闇狩の名を持つ者 序
この物語は第一話から最終話執筆まで約六年、番外編まで入れると十二年もの長い時間が掛かっています。可能な限り修正してはいますが最初と最後では文体等かなりの違いが見られると思います、どうぞご了承下さい。
灰色の空が彼の頭上には広がっていた。
最近は毎日がぐずついた天候で、最後に青空を見たことなど遠い昔のように思える。
だが今日この日のことだけを考えるなら、この空模様は悩める青少年である彼、高城岬の心の鏡でもあったのだ。
「本日の降水確率は午前中三〇パーセント、午後から六〇パーセントと高くなります。お出かけの際は傘をお忘れにならないようご注意ください」とは、家族で揃って見ていた天気予報での台詞。
灰色の空を見上げながらそれを思い出した岬は、同時にこの腹立たしい気分の原因とも言うべき出来事まで思い出して眉を顰めた。
触れたら切れる、騒いだら怒鳴られるというほどではなかったが、とにかく彼の機嫌は過去最悪といっても差し支えないくらいひどいものだったのである。
それもこれも、最近立て続けに起きている原因不明の怪事件と、自分の家が由緒有る寺だという、岬にしてみれば迷惑極まりない評判のせい。
岬の父親は若い頃から多少とはいえ本物の霊能力を持っており、それを町の人々は知っているから、怪事件が起き始めてからというもの、彼の家には大勢の町民が連日のように押しかけてくるのだ。科学で説明できないことはすぐにそれ関係のせいだと決め付ける。面白半分にしろ、本気にしろ、岬には、それが人間の悪い癖だと思わずにはいられない。そしてそれ以上に悪いと思えてならないのが父親の性格だ。世話好き・優しい、困っている人を決して放っておけないとでも言えば聞こえはいいが、結局はお人よしで押しに弱くて自分の限界を自覚していないだけ。断れば済むことも、無理だと言えば終わることも、父は首を縦に振ってその肩に背負い込む。その結果、自分がどうなるのかも考えずに。
そのいい例が今回のことだ。
町の人々の恐怖や愚痴、文句の吐き出し口となり、絶えず相手をしてきた彼は、昨夜、とうとう疲労が原因で倒れてしまったのである。
父親を抜いた家族会議の結果、今日から寺を閉めようと決まった早朝の居間に、しかし青白い顔をした父親は凄まじい剣幕で体を引きずってきた。
皆が怪事件に不安を募らせている、話を聞くくらいは出来る、そう言うのだ。
「もぉ…っ、父さんはバカだ!」
学校があるからと、時間ギリギリに家を出てきた岬だが、その後の争いはどんな展開を見せただろう。母と兄姉が父親を言い負かしてくれていることを心から祈りたい。
「父さんは、父さんが倒れて誰が心配するのか何も判ってないんだ!」
岬は、父親のお人よしなところや、押しに弱いところを短所だと思っていても、それでも父親を尊敬しているし、大切に想っている。だからこそ今は休んで欲しかったし、一日も早く元気になってほしかった。
それゆえに原因不明の怪事件なんかを起こして町の不安を掻き立てる正体不明の犯人に対して岬の気が荒くなるのは、至極当然だろう。
「絶対に寺は閉めるからなっ、父さんが何て言ったって!」
そうして岬は進んでいく。
迷うことなく、自分が通う県立の西海高校へ――――。
雨が降り始めていた。
まるで雪のような降り方をする雨の下、彼は隣に人がいたとしても聞こえないだろう微かな声で何事かを呟いた。
傘も差さず、雨の下にいる彼の姿はあまりにも不自然で、なにより彼の着ている衣服が目の前の西海高校の学生服であったことが、その不自然さを際立てていた。
幸いというべきか、既に授業の始まっていいる時間帯のため、周りに人影はない。
「…西海高校、か……」
今度ははっきりとした口調で高校の名を口にして、彼は校舎を見据えた。
それはまるで、鬼のように険しい表情で…。
数分そうしていた後、彼はゆっくりと校門を抜けた。
生徒玄関の扉を開け、校内に消えていく。
そして、それを待っていたかのように激しさを増す降雨。
空はいっそう暗くなり、町の人々の心を暗澹とさせてゆく。―――そんな日だった。彼と彼が出逢ったのは。
運命に導かれたかのように、二人の少年が出逢ったのは……。