23.
王妃の体調が完全に戻ったのは、それから二ヶ月後のことだった。
最後の往診の日、王妃は寝台ではなく、窓際の椅子に座っていた。朝の光の中で、顔色が明るい。手足のしびれも、頭痛も、もうないという。
「先生」
王妃が、トーコを見た。
「庭を一人で歩けるようになりました」
「数値も、正常範囲に戻っています。今後は白粉の成分に気をつけていただければ、再発はしません」
「本当に、ありがとうございました」
王妃が、静かに言った。
トーコは道具を片付けながら答えた。
「お礼を言うのはこちらです。診させていただきました」
「先生」
王妃が、少し改まった声で言った。
「一つ、お願いがあります」
「はい」
「宮廷の医師として、ここに残っていただけませんか」
トーコが手を止めた。
「私どもには、先生のような医師が必要です。治癒師では届かないものが、先生には届く。王族や貴族の健康を守るために、ぜひ」
部屋が静かだった。
トーコはしばらく考えてから、答えた。
「ありがたいお話ですが、お断りします」
「……理由を聞かせていただけますか」
「デッドエンドに、私を待っている患者がいます。宮廷の方々は、治癒師にも恵まれ、選択肢がある。しかしデッドエンドの人たちには、私しかいません。分不相応なお話ですが、私の持ち場はあちらです」
王妃が、しばらくトーコを見ていた。
それから、静かに笑った。
「……やはり、そうおっしゃると思っていました」
「申し訳ありません」
「謝らないでください。あなたらしい答えです」
王妃が立ち上がり、侍女に何かを持ってくるよう言った。
小さな箱が運ばれてきた。
「せめて、これを受け取ってください」
箱の中に、白いハンカチと、小さなブローチが入っていた。ブローチには、王家の紋章が入っている。
「ハンカチは私の手刺繍です。ブローチは……何か困ったことがあれば、これを見せてください。私の名前で、できる限りのことをします」
トーコは、受け取った。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」
王妃が、深く頭を下げた。
◇
廊下に出たところで、天導協会の役人が待っていた。
シュバルツではなかった。別の、若い役人だ。
「先生、少々よろしいですか。今回の治療について、協会として記録を」
「どうぞ」
「鉛中毒という診断について、その根拠と治療の経緯を詳しく」
トーコはカルテを取り出した。
「全部記録してあります。必要であれば写しをお渡しします」
「……いただけますか」
「どうぞ」
役人がカルテの写しを受け取り、それからぼそりと言った。
「先生、先輩方が色々と申し訳ありませんでした」
「気にしていません」
「しかし、シュバルツが……」
「患者が良くなりました。それで十分です」
役人が、少し間を置いた。
「……先生のような方が、もし協会にいてくださったなら」
「私はデッドエンドの医師です」
トーコは静かに言った。
役人が頭を下げた。
廊下の先に、出口が見えた。
◇
建物の外に出ると、人が集まっていた。
ミリアが、真っ先に駆けてきた。
「先生……! お帰りなさい……!」
「ミリアさん、治療院は」
「セラさんとミラさんに任せてきました。今日だけです」
セラが「先生、お疲れ様でした」と頭を下げた。
ミラが「お帰りなさい」と言った。
ガルドが腕を組んで「遅かったな」とぼそりと言った。
八宝斎が「トーコちゃん」と言いながら小走りに近づいてきた。
スノウが、トーコの足元に寄ってきて「ぐ」と鳴いた。
シルフィが、肩の上で「きゅ」と鳴いた。
トーコは少し、その場に立ったまま、みんなの顔を見た。
胸の奥が、じんとした。
「……みなさん、持ち場を離れるのは感心しません」
「まあまあ」
ライナルトが、隣に立った。
「それだけ、あなたが愛されているということだ」
トーコは少し、ライナルトを見た。
それから前を向いた。
「……帰りましょう」
「ああ」
デッドエンドへの道が、朝の光の中に続いていた。
シルフィの魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。
——帰る場所がある、ということだ。
トーコは歩き出した。
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