006
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川辺での昼食を済ませた三人は更に森の奥へと足を運ぶ。
それからしばらくの間歩みを進め、鬱蒼とした森を抜ける。するとダンジョンとは思えないほど美しく雄大な景色が三人を出迎えた。
透き通るような青空に大地を埋め尽くす緑。
奥には存在感のある山脈が連なり、自然が作り出す景色に心惹かれていく。
ロベルトは心が洗われるような気分だった。
目を閉じて深呼吸。
そして心地よい音色が聴こえてくるようにも感じ――ふと隣を見るとみなみが笛を吹いていた。
ふあぁ癒されるぅ――
癒やしの空間に包まれ放心していく。
そんな最高の気分を邪魔するように、奥の方からドドドと迫りくる地鳴り。
見えて来たのは草原を埋め尽くすほどの魔物の群れ。荒れ狂う魔物達が雄叫びを上げながら一気に此方へと向かって来ていた。
え。
ロベルトが固まる。
意味が分からない。何故、急に魔物が一斉に出てきた。しかも何故か興奮した状態。ふとみなみを見ると。
「ヘヘッ」
「みなみちゃあああん?!」
「おいたん。鬼ごっこしよう!」
「ルールは身体強化魔法のみ!魔物に攻撃しちゃ駄目!魔物に触られた回数が多い人が負けねー!」
「うそだろぉぉぉぉ鬼ごっこは聞いてたけど、俺の知ってる鬼ごっことちがーう!」
「シン鬼ごっこだよ!」
ロベルトがまず捕まったのは表皮に鋭いトゲがついた大きいダンゴムシの群れ。
十四本の脚が土煙を上げながらロベルトへ迫り、そして勢いよくロベルトに跳んでいく。
ロベルトは体当たりされる度に「痛て」と声を上げ、必死に逃げるが逃げきれない。
そんなロベルトを見かねてみなみが――
「おいたん。マナが乱れてバラバラだよ」
「そうそう。さっきの方が上手かった」
「おいたん。やってることはさっきと変わらないよ」
「背後を気にするからマナが乱れてる!身体強化魔法が弱くなってるよ!」
ロベルトは二人のアドバイスを聞いて、なるほどと納得。
確かにやってる事でいえば、走っているだけでさっきと何も変わらない。
変わらないのに身体強化魔法が安定しないのは背後に気を取られすぎてマナへの意識が十分ではないからだろう。
ロベルトは身体強化魔法が不安定だった原因を理解し、改善しながら走る。
そこからロベルトは改めて全身のマナに集中し、身体強化魔法を意識。先程上手に出来ていた感覚を思い出しながら走った。
しばらくするとその効果が現れ始め、ロベルトとダンゴムシの距離が徐々に広がっていくようになる。
ロベルトが身体強化魔法を安定して使えるようになってくるとバック走で背後を警戒する余裕も生まれ、周囲の状況を判断出来るようになってきた。
今いる遮蔽物のない草原は目立ち魔物が集まり易いので、ロベルトはとりあえず近くに見える森に逃げることにした。
森につく頃にはダンゴムシの群れを引き離し、他の魔物もロベルト達には追いついていない。
森の中に入ると木を背もたれにして座り息を整える。全身汗だくで湯気が立つほど身体が熱い。
それでも疲労感はなく、むしろ充実している。
ひと息ついていると、食事を探しているようなボアの集団が視界に入り、ロベルトと目が合う。
ロベルトはまるで子供が鬼ごっこで見つかった時のような表情で「やば」と呟き、再び走り出す。
森の中は当然、人が通るような道はない。
地面には木の根や倒木、石や苔が至る所にあり、それらを隠すように草葉が広がっている。
目線の高さには木から枝が伸び葉が視界を遮り、虫や蜘蛛の巣が纏わり付いてくる為、とにかく走りづらい。
ロベルトはこの時、自分の脳筋具合に酷く後悔していた。ロベルトは今まで真っ直ぐ走る方が気持ちいいという馬鹿な理由で、森の中で障害物を避けながら走るというのしてこなかった。
その結果――
現在、ボアにケツを突かれまくっている。
障害物を避けるのが下手すぎて追いつかれ、今まで通りに避けずに走っても追いつかれる始末。
たまらず二人が助言する。
「おいたん、今度は見ることにも集中して」
「身体強化は目も強化するんだよ!」
「どーたいしりょく凄くなる」
「前見すぎてマナが乱れないように注意して!」
「また木に当たっちゃうよー」
ロベルトは身体強化魔法の万能すぎる能力に思わず笑みが溢れ出す。
ボアにケツを何度も突かれながらロベルトは目、見ることに集中していると何となく感覚が掴めるような気配が漂う。
そして逃げ回ること三十分。
ロベルトに変化が訪れる。
視界がまるでスローモーションを見ているようにゆっくりと流れるようになり、これまで目に入ってくる情報が早すぎて処理出来なかったものが出来るようになり、次第に目の前にある障害物がはっきりと認識出来るようになってきた。
それが出来るようになってからは足の踏み場、ルート選びが楽になり十メートル先の障害物をどんな体制で回避したら良いのか、と先のことまで考えられるようになった。
そこから更に一時間経過した頃には、目の強化に慣れてきてボアの集団を引き離す。
ロベルト達はしばらく森の中を歩き、更に奥地へと足を踏み入れる。
すると猿、狼、鳥、蜂などの魔物がロベルトを獲物として認識し集まってきた。
ロベルトは身体強化に慣れてきたものの、全方位からの攻撃には対応しきれず、何度も攻撃や体当たりを受けてしまう。
そこで沙希とみなみがアドバイス。
「おいたん、今度は耳に集中してみて」
「ちゃんと聞いているとどこから魔物が来るか分かるんだよー」
「遠距離攻撃しない魔物は案外楽だよー」
「そうそう、逃げればいいだけだしねー」
今度は耳、聴覚に集中してと指示。
トゲトゲやボアみたいに背後から狙われるケースと違って、今度は全方位から狙われていると考えていい。
目で見て判断するには範囲が広すぎるし、目の情報だけでは魔物の正確な位置を把握出来ない箇所が出てくる。そこを聴覚を使って補うということだろう。
ロベルトがなるほどと頷く。
ロベルトは沙希とみなみに目を向けると、二人は走りながら、どの方向から魔物がきてもあっさり回避していた。
猿が死角から投げた石や、狼の挟み討ち、蜂の頭上からの攻撃も、まるで見えているかのように回避している。
沙希とみなみが今まで一度も魔物に接触されていない理由をロベルトは深く理解した。
そしてロベルトは改めて思う。沙希とみなみが有能すぎる、と。
ロベルトが聴覚の強化に慣れ始めたのは二時間ほど経過した頃だった。
突然妙な感覚に包まれた。
その感覚は今まで経験した事のない、まるで別の次元の世界線に踏み込んだような感覚。
ゆっくりと流れていく視界に加え、レーダーを搭載したかのように頭の中に全方位の音が流れてくる。
始めは一斉に流れてくる音に困惑したが、慣れてくると音を聞き分けられるようになってきて、右前方から何かが飛んで来る、左後方から走って来ると、大雑把に把握出来るように。
それが慣れてくると足音の違い、歩幅と進行速度、風をきって飛ぶ音、呼吸音と分けて理解出来るようになった。
そして現状ではそれらの音情報からロベルトが今まで経験した魔物のイメージを重ね合わせ、頭の中でどのような魔物が周囲にいて、目で見ているかのように把握出来るようになっていた。
「おいたん上手くなってきた!」
「本当だー。あっ、おいたんまた笑ってるー」
「ガハハハハ。だってめちゃくちゃ楽しいんだもんよー!そりゃ笑うさー」
「うん!みなみも楽しいー!」
「沙希も沙希も、楽しいぜー!」
ゲラゲラと笑いながら森の中を走り回る三人。
ロベルトの頭にふとあの映像が浮かぶ。
それは沙希とみなみがゲラゲラ笑いながらオーガに追われている姿。
映像やクリップを見て、この子たちは何でこんなに笑いながら走っているんだろうと不思議に思ったが、今腑に落ちた。
そりゃ楽しいに決まっている。
ロベルトはこの時、初めて自分の脳筋を悔やんだ。探索者になって十年。こんなにも楽しい世界が広がっているとは思わなかった。
沙希とみなみには感謝しかない。
――沙希ちゃん、みなみちゃん。ありがとう。
「え。おいたん急にどうしたー」
「え?」
「ありがとうって急に言われたー」
「声に出てた?」
「うん出てたー」
「うわー!恥ずっ恥ずかしすぎるー。ごめんごめん。お願い忘れてー!」
「あははは!おいたんかわいいー」
「おいたん、配信中なのお忘れですかー?」
「ぐぬぉぉぉぉお」
「またおいたんのぐぬぉ出た!」
「「あははは」」
それから三人は一時間ほど逃げ回り、森を抜けて見上げるほど高い崖のような所にたどり着く。
周囲の木々と比べても明らかに高く、砦のような威圧感すら感じる。
ロベルトは茫然と崖の頂きを眺めていると、沙希とみなみに「おいたんいくよ」と言われ、二人を見ると登る準備をしていた。
三人は靴を脱ぎほぼ垂直に近い崖を登り始める。
沙希とみなみが言うには身体強化魔法系で重要な箇所は指、手、足裏であり、その筋力を鍛えるのには崖を登るのは丁度良いらしい。
身体強化をするとどうしても筋肉量の多い部位を頼ってしまい、重要な箇所の筋肉が鍛えらないという。
特に瞬発力の基礎となる足の指、足裏の筋力は鍛えなさいと麗奈に言われ、沙希とみなみはしょっちゅう岩登りをしているそうだ。
ロベルトは崖登りを初めて十分ほどで手や足裏が悲鳴を上げ始めた。
正直どんな筋トレよりもキツい。
そんな状況の中、沙希とみなみはロベルトの進行速度に合わせていたので、時間的に余裕があったので、コメント欄を相手に自身の体を使って人文字を作り人文字クイズを出し遊んでいた。
「おいたん頑張れー!登ったらおかあたんが素敵なプレゼント用意してるみたいだよ」
「きっと喜んでくれるっていってたー」
「まじかぁ。うおー!楽しみだぜー!」
ゆっくりな速度ではあったがロベルトがようやく崖の頂きまで登り、そこから見えたのはダンジョンとは思えないのどかな風景。
まるで田舎の村を再現したような景色だ。
住居や畑があり果樹園まであり、探索者界隈でも聞いたことがない、異様とも呼べる光景にロベルトはワクワクしていた。
どんな人達が住んでいるのだろう。
何故、ダンジョンに住んでいるのか。
普段どんな生活をしているのだろう。
聞きたいことが山ほどある。
ロベルトは期待に胸を膨らませ、キラキラと目を輝かせながら集落を眺めていると、聞き慣れた笛の音色が聞こえてきた。
え。
ゆっくりと音の発生源――みなみの方を見ると満面の笑みで「おいたん、真のシン鬼ごっこだよ!」なんて事を言い放つ。
笛の音を合図に住居や畑から続々とオーガが集まって、もの凄い勢いで向かって来た。
「麗奈さあぁぁぁぁぁぁぁぁん何これ?!」
ロベルトの叫び声が響く。




