視線
一瀬の働くホストクラブは、一風変わった店だ。指名制はなく、でもランキングはある。
「──…。あぁ…伊澄さんや」 と呟きながら、一瀬は眉間に皺を寄せ、視線を泳がせた。
「何よ」
「何でここに来たがった…?」三条は伊澄の耳元で、こっそり話しかける。
「アンタの話聞いてたら、ちょっと興味湧いちゃって。それに一回位、ちょっと異質な過ごし方の誕生日も良いかなって」
「なんて奴だ…」三条はため息交じりに、こう続けた。「まぁ、頼むからこの場では“寧々”って呼んでくれよ」
話している二人の席に、三人のキャストが揃って腰を下ろした。
「こんばんは〜。零です。今日はよろしくね」 いつも通りの軽い調子で零が笑う。
「呉羽。初めまして」 落ち着いた低音で名乗った男は、柔らかく微笑んでいるのに、どこか胡散臭さを感じさせた。 目元が細く、視線の置き所が妙に上手い。
「……渚。よろしく」 最後に名乗った青年は、少し睨むような鋭い目付きのまま椅子に座る。 第一印象だけなら近寄り難いが、姿勢はどこか庇うようで、空気を読むのが早そうだった。
三条は反射的に背筋を伸ばす。(増えた……しかも濃いの増えた…)
「妹ちゃん、今日は友達連れて来てくれた感じ?」
零が伊澄と三条を交互に見て問いかける。
「うん、…はい」
「寧々の話聞いたら、気になって連れて来てもらっちゃいました」
「店の宣伝してくれたの嬉しいな」 呉羽がにこやかに返し、三条へ視線を向ける。「妹さん、可愛いね。零が話してた龍夜の?」
三条は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに作った笑顔で頷いた。「(!?)…うん。龍夜お兄ちゃんの妹です」
「へぇ」 短く相槌を打った渚が、ジッと三条を見る。
その視線に、喉がひくりと鳴った。「……何?」
思わず低く問い返すと、渚は少しだけ眉を下げた。
「いや。緊張してるなって」 ぶっきらぼうな声のまま、どこか柔らかい。「無理しなくていいから。初めてか二回目位だろ?」
(この人、見た目と中身違いすぎだろ……) グラスを揺らしながら、少し照れくさそうに口を開いた。「そういえば、今日、私の友達の伊澄が誕生日なんですよね」
零が目を輝かせ、手を叩いた。「じゃあ先ずは乾杯しよっか!誕生日祝いだし!」
グラスが揃えられ、軽く音を立てて触れ合う。 三条はグラスを口元に運びながら、視線だけで店内を探した。 ──そして、視界の端に黒いスーツが映る。
カウンター越しにこちらを見る、一瀬辰樹。いや、今は“龍夜”。グラスを拭く手は止まっていないのに、視線だけが外れない。 一瞬だけ、目が合った。 次の瞬間、龍夜の眉が僅かに動く。
(……あ、終わった)三条はそう思いながら、グラスを傾けた。
少し胸がドキリとしたけど、伊澄の笑顔を見ると、緊張もすっと和らいだ。それに、視界の端に映った龍夜の眼差しに、心臓がまだ跳ねる。
零が立ち上がり、手拍子を煽る。「みんな〜!伊澄の誕生日だ〜!いくよ、せーの!」
「ハッピーバースデー!伊澄〜!!」 店内に声が響き渡り、シャンパンの泡が弾ける。
零は満面の笑みで手を振り返し、呉羽は優雅に微笑み、軽く頭を下げる。渚は少し照れくさそうに口元を押さえ、でも目は楽しそうに輝いていた。
伊澄は照れ笑いを浮かべながらも、目を輝かせて手を振る。
シャンパンコールの余韻が落ち着いたところで、零が伊澄に近付き、グラスを軽く掲げた。「伊澄、誕生日おめでとう!今日は思いっきり楽しんでね」
呉羽はゆっくりと伊澄の横に座り、にこやかに言った。「誕生日か……君の一年が、今日みたいに輝いていますように」
渚は少し距離を置いたまま、落ち着いた声で付け加える。「慣れない場だ、無理にで笑う必要はない。素直に楽しんでいいんだぞ」
伊澄は三人の視線を受け止め、少し恥ずかしそうに笑う。「ありがとう!今日、ここに来て良かった!」
三条は小さく頷きながら、心の中で安心した。
(…やっぱり、来て良かったのかもな)
二人が店を出たのは、笑い声の合間に、何度か視線の端に黒いスーツを感じながらも、楽しい時間を過ごした後だった。




