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闇狩  作者: 月原みなみ
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闇狩の名を持つ者 四

 何度目の爆発だろう。

 光りと闇がぶつかりあう。

 激しい風を起こし暴発する。

 そのたびに窓ガラスは割れ、西海高校の制服を着た少年少女が宙を舞った。

 けれどどの生徒にも大きな怪我は見られない。その理由はたった一つ。

 河夕が守っていたからだ。

(くそっ、どうにかして場所変えねーと…)

 先刻から何度もそう思い、場所を移そうと試みるのだが、何らかの妨害にあって成功しない。

(…こいつ、俺がここに来るまでの間に校舎全体に結界を…?)

 もしそうならば納得は行く。が、出来れば当たっていて欲しくない予測だった。

(…跡取り。おまえ学校を休んでいて正解だったな…)

 そして雪子を先に逃がしておいたことも。

 ただでさえ人を守りながらの戦いは厳しいのだ。その中に親しい者がいればなおのこと、河夕が不利になる条件が増えていくだけだ。

 それを幾度となく言い聞かされてきて、守るべき人間を持ったがための弱さを、過去、身を持って思い知ったからこそ人との関わりなど持たずに生きてきたのに、あの少年は…。

(寺の中にいればとりあえず安全だ…)

 四城寺の住職は、稀に見る異能力保持者の正統な血を引く人物だ。闇狩にも通じるその力は、同じ血統に連なる者を確実に守るだろう。

 だから他のどこにいるよりも安全だ。…そのはずなんだ。

(なのに何だ、この不安は…。俺の死期が近いってことか?)

 今回の闇の魔物の力はそう強いものではない。しかし全力で戦えないばかりか校内の生徒一人一人に気を遣いながらの戦いは容赦なく河夕の力を奪っていく。

 だからこそ、この場を離れようとしているのに、それが不可能。

 もし本当に、最初から魔物の結界の中で戦っているのだとしたら、それだけ河夕の疲労が激しいのも当然だ。

(チクショウ…っ…、随分と根回しがいいんじゃないか…?)

 そしてそれにまんまとはまった自分自身の不甲斐なさに呆れてしまう。

(…ハッ…、仲間がいればなんて…俺が考えてどうする…)

 弱気になっている自分を自覚して、河夕は失笑した。

(いつからこんな弱い人間に…)

 たかが二日三日で人は変わるものだろうか。

 そんなのは信じ難い話だと内心で呟きながら、脳裏を過ぎるのはあの少年の無邪気な笑顔。

 彼とのつながりなどどこにもない。

 岬の父親が異能力保持者ということで前もって情報を入手していたとはいえ、現段階で高城岬本人に何らかの力があるわけではない。

 彼は普通の高校生と何ら変わりないのだ。

 なのに何故、こんなにも強く引かれている?

(こんな…、こんな感情はとっくに捨てたはずだったのに…)

 感情を悟らせまいとして身に付けた無表情の仮面。それをいとも簡単に見透かして子供のような笑顔を見せた高城岬。

 本当は、闇狩だと知られても、あの笑顔で受け入れて欲しかったのか?

(…おまえに力があれば…)

 問題はなかったのだろうか。

 悩む必要は。

 いつか危険に巻き込むと恐れる必要はなかったのだろうか。

(……一度くらいは名前で呼んでやるべきだったか…)

 高城岬、その名を。

 もう遅いけれど。

 この煙が消え、視界が正常に戻る時が最後の一瞬、それで決める。

 勝つか、負けるか。

 河夕は手に持つ刀を構えた。

 今は亡き父親から学んだ一族の剣技、闇の魔物を狩る為の力。

(これで終わりだ…)

 辺りは物音一つしない静寂に包まれる。

 煙が晴れる。

 石が、崩れた。

「そこか!!」



 目前で白光が散った。

 そして赤い雫が舞った。

 その血は誰のものだっただろう。

 狩人が狙った相手のもの、狩人自身のもの、そこに横たわっていた西海高校の生徒、誰かのもの。

 それともこの自分の血だったのか。

「―――――!!」

 岬は目を見開いた。

 その赤い雫は狩人のものではなく、闇の魔物のものでもなかった。

 岬のものでもありえない。

 それは、ここにいないはずの彼女のもの。

 あのとき、岬と会い、岬の家に一人向かったはずの―――。

「…っ橋…?!」

 河夕は声を荒げた。

 彼もまさか、彼女がここにいるなどとは思わなかった。

 ただ、その身体が自分の狙った相手のものではないと察してすぐに刃を引いたことで、彼女の腕が身体から切り離されることはなかったが、血は流れる。

 崩れた壁石を赤く染める。

(雪子…!)

 言葉が出ない。

 心は叫んでいるのに、その名を叫んで、微かでもいい、声を聞きたいと思うのに、駆け寄るべく足を動かすことも出来なかった。

(膝が笑ってる…っ)

 それだけではない。

 雪子の首元を狙う鋭利な切っ先。

 楠啓太の肥大化した手から伸びた爪が彼女の首筋に赤い線を引く。

(あれが楠…っ?!)

 赤く変色した瞳。

 人間のものとは到底思えない肥大化した手足を覆う剛毛。

 かろうじて人間の形を留めてはいるものの、その姿は本や映画の中でしか知らない人狼を思い起こさせた。

「くっくっくっ……あははははは!」

「貴様…っ!」

「俺が何のために黒煙まで撒いたのか全然気付かなかったのかい? 顔に似合わずのんびりとした狩人だねぇ!」

 愉しげに言い放つ楠に、しかし河夕は一歩も動けずにいた。

 うかつに動けば喰われる、彼女が。

「ははははっ。こんな狩人は初めて見るよ! さっきの傷がよっぽど痛むのか? それともそんなになってまで、まだ守ろうとする気かい? 何の関係もないこの人間達を!」

 岬はハッとして河夕を見る。

 傷だらけだった。

 至る所から血が流れ、腫れ上がり、見ている岬の方が痛々しさに眉を顰める。

 辛いはずだ、ここにいる誰よりも。

 壁に支えられるようにして立っていた岬は、両手を強く握り締めた。

 もしもあの時、雪子が言うように一緒に寺に帰っていたなら彼女が攫われることはなかったのだろうか。

 もし河夕の言う事を聞いて二人で寺に閉じこもっていれば、河夕はこの魔物に勝っていた?

(俺のせい…?)

 拳を握って…、強く握りすぎたせいで、爪が肌を傷つけてしまったらしい。指の間から滴り落ちる赤い雫。

 河夕と同じ、赤い血液。

「貴様…っ、そいつを離せ!」

「バカ言うなよ。おまえ、狩人のくせにどうにも情に脆そうだもんなぁ。松橋さん盾にされたら俺に攻撃なんか出来ないだろう?」

「…っ…」

 間違っても言い返せない楠の嘲りに、河夕は唇を噛み締めた。

「彼女、外で一人だったよ」

「?!」

「一緒にいるはずの高城は、一体どこに行ったのかなぁ?」

 そうだ、雪子は岬に会いに行ったはずなんだ。

 それが一人だったというなら、まだ寺に着く前に捕まったのか。

 それなら岬はまだ何も知らずに寺にいるのだろうか。

 それならそれで、心配はないと思うけれど。

「もし彼がここにいるとしたら…、狩人、君はどうしたい?」

「…っ…」

「逢いたいかい? 最後に一目?」

「貴様…っ!」

 その悔しげな様子に、楠は唇の端を歪ませ、ふと思い出したように口を切る。

「あぁ、そう言えば五年位前の噂だけどさ。闇狩一族の総帥・影主、狂人だったそうだね」

「―――!」

「闇狩の王にあるまじき人物だって、俺達の間でも結構話題になってたよ。狩人のくせに俺達と戦うことを拒んでたんだろ?」

 闇と戦う、闇を狩ること、それは狩人の名の下に人を殺すこと。

 魔に取り付かれ、救いようのない命だったとしても、その器となった人間には家族があり過去があり、そして未来があった。

 それを狩人の使命だという理由で奪うことを良しとしなかった五年前の一族の王・影主。

「まぁ俺達にしたら好都合ってやつだったけどさ。その影主、情を尊んで地球人を妻に迎えたって言うじゃないか。狩人が人と同じ暮らしを夢見たって? 家族愛して、子供可愛がって、一族の在り方変えようとして、けど結局古参の幹部共に言い負かされて、最期は可愛がってたはずの息子に殺されたんだっけ?」

「…っ…」

「おまえ、もしかしてその狂人と呼ばれた影主の信奉者だった?」

 雪子の血を流す爪先を舌で弄びながら、楠は心底愉しげだった。

「ククク…、だからおまえ、俺に負けるんだ?」

 言い放たれた直後、魔の力の塊が河夕を襲う。

 雪子を盾に取られて、攻撃に移れないばかりか下手に動くことも出来ない河夕はそれを真正面から受け止めるしかなかった。

 それを解っていて。

 それすら作戦の一つに入れて、楠は笑みを絶やさず第二撃を打ち込んだ。

 魔の攻撃は続く。

 河夕の力が尽きるまで、延々と打ち込まれる力の塊。

「!」

 岬の目前で立ち上る噴煙。

 時折、耳を打つのは河夕の苦悶の声。

「あはは、バカな狩人! 無関係の他人を守ろうなんてするから弱くなるんだよ。どうだい、松橋さん見殺しにしちゃったら。そしたら今からでも勝てるかもよ?」

「…っ」

「狩人の本能呼び起こしたら、俺一人くらい楽に斬れるんじゃないの?」

「……っ!!」

「狩人が人と生きようなんて、バカなこと考えるもんじゃないよねぇ?」

 楠の言葉の一つ一つが河夕の胸に傷をつけると同様に、岬の心にも刃を付きたてた。

(そんなことない…っ)

「そんなことないよ…っ!」

 思わず声にしてしまったその言葉を、楠と、そして河夕は聞いてしまった。

 高城岬の存在をその場に確信してしまった。

「逃げろ跡取り!」

「逃がすわけないじゃないか」

 余裕たっぷりの楠の声が、一瞬後には岬のすぐ耳元だった。

「あ―――っ、!!」

「跡取り!!」

 楠の手が岬を引き寄せ、その腕に絡め捕る。

 高城岬、これを求めて今までこの街に潜んできた。

「嬉しいよ、俺の側に戻ってきてくれて」

「―――っ!」

 河夕の絶叫が遠くから響き渡る。

「力のない狩人はそこでおとなしく見ているんだね。君のオトモダチが俺に喰われるのをさ」

 ずっと求めていた糧。

 狙っていた獲物、それは狩人が守ろうとした異能力保持者の極上の血肉。

 逆腕に雪子を抱えた魔物の爪と牙が岬の眼前で不気味に光る。

(こんなの…っ!)

 そんなこと、認めない。

 守ろうとしたから負けるなんて。

 勝てないなんて、そんなこと、絶対に認めたりしない。

 岬は信じたんだ、狩人にだって人と生きる未来を望めること。

 自分の幸せのために生きようとする、それが許されることを。

(影見は間違ってなんかないんだ…―――!!)



 それを信じたい。

 信じさせたい。


 あなたもそうだったんでしょう……?


 魔物が語った、五年前の狂人と呼ばれた一族総帥・影主。

 その名を無意識に叫んだ岬の内側に、不意に響く不可思議な音色。

「!!」

 水面に広がる波紋のように、光りの輪が辺りに散った。

 白銀の光りが岬の内側から迸った―――。


 ◇◆◇


「私っ、あの男の人が大っ嫌い!!」

「なんだ唐突に。また副総帥の悪口か?」

「だって! 私の顔を見るたびに聞こえよがしにあなたの悪口を言って聞かせるのよ?!」

「それは仕方のないことだな。掟を破っているのは私なのだから」

「そんな言い方しないで!」

 一人の少女が、一人の男に食って掛かる。真剣そのものの彼女の言葉を、男は笑って聞き流しているようだった。

 だが彼とて彼女の言うことが解らないわけではない。むしろ解るからこそ笑って聞き流す他になかった。

 誰かを守ろうとすることは力を分散させ、全力で戦いに赴くことが出来なくなる。

 そう説いた一族の始祖の言葉を間違っているとは思わない。

 だがこうして愛した少女の傍にいるだけで満たされる、この想いを、彼は既に否定出来なくなっていた。

「…あなたも本当は一人の方がいいの…?」

「? まさか」

 男は少女の肩を抱き寄せ、優しい微笑を彼女に向ける。

「おまえがいなければ私が生きる意味などないも同然だよ」

 告げられた言葉と、頬に触れた柔らかな温もり。

 背中に伝わる愛しい人の体温に、少女は一時、硬直しながらも、顔を赤く染めて微笑んだ。


 ――…大好き……


 交わされる笑みに、重なる想い。

 本当に大切な人と過ごす時間、それがどれほど貴重なものなのかを彼らは知った。

 その時の彼らにとって、己が身を置いた日々ほど愛しいものはなかった。

 しかしその日々すら長く続くことはなかったのだ。


 闇狩一族の理は掟に反した王・影主を許しはしなかった。

 一度では足らず二度までも、影主の想いは永きに渡って存続した一族の掟に否定され、彼らを絶望の淵へと追い落した。

 五百年前の影主も、五年前の影主も、己が心を許されることなく一族の理の中で命を絶たれていった。

 どんなに望んでも、願っても。

 彼らの願いは誰に聞き入れられることもなく消えてしまったのだ。


 ―――…王になれ、……


 五年前、狂人と呼ばれた影主は我が子にそう言い残した。

 自分では叶えられなかった宿願を、自分の第一子に託して息子の手に掛かって死んでいった。

 新たな王となって、新たな一族を作っていくこと、それを我が子に委ねて。

(…親父は一族の古参連中に言い負かされたわけじゃない……)

 五年前の王は未来を信じて…、自分の息子を信じてその手に掛かることを望んだ。

 そうすることでしか守れない大切な者達の命を“彼”の手に委ねて。


 ――…王になれ、河夕……


 それが父親の遺言。

 王になれ。

 王となって一族を変えてゆけ。――そうして必ず幸せになりなさい。

 血に塗れた父親の最期の言葉はそれだった。

 狂人と呼ばれた五年前の影主には妻がいて、三人の子が在った。

 愛した家族を失いたくなければ言う事を聞けと脅されて、結果、王位を息子に譲り渡した。

 一族の古参連中は、まだ幼い第一子の彼ならば楽に言いなりに出来ると踏んだのだ。

 だが河夕は負けなかった。

 父親の遺言を胸に留め、一族を変えていこうと務めてきた。

(けれど俺は…)

 たとえ一族が変えられて、理は新たな道を見出したとしても、己自身に幸せなど有り得ない。

 それが父親の望みだったとしても、この手はとうに消えない罪に穢れている。

 そればかりか父親に託された願いの答えすら、五年も経ていまだ見つけ出せずにいる。

 変えていくことを望んだ一族は今もまだあの日のまま。

 人を守ろうとした自分は、魔物の手の内で守りたかった存在が喰い殺されるのを見ているしか出来ないんだ。

(俺は……っ!)

 こんな自分は王になどなるべきではなかった。

 そもそもが間違いだったのだと、己の犯した罪に苦しみばかりが増していた。

 …なのに、こんな自分に、あいつは無邪気に笑いかけてくる。


 ――そんなことないよ…っ…!


 そう言って、泣きそうな顔をする少年に出逢ってしまった。

 人が人を求めること。

 自分自身の幸せのために生きること、それは決して許されないことではない。

 心許せる相手に側にいてほしい。

 一緒に生きて欲しい、そう願うことの、何が罪だと言うのだろう。

 守ることで弱くなる。

 失えない相手を盾に取られれば言うなりになるしかない自分も自覚している。

 大切な誰かを得ることが危険を呼び込む、たとえそれが事実であったとしても、守りたい人が側にいること、優しくなれること、そんな空間の中に身を置く心地よさを知ってしまったら、それを切り捨てるなど出来やしない。

 それを守る為に強くなろうと思えば、まったく違う力を得ることも可能ではないのだろうか。


 ――未来を信じるんだ。かならず幸せになれるから……


 そう告げた影主。

 そう告げた父親。

(…信じてもいいのか…? 先なんて何も解らない…こんな力のない俺でも…!)

 信じていい。


 ――そのために出逢ったんだ、おまえ達二人は……


 時空を越えて、宇宙を超えて。

 今再び運命の歯車は動き始める。

 五百年の時を経て“彼”と“彼女”が得られなかった“幸せ”を、今度こそ彼らが掴み取るために。

(見つけたい……)

 応えたい。

 過去の貴方達の心に。

 その願いに。

(俺が…)

(俺達が……っ!)

 二つの心が一つになる。

 消えかけた白光が再びその力を増していく。

 彼らの巡り逢いを待っていたかのように。

 その応えを待っていたかのように。

(俺達が必ず見つけ出すから…)

 こんなところで終わらせたくはない。

 この、未来の幸せにつながっていくだろう路を――――。




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