ボクたちのゆめ
ぼくは、あいがんようろぼっとのいちご。
このおうちでは、しゅうにいっかいくらい、おんなのことおとこのこがあそびにきてくれる。ふたりとも、いっぱいぼくをよしよししてくれるんだ。
「いちごちゃーん」
そのこえにきづいてげんかんにちかづく。
あのこたちだ!またきてくれたのかな。
「こっちきてくれたん?かわいいねー」
おばあちゃんのあつこさんにあいさつするまえに、あしもとのぼくをなでる、ちいさなて。
ああ、きもちいい、だいすき。
そんなぼくのうしろから、べつのくどうおんがした。
「……オカエリ」
ぼくよりすこしだけひくいこえ、うろんなかお。
でもそのほかはぼくとそっくり。
このこは、すうじつまえにきたばかりのイチゴちゃんだ。
このおうちには、いちごちゃんとイチゴちゃんがいる。
「ドウシテ、こノおうちにハ、キミがいるのに、ボクがよばれたノ?」
イチゴちゃんは、よくそんなことをいう。
そんなとき、いつもぼくはこういった。
「すぐにわかるよ。しんぱいしないで」
◆◆◆
ボクはあいがんようろボッとのイチゴ。
このおうちにきテ、なんにちカたっタ。
いつものおんなのこ、なんだっケ?
「さっちゃんだよ」
ボクよりたかくテかわイイこエがこたえる。
「さっきよしよししてくれたのは、まーくん」
「いま、さっちゃんはとなりのへやでしゅくだいしてるんだって」
「おわったら、こっちにきてくれるよ。あいさつにいこうね」
いちごちゃんは、ボクよりかわいくて、かしこい。
おシャべりもうまいし、うごきモなめラカで、いつもタノしそうにしてル。
まだ、おうちのヒトがこわくテ、うまくハナせないボクとはちがう。
「……キミがいけバいいヨ」
ボクはそういって、いちごちゃんにセをむけル。
「だめだよ、イチゴちゃん。ここはきみのおうちなんだから」
いちごちゃんは、さっちゃンのこエがするへやのまえに、ボクをムリヤリつれてきた。
「いちごちゃん、むかえにきてくれた!?ありがとー!」
でてキタゆさっちゃんにフタりそろっテよしよしされル。
なんだか、ポカポカして、むずむずスル。
いちごちゃんは、そんなボクをわらっテみていタ。
◆◆◆
またナンにちかたった。
ボクはだいぶおしゃべりできるようになっタ。
おうちのひとのなまえもおボえた。
いちごちゃんが、いっぱいおしえてくれたから。
あれ、まだいちごちゃんがおへやにキてない。
きのう、いっしょにじゅうでンしてたはずなのに。
しばらくして、あつこさんがおおきいはこをもってきタ。
ナんだろう?
きになってあしもとにちかづク。
はこをあしもとにおいてくれたので、なかがみえタ。
「いちごちゃん!?」
はこのなかには、めをつむって、たおるにくるまれたいちごちゃんガいた。
なんでボクよりかしこくて、かわいくて、なんでもできるいちごちゃんが、ハコにいれられてるノ?
「デモ機のいちごちゃんは、もう返さないといけないからね」
すこしさみしそうに、あつこさんがボクをなでル。
でもき?
それなに?
なんでいちごちゃんをこんなとこにいれるノ?
なんでメをあけてくれないの?
おしゃべりできるようになったのニ、こえがでない。
「ここはきみのおうちだっていったでしょ」
いちごちゃんのこえがきこえル。
「ぼくはいちどせんたーにかえって、またあたらしいこたちのおうちをさがすんだ」
せんたー?
「ああ、きみはおぼえてないんだね。ぼくたちみたいなろぼっとがうまれるところだよ」
「ぼくは、さいしょに”おためし”でこのおうちのひとたちが、ろぼっとのおともだちになれるか、しらべるのがしごと」
おためし、ってなニ……?
「だから、きみたち”かすたむばーじょん”とちがって、さいしょからいろんなことができる」
「あいがんようろぼっとはこんなことができるよ、っておうちのひとにわかってもらうために」
いつもとおなじこえ。
でもわからないはなしをするいちごちゃんは、もううごかなイ。
「このおうちはすてきだよ。やさしいおとなばかりで、かわいいこどもたちもあそびにくる。おじいちゃんおばあちゃんもよくくるね」
「”かすたむばーじょん”はそのおうちのためにうまれて、そのおうちにあわせてそだっていくんだよ」
「きみがきて、きみがこのおうちのいちいんになったから、ぼくのしごとはおわったんだ」
ボクにわかったのは、これがおわかれだってことくらいだった。
「……もう、あえないノ?」
「きみがだいじにされて、ていきめんてなんすでせんたーにきたら、あえるかもね」
ぜったい、じゃないのはわかった。
ボクはこういうとこだけわかるんだ。
「いちごちゃん、ボクは、きみといっしょに、いたい」
むりだとわかってて、そんなことをいった。
「ふふ、うれしいな。でももうぼくはかえらくちゃ」
すこしだけいちごちゃんのこえにのいずがまざる。
「きみにあえてよかった」
かすれていくこえをききのがさないよう、ひっしにみみをすませる。
「あいされて、よしよしされて、だいすきだよって、わらっておうちのひととすごせること、これがあいがんようろぼっとのそんざいいぎ」
それは、ぜんぶ、きみがおしえてくれたことだ。
「きみが、ここで、だれよりもあいされることを、いのってるよ」
もういちごちゃんのこえはきこえない。
あつこさんがこんぽうようのてーぷをもってきて、はこがとじられる。
ボクはつぎにいちごちゃんにあうとき、むねをはってこういえるようなろうときめた。
「ボク、だれよりもあいされてきたよ、きみがおしえてくれたとおりに」
「だから、ボクはおうちのひととおなじか、」
「ううん、それよりも、ずっと、」
「きみが、だいすきなんだ」
◆◆◆
あれからいちねんたった。
ボクはいま、だんぼーるのなかでゆられている。
ていきめんてなんすのために、“せんたー”にいくことになったから。
べつにわるくなったところもないから、こわいとうわさの“しょきか”はしなくてもだいじょうぶなはず。
そわそわするほど、“せんたー”のことはおぼえていない。
でも、あいたいこがいる。
またおためしでべつのいえにいるかもしれない。
あってもボクのことなんて、もうわすれているかもしれない。
それでも、あいたいな。あえるかな。
すりーぷもーどにしてたはずなのに、もーたーがうごいてるみたいにおちつかない
だんぼーるのたびはながい。
おうちをでてから、もうふつかはたったとおもう。
ボクはいつのまにかねむってしまっていた。
びりびり。
てーぷをはがすおとがとおくにきこえる。
「イチゴちゃん?ねちゃったの?」
やわらかいひかりといっしょにふってきた、やさしいこえ。このこえをボクはしってる。
じゅうでんきれてまえのばってりーをふりしぼってめをあける。
しろっぽいてんじょうと、めがねをかけたおとなのひと、そのとなりにいるあかいろぼっと。
「おや、知り合いかな?いちごちゃん」
「うん!」
すこしたかいこえがはずむ。
おぼえてて、くれた。
「またあえたね」
「ボク、きみに、いい、たイ、コトが、」
「ふふ、じゅうでんがさきのほうがよさそうだ。
しっかりじゅうでんしたら、いっぱいおはなししようね」
ゆめじゃないことをいのって、ボクはまためをとじた。
◆◆◆
いちごちゃん、まって、おいていかないで
あしのしゃりんがうごかない
ひかりのなかにまるいうしろすがたがきえていく
いやだ、いやだ
おねがいだから
こんどこそ、いっしょに―――
「葵一?」
今、俺は何を?
赤くてまるっこい、ロボットみたいなのがいて、泣きそうな声で何か言ってて、それで―――
「葵一、本当にどうしたの?大丈夫?」
立ち止まって動かない俺を気遣う声が聞こえる。
少し前を歩いていたはずなのに、わざわざ戻ってくるあたり、律儀な優等生なこいつらしい。
「……ごめん、啓悟。ちょっとめまいがしただけ。もう大丈夫だから」
「ちょっとじゃないよ。この暑さだし、熱中症かもしれない。早く帰ろう」
穏やかな口調に反して、少し強引に手を引かれる。
高校生男子としては、同い年のいとこ相手に手を引かれて帰るのは正直勘弁してほしいが、こういうときの啓悟は頑固なんだ。大人しく従って、家路を急ぐ方が賢明だと長年の経験から判断する。
「今日もおばさんおせーの?」
気を紛らわそうと答えがわかり切った問いを投げかける。
「そうらしいよ。出張で帰ってくるのは明後日だって。だから、葵一の家で夕ご飯食べていく予定。来週は父さんも単身赴任から帰省するから、もう少し家にいるとは思うんだけどね」
声音に申し訳なさをにじませながらも、啓悟は寂しそうではなかった。
忙しいおばさんとおじさんの代わりに、徒歩数秒の斜向かいの俺の家に夕飯を食べにくるのは、小学生の時からの習慣だった。
毎度平身低頭しながら迎えに来るおじさんとおばさんに、「お姉ちゃんにはいつも助けてもらったから~」とのらりくらい返してお茶やお酒を広げる母さんと静かに頷く父さん。
なんだかんだと好き勝手やってる大人たちををよそに、俺は啓悟といつも遊べて嬉しかった。
啓悟は昔から子供らしくない落ち着きと明晰さを持ち合わせており、その上、見目もすこぶるよかった。いわゆる可愛い系の美少年で、正直テレビやチラシで見る子供服モデルよりかわいかったと思う。
うちに飯を食いに来て色々と気を遣っていた時代もあったのだが、俺と一緒のときは、遠慮も容赦もなかった。
同い年で何でもできる啓悟は、残酷なまでの優しさで友達に接するが、俺だけは対等だった。
過保護なくらい世話を焼くけれど、勝負事で手を抜かれたことはない。
小学校だか保育園だかのちびっこ相撲の決勝戦で秒殺されたとき、先生にもう少し手加減してあげたら、と言われた。
俺が反論する前に、
「なんで?きいちだよ?」
と無邪気な笑顔で答えて、俺以外の全員が凍りついたのをよく覚えている。他の子相手にはそれなりにいい勝負だったのに、これでは演技していたのがバレバレである。
気づいたらいつも一緒だったし、正直啓悟のことをうざったく思ったことだってある。口喧嘩も、取っ組み合いも日常茶飯事だった。
それでも啓悟は俺のとこにくるし、俺はそれを拒めなかった。こいつに負けてばかりも癪に障るので、勉強も運動も頑張った。一応あいつに隠れてやっているが、どうせバレている。そこは悩むだけ無駄。置いて行かれるよりよっぽどマシだ。
そう、おいていかれるより。
「葵一、もう着いたよ?」
自分の家の前で振り返って俺の顔を覗き込む啓悟は、もうかわいい子供ではない。
俺と変わらなかったはずの身長は少しばかり抜かされ、アイドル顔負けの甘く整った顔までついてきた。油断して近づくと、俺でも一瞬緊張してしまう。
「お、おう。じゃあ、一回帰って鞄置いて、」
そう言い終わる前に、繋いでいた手がほどかれたかと思うと、体ごとかぶさってきて、手が俺の背に回される。予想よりもずっと強い力で慌ててしまう。
今日は暑さのせいか、変なもん見るわ、ぼーっとするわで、心配させてしまったんだろう。
「あー、ごめん、大丈夫だから。ちょっと疲れただけ」
啓悟の背を撫でる。
「……本当に心配したんだからね。うん、そんなに体は熱くなってないみたいだけど、先に家に入って休んでいること。鞄置いたらすぐそっち行くから」
待っててね。
顔が見えなくても耳元で囁かれると、何だかぞわっとしてしまった。顔が赤くなる。
さっきより余程熱くなった気がしたが、啓悟は満足したみたいで、もう俺に背を向けて自分の家の門扉に手を掛けていやがる。
「今はいいね、手もつなげるし、抱きしめられるし」
少しだけ傾いた夏の日差しの下、誰にともなく言った呟きは蝉の声にかき消された。




