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闇狩  作者: 月原みなみ
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時空に巡りし者 序

 クックックッ……―――。

 深い闇の奥に蠢く強大な力。

 男の声をしたそれは、未だ何一つ映さない視界の中に在るにも拘らず楽しげな笑いを零す。

 まったく、愉快なことになっている。

 これほどの偶然が重なるとは、あの時、誰が予測しただろうか。

 よもやこの時代、あの場所で。

 自分がここに縛られてから、およそ五百年。

 それだけの時間を経て出逢った者達が“親友”という絆を持つなどと、いったい誰に予測することが出来ただろう。


 ――…愚かなり影主えいしゅよ…今生の貴様に我は滅ぼせぬ……

 ――…今生の貴様に我が魂は斬れぬのだ……


 長い間。

 三千五百年という長い年月をかけて闇狩一族が見てきた夢。

 それは“是羅ぜら”の名を持つ彼を――闇の魔物共を率いて蒼き惑星の滅びを願う男を討ち、始祖より与えられた使命を全うすること。

 それだけが連中の存在意義だというのに、今生の影主、影見河夕かげみかわゆは決して自分を斬れないだろう。

 どれほど幸運な機会をその手に掴んでも、かつて自分を封じた五百年前の影主と同様、死ぬのは自分ではなく貴様なのだと、闇の男は嘲笑する。


 ――…人とは斯様に愚かな存在か……

 ――…クックックッ……まったく…人の世の偶然とは愉快なもの……

 ――…所詮、狩人は弱き人……今生の影主も貴様と同じ道を辿ることとなろう……


 今生の影主によく似た男を、闇の中、未だ眠る男は知っている。

 黒曜石の瞳と、漆黒の髪。

 その名を影見綺也かげみきや

 生まれながらにして王の威厳と類稀な能力をその身に抱きし、王となるべくしてなった王。

 だが自分が知るかつての影主は、愚かにもたった一度の機会をみすみす逃し、自らの命を無駄に散らせたのだ。

 かつての影主が、無駄に散らせた命。

 そのたった一つの意義は、男をこの闇に封じ込めたこと。

 五百年しか持たない結界の中に是羅を縛り付けただけだった。


 ――…フフフ……我にとっての五百年など一夜寝るのと変わらぬわ……

 ――…我は速水を手に入れ復活する………


 速水を。

 己が心臓を愛情の証として預けた人間。それを手に入れ、この忌々しい呪縛からかつての栄光を取り戻すのだ。


 ――…待っていろ、速水………

 ――…そこで我の迎えを待つがいい………


 おまえは私のもの。

 他の誰の手にも触れさせはしない。

 大人しく、そこで我の迎えを待て。

 それが貴様の生きる唯一の道。


 ――違えるな…貴様の身も、その感情の一欠片までも……

 ――…全て全てが…、貴様の全てが我のもの………


 他の誰にも。

 影見の王にも、二度と奪わせはしない。



 速水、忘れてはならぬ。

 我はおまえを守るもの、必要とするもの。――そして影主は――影見河夕は、貴様を殺す存在なのだと言うことを……。


 ――……クククククッ………

 ――……フフフフフ……


 ――……ックックックックックック…………



 深い。

 深い闇の底。

 未だ視界の広がらぬ闇の男は、ただ独り、嘲笑する………



 ◇◆◇



 ――深夜。

 その少女は窓辺に背を預け、手の中の包みを見つめていた。

「……どうしようかな」

 わずかに頭を傾げて呟く彼女の表情は、どこか悲しげで。

 今にも泣き出しそうな痛々しい声音。

「私じゃ、松橋さんていう可愛い幼馴染には勝てないし……」

 脳裏に同じ委員会の一年生コンビを思い浮かべて、彼女は小さく嘆息した。

 もうすぐ二月十四日。

 バレンタインがやって来る。

 彼女が手にしている包みは、その日に後輩の少年、高城岬たかしろみさきに贈ろうと思って用意したチョコレートだったのだが、当日が近付くにつれて、あれほど「あげよう」と決意していた気持ちは脆くも崩れそうだった。

「…」

 一年B組の代表委員コンビ――高城岬と松橋雪子まつはしゆきこは、他のどの学級よりも仲がいい。

 話を聞けば幼稚園からずっと一緒の幼馴染で、互いが互いのことをちゃんと信頼し合っているのがよく分かる。

 言いたいことを言い合いながら、気の強い雪子が岬をカバーして。

 優しい岬が雪子を励ます。

 そしてその優しさは幼馴染にばかりではなく、一緒に仕事をする彼女にも向けられた。

「…すごく嬉しかったの」

 昔から学級代表や生徒会役員を務めてきた彼女は、他人に甘えることが苦手だった。

 どんなに大変な時でも無駄に高いプライドが邪魔をして、素直に助力を求めることが出来ない。

 そんな彼女に、自然に力を貸してくれたのが岬だ。

 女の子より可愛らしい顔立ちなのに、やっぱり男の子で、彼女が持てなかったものを軽々と持ち上げ、問題を解決してくれたことが一度や二度ではなかった。

「私より全然可愛いのに…」

 くすくすと、あの日のことを思い出して笑う彼女は、しかし短く息を吐いて、包みを机の上に置いた。

「…あの時はありがとう、って…お礼だって言って渡そうかな…」

 口にすると、まるでそれが最善の方法のような気がしてきた。

 好きです、なんて言えない。

 自分は岬よりも年上で、可愛くなくて、…しかも彼より背が高い。

「こんな奴に告白されたって高城君が困るものね…」

 自嘲気味に呟き、彼女は椅子に座ってペンを持つ。

 チョコレートとは別に用意していたテディ・ベアのカードを広げ、しばらく考えた後に書き記したのは「いつもありがとう。これからもよろしくね。」というメッセージ。

「…別に他意はないわよ、委員会でこれからもよろしくって意味なんだから」

 誰に言うでもなく言い訳のようなことを口にして、彼女はカードを封筒に入れ、チョコレートの包みに添える。

「――ぁ。名前…」

 自分の名前を書き忘れている事に気付いて、再度、カードを取り出そうとした。

「…でも…、直接渡すなら別に書かなくても……、けど顔見て渡すのって…」

 などと逃げ腰なことを考えていた。―――そのとき。


 ――――………


「ぇ……?」

 呼ばれた気がして振り返った彼女は、だが自分以外に誰もいない部屋を見渡すだけ。

 誰かに呼ばれるなんて、そんなはずがない。

 両親はもうとうに休んでいるし、この部屋に自分以外の誰かがいるはずがないのだから。

「…空耳」

 きっとそうだと決め付けて、彼女が手を動かし、カードを出そうとする。

「…え…―――」

 刹那、部屋に吹き込んだ一陣の風。

 一瞬の現象。――――その部屋には、もはや誰一人、存在しない。


 ――愚カナ……愚カナ人間………

 ―――……岬ハ僕ノ… 僕ダケノモノナノニ…………



 ◇◆◇



「……始まってしまった」

 月の隠れた夜空を見上げ、切なげに呟かれる言葉。

「…是羅が、とうとう復活した……」

 言って、苦しげに瞳を伏せるその人は――女性、だろうか。

 それとも男性……?

 月光の射さぬ大地に在っても月色に艶めく髪。

 白磁の肌。

 加えて人形のように左右対称に整った美しい容貌には、この世のものではない神々しさがある。

 真白な薄布の上下は、衣服というよりも素肌に巻きつけているといった格好で、異国の民族衣装の要素すら持ち合わせている。

 性別すら断定出来ないという、俗世の匂いを一切感じさせないその人は、まるで動く彫刻のようでもあった。

「……とうとう是羅が…」

 繰り返し呟いて、瞳を伏せる。

 見る者が見れば、今にも泣き出しそうに見えるその身体を、不意に背後から抱き閉めたのは逞しい男の腕。

「…」

 こちらは男性であることが明らかな体つきだ。

 漆黒の髪に、深い闇色の瞳。

 腕に抱くその人とはあらゆる意味で対照的な姿かたちの彼は、月色の髪に顔を埋め、静かに告げる。

「……心配するな」

「でも…」

「心配いらない。ひかるなら乗り切る」

「……」

「光と、あいつの信じた王がいる。五百年前と同じになどなりはしない」

「……うん」

 励ますように告げられる言葉。

 その人は背後の男に身を委ねた。

 伏せた瞳の奥に浮かぶのは、数年前に、短い時間とはいえ一緒に暮らした闇狩一族の少年。

 緑光みどりひかると名乗った彼が、今は一族の“十君”にまでなったと風の噂で聞いたけれど。

 …彼が今後の是羅との戦いの中で、あの頃のように傷つかずに済むことを二人は願う。

 どれだけの時間が過ぎても、二人の脳裏に思い出される光の姿は、鮮血に染まった一室で呆然と佇む十六歳の頃のもの。

 出逢った時から、これ以上ないというほど傷ついていた彼は、二人との別れの瞬間にも心に深い傷を負ってしまった。

「…どうか、闇狩一族の彼らに加護を……」

 二人は影を重ねながら、夜空に祈る。

 雲の向こうに輝く青銀の月。



 これから、どれほどの困難が彼らに降りかかっても。

 どうか、誰一人傷つくことなく、彼らが乗り越えて行けるように。


 間違いのない未来を、望んで歩いていけるように。


 どうか。

 どうか…。

 誰一人泣くことのない未来を、彼らが歩いていけるように。

 そのための未来を掴む為に、生きていけるように。

「闇狩一族の民に、始祖・里界神りかいしんの加護を―――………」


 その祈りは届くのか。

 始祖は願いを聞くだろうか。

 五百年の時を経た現在、闇の昏き王――是羅は復活する。

 一族が興ってから数えて三千五百年。

 狩人は再び、五百年前と同様、魔物たちとの決戦の時を迎えようとしている――……。




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