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闇狩  作者: 月原みなみ
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時空に巡りし者 終

 闇狩一族の本部には、許された者のみが入室可能な領域がある。

 それが影見三兄妹の私室を含む本館の最上階部だ。

 だが今、その許された者達の中には入っていない人物がその場所に――しかも影主・影見河夕の寝室のベッドに横たえられていた。

 その名を高城岬。

 知らぬうちに彼に連れて来られた彼は、地球で自分の影人形が役目を終えた事によって数十時間振りに目を覚ましていた。

 素人の目にも一級品とわかる細かな細工が施された大きなベッドで、上質の布団に包まれて寝ていた事実に新鮮な驚きはあったものの、自分がここにいる理由を、岬は何となく判っていた。

「あっ、岬ちゃん起きたの?」

 どこからかと手全現れた少女・影見有葉は、目覚めている岬を発見して、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「そっか。お兄ちゃんが買って、影人形が必要なくなったから岬ちゃんも目が覚めたんだね」

「……みたいだよ」

 静かな微笑を浮かべる岬に有葉は驚いた顔を見せる。

「何だ、岬ちゃんてば自分の影人形が作られたの知ってたの? いつからここにいるのかも全部?」

「……変な感じではあったけど、ね」

「そっか、よかったぁ。私なんかお兄ちゃんにこの部屋から出るなって言われただけで何も知らなかったから、岬ちゃんがどうして本部にいるのか説明できなかったんだもん。詳しいことはお兄ちゃんが帰ってきたら話してくれると思うから、もう少し待っててね」

 明るく告げる少女の様子に、岬はそっと微笑んだ。

(そっか……)

 そうして、有葉は何も知らないのだと納得する。

「……有葉ちゃん」

「なに?」

「あのね……、何か食べるものをもらえないかな……お腹がすいているんだけど」

「んっ、お兄ちゃんたちが帰ってきたときにお腹がなったら恥かしいもんね。待ってて、すぐに持ってくるから」

「ありがと」

 岬の感謝を受け取り、有葉は駆け足で食べ物を調達しに部屋を出て行った。

 そんな、人を疑わない少女に罪悪感を感じながら、岬はベッドを下りた。

 力の入り辛い足で、一歩一歩を確実に歩いていく。

(早く……しなきゃ……)

 辺りを見渡し、少し離れた位置にある硝子テーブルの上に目を留めた。

 そこに、彼の目的のものがあったのだ。

(河夕……ありがとう。でも俺……)

 有葉には言わなかった。

 けれど岬は、自分の影人形が聞いたことを全て聞いていた。

 見たもの全てを、影人形の目を通して見てしまった。

 だから知ってしまったのだ、……自分自身の正体さえも。

 河夕はそんなことは予想もしていないだろう。

 本来ならば、狩人の術によって意識を失ったオリジナルが影人形を通して現状を見聞きすることなど不可能なのだ。

 今回のことも、是羅が現れ、彼に岬が速水だと知らされるよりは、河夕自身が時を見計らって伝えるつもりだったから影人形を使用した。

 だが岬の内に眠る速水としての力が――意識が、不可能を可能にしてしまった。

 岬に残酷な真実を突きつけてしまったのだ、是羅の言葉で、岡山一太の姿で。

「……俺は……河夕に辛い思いなんかさせたくないんだ…。ずっと守られてばっかりで、役に立たない俺なんかのために……」

 思わず口をついて出た言葉は、大切な人への言葉。

「河夕が俺なんかのことで辛い思いをするくらいなら……俺は…」

 硝子テーブルの上に置かれた器には、数種の果物が盛られていた。

 そしてその端には銀の果物ナイフ。

 岬はそれに手を伸ばした――、同時、一人の少年が音も立てずに部屋に入ってきたことを、目の前の目的しか見えていない岬は気付かなかった。

「俺……自分が速水だとか、そんなの関係ないけど……関係、……なんて、なくて…」

 それ以上の言葉を、岬は紡がなかった。

 手にした果物ナイフは、鋭い銀色の刃を光らせている。

 それを胸の前に持っていき、目を閉じた。

「…俺が速水なら……これで全部が終わりになるよね……? もう、河夕を戦わせなくて良いんだ」

 岬の心は、是羅に操られる自分の姿を見た瞬間に砕けていたのかもしれない。

 自分が敵方の女帝・速水だったという事実に絶望した。

 是羅を倒すには速水を殺す他無いという、その変え難い事実と。

 それによって河夕や光をどれほど苦しめる事になるのか。

 …それを考えると己の存在こそが全ての元凶なのだと知った。

 なのに、彼らに守られて生き続けることなど、……許されるはずが無い。

「河夕……ありがとう……!」

 それきり、何も言わずに手にしたナイフを自分の心臓目掛けて突き刺した。

 赤い鮮血が迸り、…世界は色を失った。



「このバカ!!」

 そんな岬の背後に現れ、怒鳴った人物。

「…か……ぁう…?」

 確かに似ていた。

 意識を失いかけた岬ならば、河夕と見間違ってもおかしくないほどに、その少年には彼の面影があったのだ。

 だがそれが本人かどうかを確認することもなく、その少年を河夕だと信じた岬。

「……俺……河夕の役に立ったかな……いつも守られてばかりだっけど……河夕の役に……立つこと、出来た……?」

「喋るな!! マジで死にたいのか!」

「ぁ……ゆ……」

「おいっ!?」

 消えて行く命の灯火。

 もはや生きる気力などない岬には、その少年の声も届かない。

 大切な彼に辛い思いをさせないようにと、己の命とともに是羅を道連れにすることしか考えていなかった。

 …だから、自分の死が彼らを一層苦しめる事になるなど、想像も出来なかった。


 ――……河夕…俺………


 途切れる意識の奥で、最後の最後に、呟かれた言葉――叶わぬ想い。

 愛しい声は、それきり遥か彼方へと失せていく……。




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