004
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沙希とみなみは車の前に立つ壮年の男性を見つけると、たたたと駆け出して行く。
二人が男性の前で立ち止まると、彼は優しい微笑みを浮かべて二人の目線に合わす様に屈む。
それから二人に手のひらを見せるように開くと――その瞬間。
何も無かった手のひらの上には二つのキャラクターチョコが現れ、二人に手渡す。
受け取った二人は飛び跳ねて喜んでいた。
一部始終を見ていたロベルトは驚きすぎて、思わず自分の手のひらを見てしまう。
麗奈はそんなロベルトを見て、動揺しすぎよと笑う。今のは魔法よ、という麗奈の言葉にロベルトが思わず声を上げ、困惑したロベルトは再び自分の手のひらを見る謎行動を披露した。
壮年の男性は麗奈の兄。そして日本最大の魔道具メーカーの社長。
今日、ダンジョンに来ているのは何故かダンジョンで遊んでいる二人が心配になって麗奈と共にここまで駆けつけたからだ。
▽▼▽
焼き肉店に入りテーブルに着くと、テーブルを囲んでいるのは麗奈、沙希、みなみ、ロベルトの四人。
麗奈の兄は何故かテーブルの横でトングを持ちながら立っていた。ロベルトはその様子が気になり視線を向けると麗奈が応えた。
「兄さんのことは気にしなくていいわよ。こう見えて生粋の世話好きなの」
「そうそう。昔からこういうのが大好きでね、私のことは気にしなくていいからロベルト君はいっぱい食べて今日頑張った筋肉にご褒美をあげてくれ!」
「あ、ありがとうございます」
「おじさんはお世話大好きだけど沙耶姉のお世話は禁止されてるんねー!」
「そうそう。沙耶姉はねー村の会議で甘やかすの禁止になったんだー!」
ロベルトは沙耶が村の会議で議題に上がるほど注目を集めていることに、ある意味感心してしまう。
テーブルには次々と肉や野菜が運ばれて、それらを麗奈の兄――透がパパッと網の上に並べ、肉を返し、食べ頃の肉は各々の皿へと配膳。
一連の動きは達人と呼べるほど早くて正確。
みなみがタレを溢すと音もなく背後に周りササっとテーブルを拭き、沙希の箸が止まるとスッと口直しの果物皿を前に置く。
あまりにも早すぎる動きに時折残像が見える為、ロベルトは何度か目を擦った。
食べながら沙希とみなみは今日遊んだ内容について楽しそうに話をする。
麗奈がそれを聞きながら柔らかな笑みを溢す。
話題はロベルトが魔力糸を飛ばしたことへと移り、ロベルトは麗奈から賛辞を貰う。
「ロベルト君、あれを飛ばすって本当にすごいことなのよ。私の見立てでは出来そうな人は五人くらい。A級の人間でも難しいことなんだから」
「そうだね!物を通して魔力を飛ばすというのは本当に難易度が高いんだよ。魔力糸に凄い執着があるなら話は違ってくるんだけど、ロベルト君は今日初めて魔力糸に触れたんだよね?」
「えーと。そうですね」
「すごいよロベルト君。村の者達でも数時間で出来たのは沙希みなちゃんの二人しかいなかったからね。皆、相応の時間を費やしてようやく使えるようになったんだから」
ロベルトへの賞賛が止まらない。
特に透は沙希とみなみの為に魔力糸用の魔道具を作っていたので、魔力糸を飛ばす苦労を知っているだけに熱量が高めだった。
沙希とみなみはロベルトが褒められてたので嬉しそうだった。自分が褒められた時よりも嬉しいという気持ちが溢れ、初めて体験する感覚でもあった。
二人は麗奈と透に負けないくらいロベルトの凄いところを挙げていくが、何度か麗奈にそれ褒めてないわよと指摘されていた。
麗奈は一連の流れで二人が懸命にロベルトは凄いんだよと話す姿を見て、ロベルトのことを大好きな友達として扱っているのが分かり心が温まる。
沙希とみなみが初対面でロベルトとここまで仲良くなるとは思ってもなかった。
そんな三人は明日も遊ぶ約束をしているという。
「おいたん。明日は何して遊ぶ?」
「んー。やってみたいの多くて悩む」
「それなら鬼ごっことかはどうかな?ロベルト君の魔法訓練も兼ねて身体強化魔法を使って遊んでみると色々面白いかもしれないね。使えるようになれば沙希みなちゃんとの遊びの幅も広がると思うよ」
「おー鬼ごっこー!楽しみなんねー」
「いいじゃん!おいたんと鬼ごっこするー」
透の提案で明日は鬼ごっこ。
透が鬼ごっこを提案したのはある思惑があった。
今日遊んだ魔力糸を使った遊びは魔法の括りでいうと難易度が高い。では難易度が低くて、魔力を体外に出す必要のない場合、ロベルトの魔法適正はどうなるのか研究者として気になったのだ。
しかも身体強化を使い極限まで鍛えたロベルトの身体はどう反応するかというのも興味深い。
まさにいいサンプルが取れそうと考え提案した。
「楽しみですねー。いいサンプルが集まりそうです」
「透さん?!顔、悪人みたいでしたよ」
「ごめんねロベルト君。兄さんは面白そうな研究対象があるといつもこうなっちゃうの。でもロベルト君が身体強化魔法を使うのは私も賛成よ。使いこなせれば二人の遊びについていけるし、何より探索者として一段――いや二段くらいはステップアップする筈よ」
麗奈にそう言われてもロベルトはピンと来なかった。その位、長い間魔法には縁が無かったのだから仕方がない。
ロベルトはそれよりも明日遊ぶのが楽しみで、心が弾むような気持ちに溢れていた。
今日一日遊びたおして分かったのが、今まで強くなることを何よりも優先していた筈が、身体や魔法を使って遊ぶ楽しさに夢中になってしまい鍛錬することを忘れていた。
それほど今日は楽しかった。
だからこそロベルトは二人との距離感を縮められ、純粋に楽しめたのだろう。
「おいたんはきっと凄いんね!だってモンゴリさんだかんねー!」
「ぷっ」
「ごほっごほっ」
「あ。最初、俺が間違えられた人?」
「確かに……似てるわね?」
「ところでモンゴリさんって誰ですか?」
「それはまだ内緒よ。でも最強の戦士達っていうのだけは覚えておいて。ロベルト君なら大丈夫だと思うけど、沙希ちゃんの父――英次の師匠達でもあるわ。ここのダンジョンを踏破したら必ず会えると思うわよ」
麗奈とパーティーを組んでいた盾士でアタッカーの沙希の父。名前が出た瞬間ロベルトは動揺し、肉を焼く網に触れてしまい「アッヂィ」と奇声を上げ笑いを誘う。
ロベルトにとって彼は憧れの人物でもあるのでボンヤリしてしまったようだ。
楽しい団欒の一時はあっという間に過ぎていく。
まるで家族と過ごしているような、とても温かい空間。ロベルトは居心地が良かった。
そしてふと気付く。
沙希とみなみは食べる量がロベルトに負けないくらい多く、思い返すとずっと似たようなペースで食べていた。
そのことを口にすると麗奈が応えてくれた。
二人はとにかくずっと身体を動かして遊んでいるから消費する熱量が半端なく多いらしい。
昔、どのくらいかデータをとったところ一般的な探索者の三倍の運動量は軽く超えており、魔力消費量は五倍以上あったという。
村の者が二人と一緒に遊んだ日は皆へとへとで次の日は筋肉痛になるのだと麗奈が笑う。
その話の流れでロベルトが思い出す。
「麗奈さん、ふれあい広場ってなんすか?」
「ふふっ。何それ初めて聞いたわ!」
「ちょっと目を逸らさないで下さいよ!」
「おいたんは忘れん坊さんなんねー。ふれあい広場は遊び場なんだよー」
「そうだよ!せっかく沙希たちが教えたのにーおいたん話聞いてなかったのー?ちゃんとお話を聞かないとね沙耶姉みたいな大人になっちゃうんだよー」
沙希が頬を膨らませ、みなみが呆れた眼差しを向ける。
この時、ロベルトは悟った。この流れは自分が折れればいいだけだと。
いつかきっと二人もふれあい広場がダンジョンだと気付いてくれるはず。そう思いながら二人に謝っていると口を押さえ笑いを堪えている麗奈と透が目に入った。
ロベルトは貴方達が教えないから!と言いたかったが、二人とのこんなやり取りすらも可愛らしく思えてしまう。
初めて会った二人との初めての食事会は笑い声の絶えないとても素敵な会だった。
▽▼▽
ロベルトは焼き肉店で皆と別れ、帰り道に大輝の店によって明日の昼食を三人分メガ盛りで頼んでから自宅へと帰る。
ロベルトは迷宮都市にある探索者向けのマンションに住んでいる。防音と床の耐久性に優れたマンションでトレーニング機材を使用したりハードなトレーニングをしても迷惑にはならない防音魔道具完備のところだ。
玄関を開けると猫が走って来て「ニャ」と鳴く。そしてクンクンとロベルトの匂いを嗅ぎ猫パンチ。
何かを食べて帰って来た日、ロベルトは必ずこの猫パンチを喰らう。
ロベルトはごめんごめんと謝りながら、猫を撫でまわした後、胴体を持ち抱き上げる。
顔を見合わせるロベルトと猫。
今日も真丸な顔が可愛らしい。
ロベルトが顔を近づけると猫は途端に表情を変え苦虫を踏み潰したような顔に変化。
それからロベルトは目尻を下げ「ただいまのちゅう」といい、猫にキス顔で近づいていく。
筋肉ムキムキの二メートルを超える大男が甘えた声で猫にキスを迫る光景はなかなかの絵面である。
そんなキス顔で迫るロベルトに――
『ぴた』
猫がロベルトの額に前足を当ててキスを阻止。
ロベルトは気付いてないかもしれないが、毎回同じ場所で阻止している。もう何年もこのやり取りをしているが、ロベルトは満更でもなかった。額に肉球の感触を感じられるからだ。
そしていつもの定位置で猫を膝の上に乗せ、撫でながら今日あった出来事を話していく。
これはロベルトが幼少期から続く習慣で、その日に感じたことや自分の心の動き、その時の考えを猫に向けて伝えていた。
「ちょっと前に限界かもって言ったけど、今日めっちゃ楽しかったんだ。そんなんどうでもいいってくらい楽しかった。俺、価値観変わったかもしんないわ」
「ニャ」
「ん。びっくりしたんか?こぉちゃん」
「ニャ」
「ははは。俺もびっくりしたわ。あれ程強くなりてぇってこだわってたのに、楽しい気持ちの方が余裕で勝つんだもんなぁ。限界とか考えてた時って、もしかすると俺、心が折れかけてたのかもしんねぇな」
そう話すロベルトの心は折れかけていた。
魔法が主流となった現在の探索者界隈では、魔法の正確性や火力、戦略に組み込む魔法のバリエーション等、魔法を使う選択肢が当たり前のように増え、黎明期のように腕力が重視される場面は少ないといえる。
現在ではその腕力、そして速さえも身体強化魔法で補える為、ロベルトの立ち位置は益々日陰の場所へと追いやられていた。
同期や後輩達が活躍する中、探索者としてのロベルトは目立った活躍はなく、同じポジションである盾士やアタッカーと比べると魔法を使う探索者と差が開きつつあった。
そんな背景もあり、ロベルトは成長の限界を少しずつ感じ、諦めの気持ちが膨らんでいた。
そして今日の出会い。
ロベルトは今日の出会いを振り返り、再び猫に話していく。
馬鹿みたいに笑って夢中になって、子供の頃遊んでた時のような気持ちだった。いつも見慣れた森の中でも、ただ走っているだけで心が弾み、今更ながら新しい発見に驚き、三人での散歩ですら楽しかった。
楽しいのは二人の反応が純粋で素直というのもあるかもしれない。
そして二人は楽しさを上手に伝え、人に影響を与えているように思う。
「こぉちゃんにも二人を会わせてぇな」
「ニャニャニャ」
「え、え。どうしたん?めっちゃご機嫌じゃんか。ま、さっき話した麗奈さんとか透さんがいる時に俺の家に来てくれたらって話にはなるんだけど――イデッ噛むなよ!え、そんな会いたいんか?こぉちゃん」
「ニャニャ」
「そうかしゃあないな。じゃあ今度麗奈さんに会った時にでも聞いてみるわ」
猫はロベルトの応えに満足そうに目を細める。
言葉は通じないがお互いに言っていることは理解している。ロベルトと猫はもう二十年以上もこうしたやり取りを交わしていた。
猫で二十年は高齢。だがロベルトの膝に寝転がる猫は変わらず元気な姿。それがロベルトにとって一番嬉しいことでもあった。




