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闇狩  作者: 月原みなみ
17/64

時空に巡りし者 二

「だから誤解だって言っているだろうが!」

「じゃあなんで岬ちゃんがあんな可愛い顔して真っ赤にならなきゃなんないわけ!?」

「それは…」

 場所は四城寺の外。

 岬ちゃんには聞かれたくないからと、境内の前で、先ほどからずっと不機嫌にわめいているのが岬の幼馴染、松橋雪子なら、彼女に詰め寄られて困り果てているのは影見河夕。

 よもや、あの晩のちょっとした冗談のつもりの行為が、ここまで雪子を刺激する事になろうとは思わなかった。

 あんまり泣き続ける岬が哀れで、切なくて。

 涙を止めてやりたい一心でしたキスの真似事。

「やっぱり何かしたんでしょ!?」

 河夕の沈黙をどう取ったのか、明らかな怒りの形相で距離を詰める雪子に、河夕は諦めに近い息をついて首を振る。

「何もしていない」

「でも!」

「泣き止ませようとして少し驚かせただけだ。…ただ、岬にはやり過ぎだったみたいだけどな」

 抱き寄せて、唇を寄せた。

 岬のそれに吐息が掛かるほどの至近距離。

 腕の中、身体を硬くしてギュッと目を瞑っていた彼を思い出す。

 初心なのか、慣れていないせいなのか。

 怯えているように見えないこともなく、そう考えれば、確かにやりすぎたと思わないでもない。

「少しってどれくらいよ」

「まぁ…、肩抱いたくらいだろ」

「それで岬ちゃんがあんなになる!?」

「岬だから、なるんだろ」

「――」

 可愛くていつまででも世話を焼きたくなる少年。

 それが高城岬なら、そういうことも有りかもしれない――と河夕の言葉に誘導される雪子だ。

「…じゃあ本当にキスなんてしてないのね?」

「していない」

「誓える?」

「誓える」

 諸手を上げて断言する。

 高校生の男子が自分の腕の中にいい具合に納まっていたのはいささか問題があるような気もしないでないが、実際、触れてはいないのだからキスではない。

「それじゃ…、まぁ信じてあげるわ」

 そう言いながらも、まだ不服そうな雪子だったが、とりあえず二人は高城家に戻ることにする。

 いつまでも二人で外にいては、待っている岬に申し訳ないと思ったのも本心だが、とにかく外は寒いのだ。

 二月中旬、地方によっては梅の蕾も綻ぶ頃だが、北寄りのこの地域は、今でも夜になると気温は氷点下を切ることが多い。

 吐息は白く色づくし、真っ赤になった指先はかじかんで感覚が薄れてきていた。

「あ、これ。影見君へのチョコレート」

 玄関に入ってから手渡された掌サイズの小箱。

「…んだ、バレンタインのチョコって話は本当だったのか?」

「一応ね。いろいろお世話になってるし」

 何せ高城家に顔を出すなり「ちょっと来なさいよ!」と、岬や彼の家族に挨拶する間もなく外に連れ出された河夕だ。

 雪子の、チョコを受け取って欲しいから来て、なんてお願いはただの口実だと思っていた。

「あ、河夕、雪子」

 居間に続く廊下で、岬が二人の姿を見かけて声を上げた。

「話は終わった…?」

 不安そうに問いかけてくるのは、自分の態度が原因の一つだと自覚しているためだろう。

 河夕と雪子は顔を見合わせ、肩をすくめる。

「一応、納得したわ」

 雪子が、先ほどまでとは違う普通の笑みを浮かべて言うと、岬は今度こそホッと胸を撫で下ろして二人を居間に案内した。

「あぁ影見君、いらっしゃい」

「雪子ちゃんとのお話は終わったの?」

 岬の家族に声を掛けられ、改めて挨拶をした河夕は、岬と並んで座り、雪子はその近くの椅子に腰掛けた。

「影見君、お夕飯は?」

「いま雪子ちゃんに暖かいココア作ってあげるわね」

 高城家の女性陣が台所に立ち、住職達男性陣は河夕の話を聞きたがる。

 この時代に闇の統括者・是羅が復活した、その事実は四城市の守人を務める四城寺の人間にとっても重要なことであり、まるで日本の政治の良し悪しを語るように魔物だとか討伐だとかいう会話を展開させる彼らを眺めながら、岬と雪子は、やっぱり特殊だなぁと妙に感心してしまった。

 その後、しばらく談笑した後になって。

「あ、そうだ…」

 ふと雪子が思い出したように声を上げる。

「緑君の分も一応チョコ用意してあったんだけど、今日は一緒じゃないのね」

 てっきり、河夕を呼び出せばもう一人の狩人の友人・緑光も一緒に現れるものと思っていた雪子は意外そうに呟き、岬もそれが気になっていたと言いたげな顔をするが、河夕にしてみれば一緒にされる方が不本意というもの。

「俺達狩人は常に単独行動だって、前に話さなかったか?」

 闇の魔物に憑かれた者だけとはいえ、人を斬る狩人には人を想う感情など不要。

 それを育むことになる家族や友人、恋人、そういったつながりを一切許さない一族は常に単独行動であり、生きるも死ぬも一人きり。

 狩人の死は、彼らの本部において一族の“力”を読む連中が地球上における狩人の“力の器”の数を数えて増減を上部の人間に報告するだけなのだ。

「…そういえば、そう聞いたような気もすえるけど……、じゃあ何でこの間は一緒だったの?」

「俺を監視しろって上から命令受けていたからだろ」

「監視?」

「俺が岬や松橋と親しく付き合うのが、上の連中は気に食わないんだそうだ」

 あっさりと、まるで他人事のように返された返答に、岬と雪子だけでなく、住職の表情にも複雑な感情が浮かぶ。

 友達など不要のもの。

 誰も自分に近づくなと冷たい眼差しで言い放っていた初期の頃の河夕を思い出し、今の説明を胸中で繰り返した彼らは、だが、どこか奇妙な感じがした。

 違和感、とでも言うのだろうか。

 邪魔だと言いながらも自分達を守る為に必死になる河夕。

 近付くなと言いながらも、二人の気持ちを邪険にあしらうようなことは決してない。

 突き放すことも、傷つけることもせずに、…先ほどのように怒鳴りつける雪子の言葉の一つ一つすら真っ直ぐに受け止める彼は、そんな掟の中で生きてきた人物には見えなかった。

「…なんか影見君を見ていると信じられないわね。そんな決まりごとがあるなんて」

「?」

「俺もそう思う。狩人は一人だって言うけど、河夕は俺達のことすごく大事にしてくれているもん」

「――」

 唐突な言葉に河夕が言葉を失うと、岬と雪子は可笑しそうに笑った。

「いま考えたら最初の頃の河夕が不自然だったんだ。だって俺達に近付くなって言ったのは、結局は俺達を危険に巻き込まないようにするためだったんだし」

「緑君と一緒の時とか見ていても、緑君に好かれているなって思ったし…、あ、それでいくと緑君も掟を無視しているってことよね。だからかしら、一緒にいると思い込んでいたの」

「……」

「河夕ってすっごい優しいと思うよ」

「たまに憎らしくて仕方なくなるけどね」

 交互に語られる二人の言葉に、河夕はしばらく微動だにしなかったが、そのうち、呆れたような息を吐く。

「…おまえらってホンット…よくもまぁこっ恥ずかしいことを…」

「あらら。もしかして影見君、照れてる?」

「なわけあるか」

「ホントに?」

「うるさい」

 近付いてくる顔を手で――決して乱暴な手付きではなく押し返す。

「やっぱり照れてるじゃん」と、岬が笑い、雪子も笑う。

 住職や兄姉、夫人の表情にも浮かぶ笑み。

 穏やかな空気がその夜の高城家を包み込んだ。



 ◇◆◇



 岬の兄姉が自室に戻り、住職は朝が早いからと床につき、母親が浴室に姿を消した頃になって、雪子も「そろそろ帰るね」と立ち上がった。

「ならそこまで送るよ」

 岬がすぐさま立ち上がり、河夕もそれに続く。

 だが、石段を下りながら「俺もそろそろ帰るな」と告げると、途端に岬の顔が凍りついた。

 段差になっているその場所で三人ともが足を止め、一番高い位置にいた河夕を見上げる。

「河夕…泊まっていかないの……?」

「? あぁ、まだあっちの仕事が終わっていないし…」

 急に雪子に呼ばれて四城寺に赴いたが、それまで滞在していた土地での自分の役目が終わったわけではない。

 一応は自分の結界で囲い、今以上の被害が広がらないよう手は打ってきたが、かといって遊んでいる余裕があるわけでもなかった。

「悪いもんは一分一秒でも早く祓っちまった方がいいだろ」

「…うん」

 確かにその通りで、河夕の役目の意義を知っている自分がその彼を止めることは、人として間違っていると思う。

「…」

 それは解っているのに、どうしても気落ちしたのを隠せない岬の様子に、雪子は嘆息し、河夕は困惑する。

「…また、そっちが片付いたらここに戻ってくる」

「…ん」

「ほんっとに影見君が好きなのね、岬ちゃん」

「……」

 雪子の台詞に、うっすらと紅潮する頬。

(ホラ見なさいっ)と吊り上げた目で自分を睨みつけてくる少女に、河夕も当惑した。

 こんな態度の変化。

 これではまるで…。

「――!」

 と、不意に感じた人の気配。

 はっとして岬から外へと視線を転じた河夕の異変に、岬と雪子も気付き、彼の視線の先を追う。

 四城寺につながる石段の下方。

 耳を打つのは軽い足音。

 河夕は二人を自分の背後に庇おうとして、しかし感じる気の波動に手を止めた。

「……光?」

「え」

「光さん?」

 次第に近づいてくる影が、色素の薄い髪を照らす。

 石段に影を伸ばし、姿を映し。

 現れたのは河夕に負けず劣らずの長身と高貴な美貌。

 口元に柔らかな笑みを湛えた闇狩十君の一人、緑光。

「本当に光さんだ!」

「緑君」

「こんばんは、三人で月夜のお散歩ですか?」

「おまえ何しに来た?」

 静かな笑いを含んだ声音に、それとは対照的な、明らかな嫌悪の感情を隠そうともしない河夕の声が答える。

 そのあまりの冷たさに、だが光は楽しげに笑う。

「そう仰らないで下さい。僕は小さな姫君の道案内でここまで来たのですから」

「姫君…?」

 聞き返す雪子に、光は頷く。

「ええ。遥か彼方から一人でこの地に降り立ち、最愛の人を探すも、初めての世界に行き先を見失った愛らしい方ですよ」

「…おい、それって…」

 河夕が(まさか)と少なからず驚いて口を開き掛けた、その時。

「光ちゃん、それってまるで私が迷子になったみたいじゃない!」

 幼い少女の声が、光の背後、闇の中から聴こえた。

「お兄ちゃんの力を追ったら結界だったのっ。光ちゃんが来てくれなくても、もう一度ちゃんと探せば有葉ありは一人で来れたものっっ」

「それは失礼致しました」

 優しく笑んで、彼が道を開けた向こうに、小柄な十歳前後の少女の姿。

「有葉…!」

「え?」

「河夕、知り合い……」

 雪子と岬が、河夕の呟きに知り合いなのかと視線を転じたその先を、長い黒髪が流れるように駆けていく。

「……っ」

 そうして二人の前で河夕に抱きついた少女を、彼はしっかりと抱き上げ、目線の高さを合わせる。

「有葉、おまえどうしてここに…」

「ずっと前に光ちゃんに教えてもらったの、2月十四日はバレンタインて言って大好きな人にお菓子を贈る日だって! だから十四日は絶対に帰って来てねって手紙出したのに、お兄ちゃんも光ちゃんも全然帰ってきてくれないんだもの!!」

「だからって…」

「お兄ちゃんが大変なの分かるけど! 大変なの…ちゃんと分かってるけど……っ」

 強い口調ながらも語尾は震え、最後は河夕にしっかりと抱きついて彼の肩に顔を押し付ける。

「分かってるけど…っ…、お兄ちゃんに会いたかったの……」

「有葉…」

 幼い少女をしっかりと抱きしめて、河夕は彼女の髪を撫でる。

「有葉、悪かった。泣くな」

 その漆黒の髪。

 顔を上げさせ、真っ直ぐに見合う瞳は、黒のはずなのにどこか透き通って見える黒曜石。

 類稀な、よく似た美貌。

「…光さん…、いま、あの…お兄ちゃんて…」

「あの子…、まさか…」

 岬と雪子の動揺を隠せない声音に、光は微笑う。

「ご紹介が遅れましたね。あの方は闇狩一族十君、“桃華とうかきみ”と呼ばれる方」

「じっくん…十君て、光さんと同じ…?」

「同じですが、正確には違います」

 同じだが違う、その意味を掴みかねて首を傾げる二人に、光は笑みを強めて続けた。

「名前を影見有葉様と仰いましてね」

「影見…」

「ええ。有葉様は、河夕さんの実の妹君なんですよ」

「――――」

 光に言われて改めて見た先に、よく似た顔立ちの二人。

 影見河夕と、影見有葉。

 兄妹だ、と。

 そう告げられた二人の姿に、岬と雪子は今が夜中だということも忘れて大声を上げてしまうのだった。



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