表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テレビを見なくなって一年以上が過ぎた

掲載日:2026/05/02

 ここ一年くらい、テレビを見ていない。テレビを見なくなると、無駄な苛々が消えて良い事づくめだ。ただ、唯一残念な事がある。それは、私のnoteでの人気コンテンツ(?)の「テレビ・ディス」ができなくなる事だ。

 

 テレビを見ていないと、「テレビのノリ」というのがわからなくなる。「「ゆうちゃみ」ってなんだよ、食い物か何かかよ」とも思うし、テレビタレントの糞どうでもいい私生活ネタが、あたかも国民全般が知っていなければならないニュースのようにネット上に載っているのも違和感を覚える。

 

 テレビについては色々思う事があるが、その一つが「自己言及的」という事だ。

 

 例えば、ある俳優が「ビッグゲスト」としてバラエティ番組に出てくる。この場合、その「ビッグな俳優」が今度始まるドラマの主演をする、みたいな紹介がされるのだが、そのドラマもバラエティも同じ局がやっている。

 

 「ビッグな俳優」はあるドラマを主演しているのだが、彼はその宣伝をする為にバラエティ番組にも出てくる。バラエティ番組の司会は気を利かして「こんな番組に出ていただけるんですか?」なんて言うのだが、実際には同じ局のドラマとバラエティに同じタレントが両方出ている。

 

 これは例えば、ある会社の社長を持ち上げる為に、その会社が持っているメディアに社長を出演させるようなものだ。社長は「あの有名メディアの〇〇にも出た凄い社長!」とその後は宣伝されるのだが、実際には、メディアは自前のものでしかない。

 

 テレビというのは、「マツコ・デラックスと明石家さんま、夢の共演!」なんて事をやっているが、テレビ的な価値観から離れると、マツコにも明石家さんまにも何も思うところはない。


 まあ、もちろん二人共才能はあるし、話芸は達者だし、それは別にいいのだが、ただそういう才能は他にいるし、もっと評価すべき人間はいっぱいいる。何をそんなに騒いでいるんだろう、という気持ちになってくる。

 

 もっとも、未だにテレビにしがみついているのは自分と同じ世代だろうというのは想定がされるので、私も内心、忸怩たるものがある。私はダウンタウンや松本人志に何の思い入れもないが、私の世代はダウンタウンや松本人志のバラエティを見て育ってきたので、同世代の人達が未だに「まっちゃん、すげえ!」とやっているんだろうなというのは想像がつく。まだやっているんだ、という気持ちもあるが、彼らの気持ちもわからないではないので(なんだかなあ)と思ってしまう。

 

 テレビがもう一つ気持ち悪いのは「嘘」というものだろう。

 

 「鉄腕ダッシュ」という番組で以前、大きな雪だるまを転がり落として、それをマッチョなADが跳ね返せるかという企画をやっていた。

 

 私はそれを見て(こんな事やっていたら怪我したりするんだろうな)と思った。大きい雪だるまが転がってくるのを、マッチョなADがミットを持って耐える、という企画だった。(マッチョとか関係なく危ないだろ)と私は思った。

 

 実際の所、その企画で怪我が出たかどうかはわからない。全然出ていないのかもしれない。ただ私がそこで感じたのは(こんな事ばかりしていたら、怪我だの何だのあるだろうな)という事だった。

 

 私がその企画を見てしばらく後、「鉄腕ダッシュ」が問題になった。どう問題になったかは長くなるので省くが、その関係で「鉄腕ダッシュ」の主力メンバーの松岡昌宏が、「鉄腕ダッシュ」という番組で「怪我をして病院に運ばれた事が何度もあった」と言っていた。私は(やはりそうか)と思った。もちろん、番組内では怪我の話は出ていない。

 

 こうした事は「鉄腕ダッシュ」に限らない。裏が取れないのではっきり言明できないが、見ていて(こんなの嘘だろう)と思う事がたくさんある。

 

 テレビというのは、嘘とバラエティのノリとが一体になっており、本来真面目なはずのニュース番組もバラエティと変わらなくなっている。

 

 そもそも女性アナウンサーや男性アナウンサーがみんなアイドルのような容姿で揃えられているのはなんだろうか。ニュース番組に、キレイな人形を置くかのようにハーフの美人タレントを置いて、毒にも薬にもならないつまらないコメントを言わせるのはどういう趣味なのだろうか。

 

 まあそんな感じで、テレビのノリというのは自分にはもう縁遠いものとなっている。先日、You Tubeで元SMAPの木村拓哉と爆笑問題の太田光が二人でキャッキャッしているのを見た。コメント欄は「この大物二人がすごい…」という感じだったが、世代ではない人たちからすると、この二人が何故大物なのかピンと来ないのだろうと思う。

 

 テレビ的な価値観の隆盛ももうそろそろ終わりになるだろうが、とはいえ、大衆が都合の良い嘘をついてくれるものを求めるというのは変わっていないので、やはり、特有の「ノリ」と嘘とがないまぜになったコンテンツが人気であり続けるというのはこの先も変わらないように思う。

 

 ただ、この先は、半笑いのバラエティのノリから、急展開して、大真面目な表情で嘘をつく、そうした方向に「ノリ」は変わっていくのではないかという気がしている。

 

 私の経験上、「ちゃんとした大人」が大真面目な表情をしている時、彼は必ず嘘をついている。この場合の「嘘」は虚偽を言っているという意味ではなく、仮面を被っている、というほどの意味になる。

 

 バラエティ的な短絡化したノリから、真面目くさった、全てを単純化するノリへと、世の価値観は移行していくのではないかと思う。今流行の陰謀論などはその代表だ。ふざけているかと思えば、渦中の人は大真面目だったりする。

 

 私自身は生来、天邪鬼な人間なので、人々がふざけている時には真剣に、また人々が真剣な時にはふざけようと思っている。

 

 おそらく、私がふざけてくだらない事を言うと人々は「お前のような馬鹿は引っ込んでろ! 今は真面目な時なんだ!」と言うだろうが、私としては私は人々よりも真剣だからこそ、ふざけている。

 

 ここには道化の矜持があるが、これは人目には見せられない。なので、私はこれからクソ真面目な、「〇〇のため!」というスローガンが溢れる時には積極的にくだらないボケをかまして、人々から難詰される存在でありたいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ