ホストクラブ
三条は昼食後、漫画に登場させる新しい男のキャラクターを描くに辺り、街へ繰り出した。一瀬の顔の造形が整っていた為、モデルにしようかと思案しながら、適当に歩いていたら、普段通る事の無い道沿いに来てしまっていた。
そして、三条の前に建つ店はホストクラブだった。
店の前には何枚もの顔写真が並んでいて、その中に見覚えのある顔が一つあった。
「あ、お兄さんホストだったのか」
路地裏での酒の匂いに納得しつつ、三条は暫く一瀬の顔写真に魅入ってしまっていた。
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何かを思い付いたのか、一旦自宅へ帰宅したのち、荷物をまとめて腐れ縁で女友達である伊澄に連絡をとり、伊澄が経営する美容室へ足を運ぶ。
資料用に買ったゴシック系の服を見せ、それに合うメイクを施してもらう。喉仏の一番出ている部分に明るめのコンシーラー、その周囲をマットなパウダーでぼかし、首全体はやや白めに仕上げ、チョーカーを身に着ける。
ウィッグはウルフカットに仕上げて貰い、セットをしたものを被れば、首から上は完全に中性的な女となっていた。
店の奥を借り着替えを済ませ、美容室に来る途中で購入した、ゴシック系の服装に合うピアスとイヤーカフを左耳に装着する。
代金を支払い、美容室を後にした三条は、適当に晩飯を済ませ、目的地へと歩を進めた。
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目的地に来たは良いが、緊張のあまり入口から少し離れた場所で足を止めていた。
(服装変じゃないよな…?メイクは伊澄にしてもらったから大丈夫だとして、他大丈夫だよな?鞄だってコーデに合う小さいサイズのリュックにしたし)
悶々としていても埒が明かない。意を決して足を踏み入れる。
「「「いらっしゃいませー!!!!」」」
店の煌めいた雰囲気にもだが、あまりにも揃った声に三条の肩が跳ねる。黒服が三条を席に案内し、ドリンクを注文する。
(お兄さんに会えるかもって勢いで来てしまったけど、もう無理。キャバすら行った事ねぇのに、いきなりホストクラブとか、やめとけばよかった…)
勢いで未知の世界に来てしまった事に、足元を見つめながら後悔を覚える。
そんな三条の横に、三人のキャストが席に着いた。
「こんばんは、龍夜です」
三条は思わず視線を合わせる。黒いスーツに身を包んだ彼の笑顔は、朝路地裏で見た荒々しさとは違い、まるで別人のように華やかだった。
「こんばんは、零です」
三条は小さく頭を下げ、零のはつらつとした笑顔に押される。彼の明るさに少しずつ緊張が解けていくのを感じ、思わず肩の力が抜けた。
「そしてコイツは新人の──」
「こんばんは、快斗です」
快斗の挨拶に、三条は軽く微笑む。まだ少しぎこちない動きや声のトーンに、何だか応援したくなる気持ちが湧いた。
全員の挨拶が一巡した所で三条は、「龍夜お兄ちゃん!寂しくて会いに来ちゃった」頑張って少し高めの声で一瀬に話しかける。
「龍夜、妹ちゃん居たんだ」
零が少し驚いた表情をしていたが、仮に居たとして兄妹の有無について話す理由はない。
「あ、あぁ、実は居たんだよ」誰だ、と、云いたいのが本音だが、取り敢えず様子見として話を合わせる。
「可愛いね。俺結構好みだわ」
「あ、ありがとう、ございます…」男だと見破られたのではと、冷や汗をかいたが、思わぬ反応に、つい声が裏返ってしまった。
「零さん、美人さんが好みそうなイメージありました」
「あーそうだ、お兄ちゃんの為に、いっぱいお酒頼むね」三条は一瀬にしか聞こえない声で、「怪我の手当て」と、ボソリと呟いた。
「───!おまっ」
三条は意味ありげにニコリと笑った。
その表情に、一瀬──龍夜は一瞬だけ眉をひそめる。
それをよそに、ホスト達は慣れた様子で手元のメニューを差し出した。
「さて、俺の可愛い妹ちゃん、今日は何飲みたい?アルコールでもソフトドリンクでも大丈夫だからな」龍夜が穏やかな笑顔で訊く。
三条は一瞬、言葉を詰まらせる。(普段から酒は飲んでるし…でも、ホストクラブでウイスキーって初めてだし…) 思わず手元をぎゅっと握る。頭の中で「大人っぽく振る舞わないと」という気持ちと、「男だとバレたらどうしよう」という緊張が入り混じっていたが、勇気を振り絞って声を出す。「…あの、ウイスキーでお願いします」
零が目を丸くし、少し驚いたように声を上げる。 「え、もうアルコール!? 初めてなのにすごいね!」
快斗も小さく息を飲んだ。 「…すごい、格好良いです」
龍夜は軽く首をかしげ、楽しげな笑みを浮かべる。「ウイスキーか。じゃあロックにする?それとも水割り?」
三条は手元をそわそわと弄りながら、緊張を押し殺して答える。「ロックで…お願いします」
龍夜は頷き、落ち着いた声で「了解。じゃあ俺が作るから、ちょっと待ってて。初めてなら、ちゃんとしたの飲ませてやりたいしな」とグラスを手に取りに行く。
零は興味津々で三条を見つめ、快斗もちらりと横目で見ている。 三条はその視線にドキリとし、心臓が少し速く打つのを感じた。
(ああ…なんでこんなに緊張するんだろ…でも、お兄さんの前だから、格好付けたいしな…)
カウンターの方で氷がグラスに当たる軽やかな音がして、ウイスキーが注がれる。 龍夜が手元のグラスを三条に差し出すと、三条は息を整えて、そっと受け取った。
「…いただきます」 グラスを口元に運ぶと、少し強めのアルコールの香りが鼻をくすぐる。 一口、静かに舌の上に流し込むと、程よい苦みと芳醇な香りが口の中に広がった。 思わず小さく目を細める。「…うん、美味しい」
龍夜はにっこりと微笑み、手元を軽く叩いた。「初めてにしては上出来だ。やっぱ俺の妹は、大人だな」
三条は顔を赤くして、少し俯く。(大人ぶろうとしてたけど…見透かされてる…!)
零と快斗も楽しそうに笑い、テーブルの空気は少し和んだ。
三条はウイスキーを手に、初めてのホストクラブ体験が少しずつ「怖い」から「面白い」へと変わっていくのを感じていた。




