい男の声が、五百年もの長い時間を待ち続けた恋人の名を呼ぶ。
――――…綺也様……?
自分の内側から零れる少女の声に、意識を朦朧とさせていた岬は必死で彼女を制した。
速水と自分が離れたらどうなってしまうのか。
河夕がどうなってしまうのか知ってしまった今、岬は彼女を行かせるわけにはいかなかった。
自分から離れないで欲しいと切に訴える。
だが五百年の時空を越えた少女の願いはそれに勝る。
ただ一人、自分のために命を落とした恋人と再会することだけを望んでいた少女は、その恋人の存在を確かに感じ取って昂揚していた。
――――…綺也様…、綺也様…、そこに……?
銀の刃に集まる影主の力。
この世に再び姿を取り戻す過去の王。
彼が待っていた…、ずっと待ち望んでいた、自分の想いを理解し速水を救おうとする子孫の身体を媒体に、影見綺也は恋人を迎えに来た。
河夕の身体が、気配が…、あれほど信じ慕った主の力が別の王と重なっていくのを思い知って、影見河夕の十君は……。
――――…綺也様…、なぜ貴方がここに……
速水の戸惑いが岬に、そして十君の耳にも届く。
生真にも伝わり、少年はその時が近づいているのを肌で感じて、ともすれば刀を取り落としそうになった。
(なんでオレに…っ、なんでだよ河夕!!)
銀の光りに包まれて変貌していく影主の気。
兄が兄でないものに移り行く時。
「…なんで…殺せなんて…っ」
―――生真、俺が斬れるか…
「なんでそんなこと言うんだよ…っ!」
あの表情で、そんな声音で、どうして自分を斬れとオレに言う。
「なんで…なんで解んないんだよ河夕……!!」
胸の奥から込み上げてくる苦しい感情。
頬を伝う熱い雫。
黄金に輝く王弟の刀が、甲高い音とともに罅割れたフロアに落ちた。
「出来るかよ……、兄貴を斬れるわけないじゃないか……っ!!」
もう耐えられなかった。
有葉の悲しそうな顔が脳裏に浮かんでは消え、父親を亡くした直後の河夕の姿が思い出される。
…生真だって解っていた。
そうしなければならなかった河夕の辛さ、苦しみ、悲しみ…、それを生真だって解ってはいた。
けれど河夕は何も言ってくれないから。
生真だって影見の子で、先代の息子で河夕の弟なのに、なのに河夕は一言の相談も、弁解さえもしないまま勝手に父親を斬って王になり、今回も勝手に死ぬことを決めて、それを生真にやらせようとする。
頼りにされていない、信頼されていない、…弟として、家族として愛されていない。
そう思ったら河夕を憎むことでしか自分を保っていられなかった。
情けなくて悔しくて、河夕の顔を見ていることも出来なかった。
本当は話したいことがたくさんある。
教えて欲しいことも山のように。
…本当は嫌いなんかじゃない、憎んでなんかいない。
ずっと話がしたかった。
兄弟三人で、両親が生きていた頃のように過ごしたかった。
本当は…、本当はずっと、寂しかっただけなんだ。
「……なよ…」
涙で霞む視界の向こう、河夕から一際激しい光りが放たれる。
「死ぬなよ兄貴…っ、オレは斬らないからな……っっ!!」
悲痛な叫びは、しかし河夕には届かない―――。
「駄目だ速水…っ、行っちゃ駄目だ……!!」
――――綺也様…
「なんで…っ、誰かが犠牲になって是羅に勝ったって誰も救われないって…、だから俺に皆のところに帰れって言ってくれたのは速水なのに、何で河夕を連れて行くんだよ…!!」
――――…綺也様が呼んでる…
「速水!! 駄目だって…っ、こんなの絶対に嫌だ!!」
――――……こんなにもお会いしたかった綺也様が…私を…
「速水……っ」
死なないって、約束したじゃないか。
――俺を信じろ…
必要としてくれる限りはずっと一緒にいるって。傍にいるって。
――必ず俺が、おまえと速水を救ってやるから……
半年前の約束は今も有効だと、そう言ってくれたのはつい数時間前のことなのに。
――俺は死なない。おまえが必要としてくれる限り、傍にいるから………
「河夕……!!!!」
光りの輪が広がっていく。
岬の拒絶も、十君の悲しみも、もはや河夕には届かない。
二つの王の力が重なり、過去に死さえ許されなかった哀れな少女は、恋人の声に、帰る場所を求めて岬の内から離れていく。
岬から離れ、愛しい人の待つ腕の中に。
綺也の媒体となった河夕の中に。
綺也と共に在る河夕の身を器として、狩人の手で解放に導かれるその瞬間まで。
――ただ一つの強い願い。
永い時を経て、彼女はようやく独りではなくなるのだ。
「…生真様が出来ないと仰るなら…、私が河夕様を斬ります」
不意に上がった声に、生真はハッと顔を上げた。
いつの間にかすぐ傍まで来ていたのは薄紅。河夕の婚約者であり、影見兄弟の従姉妹にあたる少女、影見桜。
「…これは一族が永きに渡って隠し続けた罪への贖い…、それを影見の手で終わらせることが河夕様の望みです」
「桜…」
「生真様が斬れないと仰るなら、私がその役目を引き受けます。私も影見の姓を持つ王家の一人…、生真様が無理をなさる必要はありません」
「なんで…っ」
驚愕の眼差しを向けられて、薄紅は…、影見桜はそっと目を細めた。
「…私は河夕様を信じています」
「――」
「同様に河夕様も私達を信じて下さっている…、その信頼を裏切りたくはありません」
「信頼…」
「…河夕様は、生真様なら必ず先代の理想を実現すると信じてらっしゃった。すべてを終わらせて、河夕様が信じた王におなり下さい、生真様」
「…っ」
言い終えるなり、光りの中に佇む河夕に向かって刀を構えた少女。
攻撃よりも防御、破壊よりも治癒を得意とする少女は今まで数えられる程度しか狩人の刀を使って来なかった。
それでも、これ一度きりなら。
抵抗のない人一人を斬るだけなら、きっと河夕の信頼に応えられる。
是羅が叫んだ。
やめろと、そんな真似を許すものかと男は叫んだ。
だが蒼月と白鳥の力がそれに勝る。
重なる二人の影主の力が、それに勝る。
今だ、俺を斬れ…、河夕の声が風に乗って生真の元に届けられた時。
反射的に幼い王弟を振り返った誰もが目を見開き言葉を失った。
生真を庇う形で刀を構えていた影見桜。
綺也と速水をその内に抱いて、河夕一人ではなくなってしまった彼の目が僅かな驚きに見開かれた。
そうして生真に向けられる微妙な笑み。
何かを訴えたそうな、いつかと同じ兄の姿。
「…っ、桜、一つだけ答えろ…」
「…何でしょう」
「あいつは…河夕はオレのこと嫌ってるのか…? オレのこと…オレを弟だと思ってたか…っ?!」
「…ご自分でお解りになりませんか…?」
彼女の声音はいつになく厳しい。
厳しいけれど、優しかった。
「河夕様は貴方に王になれと仰ったんですよ、生真様」
先代の意志を継げ、と。
自分の死んだ後の一族を、生真に任せると。
「――――っ!!」
瞬時、少年の右手が地に転がった黄金色の刀を手に取り戻す。
「生真様…っ」
信じているから任せられる。
信じているから、俺を斬れ、と。
「クソ……!!」
少年の足が地を蹴った。
「生真様!!」
十君の声が少年の背を押した。
ゆっくりと、静かに広げられる河夕の腕。
兄の表情の、なんて穏やかなことだろう。
その奥に、綺也と速水、そして父親や、光の姿までが見えたのは、果たして生真の錯覚
だったのか。
「河夕――――――!!!!」
岬の悲鳴も、生真の叫びも、すべての存在が五百年という時を受け継がれた光りに呑み込まれた。―――時は満ちた。
―――やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉ……っ!!!!!!
闇の王の絶叫がほとばしり。
生真の腕が振り上がる。
…光りが散った。
己が魂を守ろうと力を奮う是羅の、その自己防御の壁さえ少年の刃が両断した刹那。
すべてのものが時を忘れ、世界を忘れた。
たった一瞬。
音も無く、風も無く。
一つの星が宇宙の闇に還っていく。
流星――、死の惑星の残骸は宇宙を駆けて塵と成り果てた……。