変態妹
零と快斗がヘルプで席を離れ、席には龍夜と三条の二人きり。取り敢えずもう少し酒を注文して、龍夜は適当に妹の体の三条と会話に花を咲かせる。
(何かもう黒いオーラが漂ってる…)
暫くしてから会計をして外に出た三条は、店の横の壁際に寄り掛かりしゃがみこむ。緊張から開放されたせいもあるのか、今になって酔いが回ってくる。 そのまま一本煙草を吸い、家路に着く。
★
家に着くなり、モデルとしての本命である一瀬、そして候補として零と快斗を忘れないうちに紙に描きおこし、そこから漫画に登場させるキャラクターとして人物像を創り上げていく。
冷蔵庫から缶ビールを一本取り出し、一口喉に流し込み、再びペンを走らせる。 集中していたせいか気付けば明け方となっていた。
明け方だという早い時間帯に珍しくインターホンが鳴る。一度は無視したが、再度インターホンが鳴る。
「はいはい、こんな鳥しか起きてない時間帯に誰だよ」
ドアを開けると、昨日出会ったばかりの一瀬が立っていた。
「よぉ、可愛い妹ちゃん」一瀬の目は笑っていなかった。高身長な事もあり圧も感じられた。
「あ、あー家覚えてたんだ、お兄ちゃん」
「邪魔するぞ」 一瀬は家主に断りを入れ、ズカズカと上がり込む。「お前帰ってから、又飲んでたのか」視界に入り込んだ缶ビールを、つい指摘する。
「いやぁ飲んだら集中出来るんだよね」
缶ビールの横に置かれている一枚の紙が、一瀬の視界に映りこむ。「着替えもしねぇで絵描いて…お前もしかしてこれ、俺達じゃねぇだろうな…?」
「そうだよ」
「いや、そうだよって。てか、お前マジであれ何だったんだ!誰がお前のお兄ちゃんだ」
「お兄さんが朝飯食べてる姿見て、美味そうに食ってるなぁって。で、お兄さんが家出た後、俺も外出たんだけど、お兄さんをモデルにするか悩んでて、適当に歩いてたらホストクラブに辿り着いてて、そしたらお兄さんのデカい顔写真があって。又生のお兄さんに会いたいなと思い、友達に頼んでこの顔面にしてもらって、お兄ちゃんに会いに来ちゃった」 嘘偽り無く話した三条は、最後に可愛く笑顔を作る。
「は?何、モデル?」
全く話が見えてこず、一瀬の脳は理解が追い付かない。
「朝飯食べてるお兄さんの表情、純粋に可愛いなって思ったし、今の荒々しさあるお兄さんとは反転する程、龍夜の方は神々しい。零さんは薔薇背負ってそうなタイプで、快斗さんは向日葵が似合うタイプの大人しいワンコだなぁって。まぁ資料の為に行ったし、お兄さんが心配で行ったのも本当だよ。あ、勝手にモデルにしてごめんね。直ぐ捨てるから」
「何の仕事してんだよ。変態妹」
「ディスり方エグい」ひと呼吸置き「改めて本名三条政宗、漫画家の三条茶助。月刊の少年誌で今は恋愛漫画描いてるよ」と、職業を明かす。
「あ、お前“曇りの剣戟”の三条茶助か!」
「え、やだ、お兄さん俺の漫画読んでくれてたの」
三条は両手を口に当て、目を輝かせる。
「たまたま面白かったからウチにあるだけだ。いや、んなことどうでもいいんだよ。だからって、何で女装して妹設定まで作ってんだよ。俺に妹居る事になってんだろ」
「いやだってさ、野郎が野郎の店行くの緊張するでしょ」
「つーか着替えて来い。その格好で地声だと落ち着かねぇ」
一瀬は手で追い払い三条を着替えに行かせると、無言で台所に立った。冷蔵庫を開け、中身を一瞥する。
「……チッ」小さく舌打ちし、煙草を咥える。
ライターの火が揺れ、一本目の煙草に火が点いた。そして、二本目、三本目と続いた。
「……厄介な奴に拾われたな、俺」眉間を抑えながら、一瀬は小さく息を吐いた。
★
化粧が綺麗に落とされ、髪型も整え、黒色の無地のTシャツと黒色のデニムパンツに着替えた三条がリビングに戻って来た。
「あれ、なんか良い匂いする」
「勝手に冷蔵庫開けて悪いが、朝飯用意した」
一瀬は、スクランブルエッグにミニトマトを添え、ベーコンを乗せたトーストと一緒にテーブルに並べる。
「いや、それは全然いいんだけど、すげぇ美味そう。仕事終わりなのにごめんね」
一瀬から押しかけたのにも関わらず、三条の口から謝罪の言葉が出た事で、一瀬は思わず言葉を詰まらせた。
「…。朝飯返しだ」
「お兄さんの手作り嬉しいな。いっただきまーす」
左手で箸を持ち、スクランブルエッグを一口口に運ぶ。「お兄さん!これめちゃくちゃ美味いよ!」
咀嚼しているトーストを飲み込み「なら良い」と、短く返す。
朝食を食べ終え、台所で二人並んで煙草に火を点ける。
「お前、煙草吸うんだな」
「お兄さんこそ」
煙を吐き出し「三条政宗」と、名前を呼ぶ。
「何?」
「昨日の礼の件だけどよ」ひと呼吸置き「仕方ねぇから、モデルにするの許す。零と快斗はあの紙にだけとどめとけ」灰皿に煙草を押し付け、赤い火が消える。そして、新たな煙草に火を点ける。
「別にお礼してほしくて怪我の手当てしたわけじゃないから、無理にモデルにならなくてもいいよ」
「あ?俺がいいって云ってんだから、素直に受け取れ」煙を吐き出しながら、灰皿に煙草を押し付け火を消す。
「えー…。あ、じゃあもう一つお願い聞いてよ」
「内容による」
「又お兄さんとご飯が食べたい」
三本目の煙草に火を点けようとした手が止まる。「は?何でそうなんだよ」
「駄目?」
煙草を箱に仕舞い、ため息をつく。「……気ィ向いたらな」
脱いでいたスーツのジャケットを羽織り、三条の家をあとにした。
ドアが閉まる音を聞き、家の中に残された静けさに肩の力が抜けた。三条はリビングの椅子に座り込み、手元のグラスをぼんやりと見つめる。
「──…初恋、なのかな。」
取材のつもりだった。 なのに、ページに描いているのは“キャラ”じゃなく、あの背中だ。 その声は、静かな部屋に溶けて消えた。




