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初恋泥棒のホスト様  作者: 男鹿七海
11/20

残り香

 三条は何が起きたのか分からないまま、眠れぬ夜を過ごしていた。時計を見ると、既に七時を回っている。気が抜けたのか、漸く重くなった瞼に睡魔が襲ってきた。

 程なくして、一瀬が二階の自室からリビングへ、欠伸をしながら降りて来た。


(何だ、まだ寝てんのか)

 三条の顔をチラリと見てから、水を一杯飲み、ベランダへ出る。

(アイツの顔を見てると、胸の奥に何か引っ掛かりを感じるな…)

 煙を吐き出す一瀬は、昨夜の出来事を覚えていなかった。


 ★


 三条はその後、昼頃になって漸く目を覚ました。まだ昨夜の余韻が胸に残っているが、昼食の時間には一瀬と一緒に食卓を囲む事になる。

 その後、帰宅するまでの間、何を話すのか、何を思うのか――少し考えを巡らせた。


「(酒の力は偉大だ…。結局昼飯の感想しか言えなかった…。というか帰るって言うタイミング逃し過ぎて、このままじゃ晩飯の時間になるんじゃ?いや、俺的には嬉しいけど、そういう問題じゃねぇ)お、お兄さん!」


「あ?どうせなら晩飯食ってけ。で、何だ」


「あ、はい。いただきます。服洗ってお返しします」


 左手で箸を持ち、視線は皿の上に落ちる。


「どっかソファにでも置いとけ」


「いやいや、それは駄目だよ。借りた物は洗って返す。相手に失礼だし」


「好きにしろ」


 少し沈黙が続く。箸が皿に当たる音、食器を置く音、咀嚼音がリビングに響く。

 先に沈黙を破ったのは一瀬だった。


「お前結構煙草吸うんだな」


「!」 煙草という単語に、胸が不意に跳ねた。


(何だ、今の)


 一瀬は食事を終え、シャワーを浴びに風呂場へ。遅れて三条も食べ終わり、二人分の食器を洗い、薄手のジャージの上着を羽織る。

 風呂から上がり、下着姿の一瀬がソファでスマートフォンを見ている三条の後ろを通り二階へ上がっていく。


「お兄さん筋肉ヤバ」


 反射で画面に写った一瀬を見て、率直な感想を漏らす。

 暫くして一瀬がリビングへ戻る。


「んだよ。ジロジロ見ても何も変わらねぇだろ」


 三条は体を捻り、一瀬をジッと見つめた。

「お兄さんやっぱ格好良いなって」


「……」一瀬は何か言おうとしたがやめた。「るせぇ、出るぞ」軽く三条の頭に拳を乗せる。


 一瀬の家を出て、軽く畳まれたジャージのズボンをシート下に仕舞う。

「お兄さん、昨日からありがとう。ご飯凄い美味しかった」


「お前が又一緒に飯食いたいって言ったからだ。それだけだ」


 一瀬からすれば誘った自覚は無いが、理由はどうであれ三条からすれば嬉しい。


「お兄さん」

 一瀬にヘルメットを差し出す手が僅かに震えていた事、三条自身は気付いていた。


 一瀬は無言でヘルメットを受け取り、三条の後ろに跨った。

(漫画家の割には筋肉あるんだな)

 背後から腕を回す一瀬は、ふと、そんな考えが過ぎった。


 三十分程バイクを走らせ、一瀬が勤めるホストクラブに着いた。


「悪い」


「お兄さん、いってらしゃい」三条は右手を低くあげる。


 返事をする代わりに、一瀬も又右手を低くあげた。

 二人はそこで分かれた。

 自分の手が震えていた事に、少し恥ずかしかった。



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