余熱
一瀬は一ヶ月以上もの間、三条と顔を合わせていなかった。これといって、何ら変わりはない。三条政宗が不在の生活。唯、それだけだった。
「…チッ」 喫煙所で煙草に火を点ける。指先に力が入るのは、苛立ちのせいだろうか。「(何年も会ってねぇ奴なんて平気で居るってのに)クソ…ッ」
何が気に食わないのか、自分でも解からない。唯胸の奥に、煙のように澱んだものが残っている。
三条政宗が居ない。それだけの事だ。
何年も顔を合わせていない相手だって、世の中には幾らでも居る。それなのに、どうしてこんなにも苛立つのか。
一瀬は舌打ちし、灰皿に吸い殻を押し付けた。吐き出した煙は、行き場を失って喉に絡み付く。
理由を考えるのは、ひどく無駄な気がした。一瀬は答えを探すのをやめ、衝動のままにその場を後にする。
一瀬は三条の自宅へバイクを向けた。インターホンを鳴らすと、見知らぬ男が応答する。
「(誰だ?)……誰だテメェ」一瀬は男──佐伯に言った。
佐伯は一瀬の顔を一瞥し、「もしかしてアンタか。ホストのお兄さんってのは」と、問いかける。
「あ?だったら何だ」
三条が泣いていた──言うべきか迷うように、佐伯は一瞬だけ言葉を切る。
「政宗の事、しっかり見てやれ」
それだけ告げて、佐伯は自宅へ戻っていった。
「…んだ、あの野郎」
釈然としないまま家に上がるが、リビングに三条の姿はない。奥の部屋のドアを開けると、三条は布団に潜っていた。
「おい、三条政宗」
返事は無い。近付いて顔を覗き込むと、異様な程赤い。
一瀬は、それが熱のせいだと直ぐに悟った。
★
三条の看病をして、どれだけ時間が経ったか。一瀬はベッドによしかかり、腕を組んで眠っていた。
長い眠りの底から、三条の意識はゆっくりと浮かび上がってきた。 瞼の裏に差し込む淡い光と、直ぐ傍で聞こえる規則正しい呼吸音。 暫く瞬きを繰り返してから、漸く目を開ける。 ベッドにもたれ、腕を組んだまま眠る一瀬の姿が、ぼんやりと視界に入った。
「……………おにーさん…?」
脳はまだ正常に動かず、何故ここに一瀬辰樹が居るのか理解出来なかった。
「……え、おにい、さ」反射的に身を引き、勢いよく壁際まで後退した拍子に、頭をぶつける。「ったぁ…ッ」
三条は頭を押さえたまま、ベッド脇でうずくまっていた。
その様子を見下ろし、一瀬は眠気の抜けきらない目で、殆ど真顔のまま口を開く。
「……お前、何やってんだ」
「さっきまで、龍次郎さんがここに居たような夢見てて……」三条は困ったように眉を下げると、ふと目の前の一瀬に視線を向け、確かめるように両手を伸ばした。頬に触れた指先に、確かな体温が伝わる。「……本物だ」
「当たり前だろ」一瀬はその手を軽く払いのけ、今度は逆に三条の両頬を掴む。力は強くないが、言葉には棘があった。「あんなヤクザみてぇな野郎と、俺を重ねてんじゃねぇよ」
吐き捨てるようなその物言いには、自覚のない苛立ちと、どうしようもない嫉妬が滲んでいた。
「ヤクザ……?」三条は頬をさすりながら、首を傾げて小さく笑う。「もしかして龍次郎さん? まぁ確かに人相は悪いけど。“曇りの剣戟”の題字を書いてくれた書道家だよ。まさか隣人だったのはビックリだけどね」
仕事の話を、楽しそうに語る三条。それを見ているだけで、一瀬の胸の奥に、理由の分からない苛立ちがじわりと湧き上がる。
「……連絡先、寄越せ」
「え?」
「連絡先だ連絡先。零とは交換して、俺とは出来ねぇなんて言わねぇよな」
「いいの!?」
ぱっと表情を明るくした三条は、迷いなく連絡先の画面を開き、一瀬に差し出した。
(あの野郎……“見てやれ”って、体調の事か?)
佐伯の言葉の真意など分からないまま、一瀬は画面を操作する。自分の感情には、相変わらず驚く程鈍かった。
それから程なくして、三条は再び眠りに落ちた。唯眠っているだけなのに、その表情はどこか満ち足りている。
「……そんなに、俺と連絡先交換できて嬉しいかよ」
一瀬はベッドに腰を下ろし、そっと三条の頭に手を置いた。




