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初恋泥棒のホスト様  作者: 男鹿七海
18/20

燻る

 三条が漫画を描けなくなって一週間が経った。

 テーブルや床には空き缶と空き瓶が、一週間分転がっていた。その光景はよくあるのだが、一週間分とは思えない、そんな量だった。灰皿に至っては、煙草の吸い殻が山となっていた。


 何故こうなったのか──。


 画材屋の帰りに、一瀬を見かけた。

 横には女の子が一人、肩を並べて歩いている。

 三条はバイクに跨ろうとしたが、動けずに立ち尽くす。一瀬辰樹はホストなのだから、アフターなのだろう、と、思えば何ら不思議ではなかった。

 だが、三条の中で何かが砕けた。そんな感触があった。


「何で描けないんだ……。」


 涙が止まらない。泣きたくて泣いてるわけではない。勝手に涙が出て来るのだから、どうしようもない。

 唯、理由を考えがてみたが、思い当たるのは画材屋の帰り。それしかなかった。


 三条は気晴らしに誰かに会おうと、考えはしたが、伊澄は女だから今は女と顔を合わせたくない。零は今の精神状態だから化粧が面倒臭い。

 他の友人には話すと面倒そうなので候補から外した。となると、頼れるのはあの男しか居なかった。


「もしもし龍次郎さん」

 涙に濡れた声だった。息を吸うたびに掠れ、言葉の端々に嗚咽が滲んでいる。


『どうした政宗』

 “曇りの剣戟”の題字を担当した際に知り合った、書道家の佐伯龍次郎。書く者同士、意気投合したのか付き合いはそれなりに長く続いている。


「゛い゛まどご〜〜ッッ。一緒に飯食べよ龍次郎さん〜〜〜ッ」


 普段の三条とは比べ物にならない程の、情緒不安定さに佐伯は言葉を探した。


『家隣だろ』


「………あ」

 三条はそのまま隣のインターホンを押した。


「お前カチコミにでも来たのか」


「いや?酒持って来ただけだけど」


「隣だからってなぁ」


 三条は返事の代わりに、両手に一本ずつ、むき出しの酒瓶を掲げてみせた。

 佐伯は言葉を続けられず、袋も箱もないまま握られたその二本に、思わず視線を落とす。


「あー…この部屋落ち着くなぁ」三条は酒瓶二本をテーブルに置いた。「龍次郎さん、今から何しようとしてた?」素朴な疑問を投げる。


「飯作ろうとしてたとこだ」


 三条はソファに腰を下ろし、料理をしている佐伯の背中をじっと見た。相変わらず手際がいいな、等とどうでもいい事を考える。酒瓶を置いたテーブルに肘をつき、完成を待つだけの立場に甘んじた。


 ★


「やっぱ龍次郎さんの飯最高!ずっと宅配ピザとかカップ麺とかゼリーとかだったから、飯が体に染み渡るよ」


 三条の言葉に、佐伯は僅かに心配の目を向けた。

 ピザにカップ麺、ゼリー飲料──頭の中で並べただけで、ろくな食生活じゃないのは明らかだ。余計な口出しはすまいと視線を戻し、食後の静けさに紛れるように本題へと話を切り替えた。


「で、どうしたんだ」


「えー、あー……まぁ、話せば長くなるんだけど──」一瀬への告白未満の出来事、そして一週間前の出来事を、三条は順を追って話した。「……と、まぁ、こんな事があってさ。漫画、描けなくなって。いやぁ、参った参った」


 口では笑ってみせたが、三条の目は薄っすらと涙で潤んでいた。


「政宗」名前を呼び、一拍置いてから佐伯は続ける。「俺に色恋沙汰の話をしても、どうにも気の利いた事は言えねぇの分かってるだろ。だが──聞く位ならしてやれる」


 三条は、それを分かった上で佐伯に事を打ち明けたのだ。

 別に解決策が欲しかったわけじゃない。唯、この胸に溜まりきった感情を、どこかに放り出したかっただけなのかもしれない。


 ★


 翌朝。テーブルの上には、三条が持参した残りの酒瓶と、一枚の紙が置かれていた。


 ──“龍次郎さん、昨日はありがとう。今度お礼するね。政宗”


 短いメッセージの隣には、不格好ながらもどこか似ている、佐伯の似顔絵が描かれていた。

 佐伯に話したのが功を奏したのか、少しずつだがペンが進んだ。その調子で三条は、そこから一ヶ月程度引き篭もって漫画を描き続けた。

 


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