嘘と煙
「ねぇねぇ妹ちゃんはさ、どうやってこの店知ったの?」
零の問いに、三条の指先がグラスの縁で一瞬止まった。氷が小さく音を立てる。その僅かな間に、頭の中で必死に言い訳を組み立てる。
「……えっと、街で写真見て。たまたま、通りがかって」できるだけ自然に、少し照れたように笑ってみせる。
零は「へぇ〜」と相槌を打ち、写真の並ぶ外観を思い出したように頷いた。「龍夜の写真、目立つもんね。あれ見たら入りたくなるの分かるわ」
「……だろ?」
不意に龍夜が口を挟む。グラスを持つ手元は落ち着いているが、視線はちらりと三条を掠めた。
(何かお兄さんの後ろに般若が見える…)
三条はウイスキーをもう一口含み、喉を潤す。アルコールが背中を押してくれる気がした。
「それに……」少し声を落として続ける。「怪我してた人が、ここで働いてるって知って。気になって」
一瞬、空気が止まった。
零が「あっ」と声を上げる。「なにそれ、ドラマじゃん!」
快斗も目を輝かせる。
「それは……運命的ですね」
「運命とか言うな」
龍夜は苦笑しつつ、煙草を取り出しかけて、店内だと思い出したのか手を止めた。代わりに指でグラスを軽く叩く。
「……その怪我人、心配してくれたんだ?」
「うん」三条は小さく頷く。「放っておけなかったから」
それは嘘じゃない。唯、“妹”として言っているだけで。
龍夜は暫く黙り込み、やがて柔らかく笑った。
「優しいんだな」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。でも、あの朝の男を放っておけなかったのも、ここに来てしまったのも、全部本当だ。
零が空気を変えるように手を叩いた。
「よーし!じゃあ今日は妹ちゃん歓迎会だな!龍夜、ちゃんとエスコートしろよ〜」
「言われなくても」
龍夜は立ち上がり、三条のグラスに目を落とす。
「次、何飲む? 流石に同じのはキツいだろ」
「……じゃあ、水割りで」
龍夜は一瞬だけ驚いた顔をしてから、楽しそうに笑った。
「分かってきたな」
グラスを受け取る指が、ふと触れ合う。その一瞬、龍夜の視線が鋭く三条を捉え、小声で低い声が落ちてくる。
「──後で、話そうな」
三条は小さく息を呑み、それでも“妹”の笑顔を崩さずに頷いた。
「うん」
──嘘は、煙みたいだ。
吸い込めば誤魔化せるけど、いつか必ず、目に染みる。
三条は水割りのグラス越しに、龍夜を見つめた。
この夜が、唯の取材や気まぐれで終わらない事を、もう自分でも分かっていた。




