予熱
三条は伊澄を家に送り届けたのは、既に深夜を回っていた。帰宅すると、まだ着替えもせず、モデルにはしないものの、呉羽と渚を紙に描き起こしていた。
メモとして、呉羽には「胡散臭い色気枠。花は黒百合」、渚には「不器用な保護者枠。花は桔梗」と記す。
描き終えたまま、眠気に身を任せて眠りについてしまい、目を覚ましたのは昼過ぎだった。
ぼんやりとした頭を抱えながらシャワーを浴び、適当に着替える。財布と煙草とライターとスマートフォンを手に、バイクに跨った。
★
店に入る前、煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐き出す。
視界の端に男の姿──バイクから降りる一瀬が映った。一瀬も気付いたらしく、歩み寄り、火を灯すと静かな煙が立ち上った。
「三条政宗、この後の予定は?」
名前を呼ばれ、肩が跳ねる。沈黙の時間がいつもより長く感じられた。
「え、いや、煙草吸ったら昼飯買って帰るだけだけど。後、ついでに画材屋でスケッチブック買おうかなぁって」
「なら面かせ」
灰皿に煙草を押し付けながら、一瀬はもうバイクに跨ろうとしていた。
「早ッ。お兄さん待って待って」
慌てて火を消し、背中に向けて声を掛けながら、胸の奥が少しだけ痛んだ。
それが何なのか、まだ名前を付ける勇気はなかった。




