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002

 

 002



 探索者界隈で衝撃が走った翌日。

 ロベルトは今日もA級ダンジョン『虹色の道』を探索していた。


 ロベルトが配信を始めて三十分ほど経過した頃。誰かの歌声が聞こえてきた。

 耳をすまし歌声を聞く。

 歌っているのは童謡のももたろう。それは子どもがお遊戯会で元気よく歌っているようにも聞こえ――


『ももたろうwww』

『かわいい』

『桃太郎熱唱は草』

『きびだんご全部自分で食べちゃったw』

『お歌じょうず』

『は、腹いてぇw』



 そして。



「沙希ちゃん見て見てー!モンゴリさんだ、モンゴリさんいるよー!」

「あっ、本当だ。すごいじゃん、あのモンゴリさんお洋服着てるよ!」


 ロベルトが声のする方へと視線を向けると、奥の方にジャージ姿の女の子二人が見えた。

 昨日の女の子だ。

 しかも彼女達はロベルトに向かって笑顔で「モンゴリさーん」と手を振っている。

 ロベルトは彼女達の言うモンゴリさんとは何のことか分からなかったが、きっと自分と同じような金髪青瞳な人と勘違いしているのだろうと思った。


 沙希とみなみが満面の笑みを浮かべながらロベルトに駆け寄っていく。


 彼女達との距離が縮まればモンゴリさんではないと気付く筈。ロベルトはそう考えていたがその考えは浅はかだった。

 二人は変わらぬ笑顔でどんどん近づいてくる。

 そして目の前に立つとキラキラした瞳で覗き込むようにロベルトを見る。

 どうやらまだモンゴリさんと勘違いしているらしい。


 ロベルトはとりあえず彼女達の言うモンゴリじゃないことをアピールする為、二人に「こんにちは」と手を挙げて挨拶。


 すると二人は「すごい!しゃべるモンゴリさんだ!」と手を叩いて大喜び。

 ロベルトは想定していた反応と大きく違ったので焦った。


「いやいやいやモンゴリさんじゃないよ!モンゴリさんって誰か分からないけど、モンゴリさんじゃないからね?」

「モンゴリさんモンゴリさん!あのね父上が昔、モンゴリさんにお世話になったことがあるの」

「おかあたんもモンゴリさんにお世話になったって言ってたよ!」

「え。待って待って。全然話聞いてくれない!あのね君たち俺、モンゴリさんじゃないのよ!」

「えぇーモンゴリさんじゃないのー!」

「詐欺じゃん!それって詐欺じゃん」


 明らかに肩を落とす沙希とみなみ。

 ロベルトはそんな二人を見て少しだけ申し訳ない気分になり、話題を変えようと二人に質問をする。


「君たち、昨日ダンジョンに来てた?」

「おいたん、おいたん。ふれあい広場はダンジョンじゃないんだよ!」

「そうそう!魔物たちと魔法で遊ぶ所だよ」

「え、え。おいたん?!……まぁ、いいや。いやここはダンジョンというのは本当だぞ!」


 ロベルトはモンゴリ認定から脱却したものの、すぐさまおいたん認定。俺、まだ26なのに、と心にダメージを負いながらもロベルトは二人に此処がダンジョンであることを説明していく。

 しかし二人から先ほどの詐欺の前例を持ち上げられ、全く信じて貰えなかった。


 二人の話を聴いてみると、沙希とみなみが言うダンジョンとは洞窟とかレンガ作りで階段があって、魔物を倒すとドロップが出るのがダンジョンだといい、ここはふれあい広場だという。

 二人のダンジョンの認識は完全にゲームの影響を受けていた。


 ロベルトはどうやって説明しようかと悩んだ末、取り敢えず此処『虹色の道』が広域型ダンジョンで階段がない旨を説明。

 加えて階段がない代わりに奥地に行くほど下層扱いになっていること伝えた。


「おいたん!嘘つくとねー舌抜かれちゃうんだよー」

「そうだそうだ!田舎者だから騙そうとすんな」

「山菜食わすぞ!うめぇんだから!」

「食わすぞ!腹いっぱいになるまで食え!」


 どうやらロベルトの説明では納得しないらしい。そして山菜を食わされるようだ。


 賑やかにはしゃぐ二人を前にロベルトはどうしたものかと悩む。しかしどっぷりと脳筋思考に浸かっているロベルトには二人を納得させらるような引き出しは持ち合わせて無かった。

 そして悩んだ末に考えることを放棄。

 ロベルトはとりあえずその場の空気に合わせて、適当な相槌を打ち、有耶無耶にしておく。


 二人はモンゴリさんの話を楽しそうにロベルトに説明。ロベルトは話を聞いても理解出来ずにいたが、ふとある事に気が付く。


「そういえば自己紹介がまだだった!俺はロベルト、人間だぞ!よろしくな」

「みなみ〜中三だよ!あのねみなみね昨日初めてコンビニに行ったんだぁ!へへっ」

『草草草』

『めっちゃドヤ顔』

『コンビニ自慢かわいいw』


 何故かコンビニに行ったことを自慢されたロベルトは「お、おう」と間抜けな反応を返す。


 改めて間近でみなみを見ると幼い。

 ぷにっと丸みを帯びたほっぺにツルツルの肌。本当に何処から見ても子どもみたいで、中学生には見えない。ロベルトがうーんと唸りながら思考を巡らしていると、みなみがロベルトを覗き込む。そのあまりに純粋無垢な眼差しにロベルトは戸惑ってしまう。


「わたしは沙希〜あのね沙希もね初めてコンビニ行ったんだー!」

「そうか。楽しかった?」

「うん!すんごく楽しかったよー!そうだ、おいたんにこれあげる」

「え。何、何?」

『レシートクーポンww』

『良かったなロベルト』

『俺も欲しいそれ』


 沙希から渡されたのはコンビニのレシートクーポンだった。

 沙希もまた自慢気な表情を浮かべ無邪気に笑う。


 沙希はみなみより身長が頭一つ分高く、パッと見は少し大人びた顔つきをしているが、笑っている顔は可愛らしい女の子だ。

 二人ともコンビニに行ったことを余程話したかったのかニコニコである。

 そんな二人に困惑しながらもロベルトは話を続けた。


「そういえば二人はダンジョンパスはどうしたんだ?」

「ダンジョンパス?」

「ほら、こういうやつ。ダンジョンに入る時に使うやつ」

「おー。それならみなみ持ってる!じゃじゃーん!これでしょ?」

「おいたん、これ小学校入ったら貰えるやつだから皆持ってるよ?」


 ダンジョンパスをドヤ顔で見せるみなみ。

 そしてキリッとした眼差しでロベルトを見据え、腕を組み仁王立ち姿勢の沙希。 


 そんな二人の反応にロベルトは戸惑いながらも、みなみが提示するダンジョンパスに視線を移す。

 じっくりと見る。

 何度も何度も見返す。

 間違いなくダンジョンパス。

 ちゃんと名前が記載してあり、ダンジョンパスが有する個人のマナに反応する魔法陣が作動しているので本物だろう。 





 そして。

 ある一点にロベルトが驚く。





『探索者クラス:S』





 脳筋のロベルトでも他人の探索者クラスを口にするほど馬鹿ではない。しかし一瞬『あれSってどの辺だ?』と考えるくらいには知識が偏っていた。S級は五つ以上のA級ダンジョンを踏破しないと取得出来ない特殊なクラス。

 彼女達の実力からすれば納得出来るものだし驚いたが理解も出来る。


 それはそれとしていい。


 ロベルトが理解出来ないのは小学校に入る時にみんな貰うという点だった。

 今の小学校ってそうなの?

 そんな風に考えてしまうくらいロベルトは世間の情報に疎い。


 通常、ダンジョンパスは探索者認定試験を受けて発行される証明証。生命に関わるからというのもあり、その試験内容はかなり厳しい。 

 それが何故小学校で貰えるのだろう。そんな話聞いたこともない。


「えーと沙希ちゃん。ダンジョンパスが小学校で貰えるって本当?」

「そうだよー。沙希たちの家の裏にふれあい広場があるの。そこで遊ぶ為に渡されるんだ!」

「ふ、ふれあい広場?さっきも聞いたな。それって此処みたいな感じ?」

「うん。似てるかもー。でもねふれあい広場って言うんだよ!おかあたんもふれあい広場って言ってたし」


 ロベルトは叫びたくなった。

 おかあたん娘に何教えてんねん!と。


 ロベルトは色々思考を巡らすが、とりあえず親公認のダンジョンパスということで無理矢理納得することにした。

 考えることを放棄したともいえる。

 そして賑やかにはしゃいでいたみなみがやけに大人しくなり、ロベルトがみなみに身向くと、みなみの視線は宙空に浮かぶコメント欄に釘付けだった。


「あー。みなみちゃん沙希ちゃん。ごめん今、配信中だったわ」

「配信中ってこの文字魔法のこと?」

「草しか流れてないよ?」

「あー、これは今コメントだけ流してるから……ほらこうすると二人も映っているだろ?」

「うおーすげぇー!おいたんすげぇー」

「あ!これ反射の魔法じゃん!おいたんやるじゃん!」

「反射の魔法なんてよく知ってたな。これは俺の魔法じゃなくて魔道具――このリストを基点に反射面を設定して映像を配信したり動画を撮影したりするんだ」


 ロベルトの説明に二人は「なーほどね」と応えるが、表情をみれば分かってなさそうだ。

 それよりも現在の興味は流れるコメント欄にあるようで――


『草草草』

『こんにちはー』

『ようじょ元気で草』

「おいこらぁ!そこの草、刈りとるぞ!」

「除草剤まいちゃうんだからな!」

「ガハハハ、上手いこと言うねー!観てるみんなは楽しんでいるみたいだ。君たちのおかげでね!俺のソロ配信だと、すごい地味だからこんな感じにはならないんだよなー」 


 自身の配信を地味というロベルト。その時ほんの少しだけロベルトの表情が曇った。

 ダンジョンでひたすら筋トレをしている為、配信が地味なのは自業自得でもある。

 しかしそんなロベルトの僅かな表情の変化をみなみが察し、


「おいたんの配信は地味なの?じゃあじゃあみなみたちとスパイダーマンごっこして遊ぶ?きっと楽しいと思うんなー!」

「いいじゃん!いいじゃん!おいたん一緒にスパイダーマンやろうぜ!」


 ロベルトは突然の誘いに戸惑っていたが、楽しそうに誘う二人の姿と、期待する無垢な眼差しに抗えず、三人でスパイダーマンをして遊ぶことになった。






 ▽▼▽






 沙希がリュックから魔力糸を取り出してロベルトに使い方を教えていく。

 沙希の説明の中で『魔力を飛ばす』という言葉を聞くとロベルトが顔を歪める。

 そんなロベルトを見たみなみが心配そうに「おいたん?」と声をかけた。


 ロベルトはみなみの心配そうに気遣う顔を見て反省した。

 女の子に心配させてんじゃねぇ。心の中でそう叫び、まっすぐに見つめる瞳を見据え、


「あぁごめんな。心配させちゃって」

「ううん。何があったん?」

「……俺。魔法……使えねぇんだ」


 そう返したロベルトの目は諦めたような色が滲んでいた。


 ロベルトは魔法を使えるが超基本的な魔法しか使えなかった。それも生活魔法と呼ばれている魔法で、例えば火をつけたり、水を出したりという単純な魔法。

 その魔法ですらロベルトは結構な時間を割かなければ発動しない。

 そんな理由もあって魔法が多用されている探索者界隈の中で、ロベルトは魔法が使えない分、身体を鍛え上げていた。


「おいたん。おいたんは魔法使えるよ?」

「うんうん!おいたんのマナはすっごく綺麗なんだ。だから魔法が使えないのはあり得ないかな。沙希たちが教えてあげる!」


 ロベルトを見上げる少女たちの瞳はあまりにも純粋でまっすぐで、とても眩しかった。


「それにおいたんにはぺったんがあるしね」

「そうそう!可愛らしいぺったん!」


 ぺったん?

 ロベルトが何だそれと疑問に思っていると、二人の視線はロベルトの額に注いでいた。


 ロベルトはすぐにぺったんの意味について聞いてみるが、二人は答えてくれなかった。

 何でも凄く大事なことなので母親の許可が必要らしい。

 ロベルトは益々意味が分からなかった。


 それから三人は森の端っこにある少し拓けた場所へと移動し、早速魔力糸を使って遊ぶことにした。





 シュッ――沙希が魔力糸を手のひらから射出し木の上に飛んでいく。

 改めて見るととんでもない光景だ。

 縦横無尽に木々の間を飛ぶ沙希を見て、唖然と固まるロベルトをみなみが笑う。


 それからロベルトは二人に教えられながら練習を開始していく。


 まずロベルトは魔力糸を自力で飛ばそうとするが出来なかった。二人がいうにはそんな簡単に出来る事ではないと言うのでロベルトは少しだけ気が楽になる。

 そして二人にサポートして貰いながら練習。

 これはロベルトの体内をあるマナを二人が誘引して体外に吐き出すというもの。

 体内にあるマナの感覚と身体の外へ出す感覚を覚える為の練習だ。


 何度も何度も練習を重ねていくと――ぴくりと僅かに糸が反応した。


「あれ?今動いた?」

「すごいすごい!おいたんすごいじゃん」

「おいたん天才だよ!」

『うおぉぉぉおおおお』

『すげえぇぇまじかぁぁ』

『やべえロベ兄が魔法を……俺、泣きそう』

『俺はもう泣いてるぜ』

『おめでとうロベルト』


 コメント欄も感極まりお祝いの言葉が続く。


 そして当の本人は二人とハイタッチを交わし喜びを共にしていた。

 テンションが上がった三人はそれだけでは収まらず、みなみが歌う変な歌に合わせて盆踊りのような踊りを始める。

 よいよいよよい。

 みなみを先頭に三人揃ってぐるぐると森の中を踊り周る。その時のロベルトの表情は晴れ渡るような笑顔だった。


 その後も二人のサポート付きで練習を重ね、サポートなしでも出来るような感じになってきた。

 そしてロベルトは一人で練習を重ね弱々しくも魔力糸を射出出来るくらい上達。


「もうちょっとなんだよなー」

「おいたん。トリガー探そうよ」

「そうそう!トリガートリガー」


 沙希とみなみがいうトリガーとは魔法発動のきっかけのようなもので、例をあげると魔法の詠唱もトリガーのひとつ。詠唱によりイメージをより深くし、紡がれていく言葉によってマナを魔法へと変換、変質させている。

 ちなみにそれらを簡略化したものが魔法名だけで魔法を放つケースで、実際に熟練した魔法士にしか使えないが、この場合は魔法名がトリガーとなっている。


 トリガーは個人によっても差異があり、例えば杖を振ったり、目を閉じたりと様々。

 三人はロベルトに合ったトリガーを探す為に色々と試しながら魔力糸を飛ばす。

 わいわいと賑やかで笑い声が絶えない練習風景に視聴者達はほっこりしながら見守っていると、ようやくロベルトに合ったトリガーが見つかった。


 ロベルトのトリガー――それは奇声を上げて身体を動かすものだった。


 うおりゃという声と同時にパンチを繰り出すように手のひらを押し出す。

 やたらとうるさいロベルトのトリガーに二人は地べたを叩きながら爆笑していた。


「おいたん!もう笑わせないでよ」

「笑いすぎて死ぬかと思った」

「ガハハハ。しょうがないだろ。これが俺のトリガーなんだから!そんなことより俺も飛んでみたい!さぁ早く遊ぼうぜ」

「はぁ。おいたんは子どもみたいなんねー!まったく困ったもんだわ」

「ついてきなガキンチョ!沙希が世の中の厳しさっていうのを教えてやるぜ!」


 三人で笑い合いながら森の中へ。


 ロベルトはこの時、かつてない程の高揚感に包まれていた。

 周りの目や配信をまったく気にせず至極純粋に遊び、目の前にあることに没頭。

 ぼんやりと描いていた未来の自分を遥かに超え、自分の可能性に期待すらしている。


 結局三人は五時間以上もの間、スパイダーマンごっこをしていた。

 その頃にはロベルトも魔力糸を自在に操れるようになっていて本気で遊んでいた。

 三人のやりとりは完全にやんちゃなキッズそのもので、かなり打ち解けていた。


 そんなロベルトの姿を誰よりも驚いたのは視聴者達だろう。

 真面目、地味といったこれまでのイメージは覆され、子供のようにはしゃぎ笑う姿、沙希とみなみ、二人の少女との微笑ましいやり取り。

 忘れていた子どもの頃の記憶が甦る。

 三人が遊ぶ姿に昔の自分を重ね懐かしむ視聴者も多かった。


 時刻が夕方になる頃。

 沙希とみなみは姉の世話をしないといけないという事で、ロベルトはダンジョンの出入り口まで送ることにした。

 帰り道は次の遊びは何をするか。

 もうこの話だけでも三人は楽しそうだった。


 ロベルト達を待ち構えていた、ある集団に会うまでは。


 彼らを目にした途端、コメント欄は荒れた。


『くそ野郎共いるやん』

『は?てめえらよくロベルトの前に顔出せたなコラ』

『魔法士協会のクズが○すぞ』



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