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闇狩  作者: 月原みなみ
31/64

想い忘れえぬ者 四

「っくっくっく……」

「クスクスクス…」

「おい…、そろそろ笑うのはやめろ白鳥」

「けど…、けどねぇ空知さん…ククククッ」

 ――ここに来てからというもの、いつまでも周囲から聞こえてくる失笑に似た笑い声に、河夕は憮然とした表情で周りを睨み付けた。

 白鳥、蒼月、黒炎、紅葉…、皆が自分の背丈より高い本棚に延々と並べられた幾千冊の分厚い書物を一冊ずつ手に取って題名を確認し、必要と判断すれば他所に分けておく。そんな単調な仕事を文句一つ言わずこなしている彼らが、何がそんなに可笑しいのかずっと笑い続けているのだ。

「おまえら…、いったいいつまでそうやって笑ってるつもりだ?」

 凄みを効かせた河夕の言い方に、けれど笑い声は一向に止もうとしない。

 そればかりか河夕のすぐ傍で、蒼月たちが選り分けた冊子を再度確認していた光までが遠慮のない笑い声を立てている。

「…光、おまえまで何がそんなに可笑しいんだ?!」

「何がって…クククッ…、河夕さんが…河夕さんが…あははは」

「おい!」

 さすがに苛立って開いていた本を手近にあった机に叩き付けた河夕だったが、それがなおさら周囲の歯止めを壊したらしく、黒炎などは腹を抱えて笑い出す。

「あ〜っかしいなぁ!」

「黒炎!」

「だってさ…、だって影主…影主の…」

「…黒炎、いくらなんでも失礼だぞ」

「だって蒼月…、そんなこと言ったって……」

「そうだよ空知さん。君だって笑いたいのをこらえてるんじゃないのかい?」

「俺は別に…」

「頬が引きつってるわよ」

 こちらも必死に笑いをこらえている様子の紅葉に見抜かれて、蒼月は決まりの悪い顔をして河夕の視界から本棚の奥へと身を隠した。

 蒼月のこの動作には河夕もがっくりと肩を落とし、本を叩きつけると同時に浮かせていた腰を元の椅子に落ち着けていかにも不機嫌そうな息を吐く。

「…悪かったな、馬鹿な王で」

「いやだなぁ河夕さん。誰もそんなこと言ってないじゃないですか」

「だったらなんでそんなに笑ってる?!」

「年相応の影主の姿を拝見できて光栄だと思ってるだけですよ」

「紅葉からそんな言い訳が聞けるとはな」

「あらいやだ、河夕様は私を誤解なされてますわ」

「〜っ」

 にっこりと微笑んで返す年上の紅葉に、河夕は眉間に深い縦皺を刻む。

 どうしてここの連中は揃って光のようにスバラシイ根性をしているのかと、自分で選んだ十君に少なからず後悔する。

「私達は本当に、河夕様が良い御友人に恵まれて幸いだと感激しているだけですわ」

「よくもまぁぬけぬけと…」

「おやおや。河夕様はいつの間にそんな疑り深くなられたのかな」

 横から口を挟んで河夕を茶化すのは、蒼月が上の棚から抜いた本を受け取り、既に十数冊を抱えた白鳥だ。

「あんな河夕様の姿は久しく見られなかったんだから、俺達が嬉しくなるのは当然でしょう? 本当に、まるで十歳の河夕様が目の前に蘇った気がしたよ」

「や・め・ろ!」

 微かに頬を赤くして怒る河夕に、だが彼より年上の面々は相変わらず笑顔のままだった。

 二つ下の黒炎は、先刻の河夕の姿があまりに珍しく、ただ愉快で笑っているだけでも、十から八年上の蒼月、紅葉、白鳥にしてみれば、岬への行為について雪子に説教を食らう河夕の姿と言うのは懐かしい日々を思い出させる貴重な光景だった。

 先代がまだ元気で、河夕がだたの子供でしかなかった頃の笑顔や、困惑や、照れ隠しの怒った顔。河夕が王になってからは決して見られなかった人間らしい感情表現が、幼い頃から河夕を見守ってきた彼らにはことのほか嬉しかった。

「本当に、良い御友人を得られましたのね」

「フンッ」

「あぁ、そんなふうに図星を指されてふて腐れて下さるのも何年ぶりだろうね、空知さん」

「俺に振るな…」

 白鳥に声を掛けられた蒼月が本棚の奥から小声で答え、新たに二冊の本を白鳥の腕に積まれた本の山に加える。

「そろそろ河夕様のところへ持っていけ。落とせば砕けるような古さなんだぞ」

「あぁ、そうだね」

 言われて素直に河夕の傍へ抱えた本を運んだ白鳥は、河夕と同じように集められた本を選り分けている光に手伝ってもらいながら、今にも粉末化しそうな表紙の本を一冊ずつ丁寧に下ろしていった。

 蒼月の言ったとおり、彼らが集中的に集めている本はどれも数百年単位で放って置かれたような古さを誇った分厚いものばかりで、年代を言うなら今から五百年前後遡った時代に編集されたものだ。

 五百年――影見綺也という人物が影主の座に着き、速水と出逢い、そして是羅を封じるために命を賭した彼の時代。

 河夕達は速水である岬を傷つけずとも是羅を滅ぼす、もしくは封じるための手段として、少しでも有力な情報を得るべくこの一族の書庫から手をつけることにしたのだ。

 ここに来る直前まで展開されていた、いくら薬を飲ませて落ち着かせるためとはいえ、岬にキスした河夕に相当ご立腹だった雪子と、彼女に散々罵倒されながら言い返すことも出来ず耐えるという哀れな河夕の姿に虚をつかれて笑いを止められずにいる十君の面々だが、それでも王に命じられた仕事の手が止まることはなく、次々と集められた本はそろそろ三十分が経とうとしている現在、優に百冊を越えていた。その一冊一冊を再度選り分けていく河夕と光の仕事もかなり難航している。

「あら…、河夕様」

 ふと手にとった本の題名に紅葉が軽く目を見張り、河夕の前へ差し出す。

「こんなところに王族の系図がありましたけれど…」

「系図?」

 言われた河夕も意外そうな顔をしてその本を受け取った。光と白鳥も後ろからその本を覗き込み、河夕が表紙をめくるのを待った。

 大きく『王家の血族』と書かれた表紙は濃紺の滑らかな材質で作られており、厚さは四センチというところか。褐色に変化した三辺が長い時間を物語る。

「系図だったら俺の部屋にもあるけどな…」

「歴代の影主の遺品が収められた遺物庫にも古いのが置かれているはずですが」

「系図ってそんなに数あるものなのか?」

「残す一族によりけりだろ」

 黒炎の素朴な疑問に蒼月が簡潔な答え方をする。

「五百年前の影主は河夕さんの何代前にあたる方なんですか?」

「影見綺也か?」

 光に聞かれて、言われてみればそれを確認したことがないのに河夕は気付いた。何せ影見綺也という、一時的にせよ是羅を封じた王の存在がこうも深く自分に関わってくるとは思っていなかったし、それを知った後は今まで気にしている余裕もなかった。

「五百年前だから十代か二十代か…」

 河夕は独り言のように呟きながら、慣れた手つきで分厚いページの中から当時の系図を探し出すと五百年前後の王族の名を目で追った。

 影見の姓を継いできた何千という王族。

 いつか自分達の名前もこの一番下に書かれる日が来るのだろうが、今はそんな感慨にふけっているときではない。

 河夕の目が目的の年代を捕らえ、影主の座に着いた男の名を確認する。

 影見綺也という、そろそろ聞きなれた名を目にするはずだった。

 だがその名前は。

 書かれていた王の名は。

「――どういうことだ……?」

「河夕さん?」

「河夕様?」

 どうも様子のおかしい河夕を妙に思い、光は横から、白鳥が背後から河夕の凝視する先を覗き込んだ。

 五百年を遡った系図の中心に書かれた文字は『影見貴也』。

 光は表情を曇らせ、白鳥は首を傾げた。

「――影見貴也……、これでキヤと読むんだったかな?」

「違います、確か綺麗の『綺』に、この『也』で影見綺也様と…そうでしたよね、河夕さん」

 光の確認に河夕は頷くも、ならばこの影見貴也という人物が何者なのかが判らない。

「影見貴也が当時の王なのか……」

「…タカヤ様と読むんですか?」

「強引にキヤと呼べないこともないが…」

 いつの間にか集まってきていた蒼月や紅葉も系図を見て言い合う。河夕は机に問題のページを開いたまま置き、難しい顔で影見貴也の名を見下ろした。

「河夕さん。綺也様の字は間違っていないんですか?」

「住職がわざわざ紙に書いて教えてくれたんだ、間違いない…、住職が間違ったとも思えないしな」

 答えながら、河夕は何故か自分の部屋に置かれた系図の名前も確かめなければならないという衝動に駆られていた。

 自分の部屋にあるものだけでなく、歴代の王の遺品が保管されている遺物庫の系図も。

 河夕のそんな心境を、その場にいる全員が察したのだろう。隣にいた光が河夕の持つ本に手を差し出し、行ってくださいと静かに告げる。

「こういう直感は信じるに値すると思いませんか?」

「こっちの方は私達が調べておきますし、何かあればすぐに誰かを走らせますよ」

 誰かというより一番若く一番元気な黒炎が走り回ることになるのは明らかだ。けれど今は誰もそれに突っ込むことはなく、河夕に行くよう促した。

「なら頼む」

 河夕も仲間の好意をありがたく受け取り、本を光に手渡して立ち上がった。

「先に部屋に戻る。その後が遺物庫だ。三十分もして何かあれば遺物庫のほうに来い」

「解りました」

 代表して光が答え、河夕は一人一人の顔を一瞥してから書庫を出た。

 根拠もなく、不安に似た捕らえ所の無い感情に突き動かされるまま河夕は部屋へと駆け出していた。




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