表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界の主人公

作者: P4rn0s

あなたの世界の主人公はあなただ。

それは事実であり、君はそのことに奇妙なほど納得している。

朝の目覚めは君の場面転換であり、皿洗いの一瞬すら君のモノローグの一節に思える。

君が選ぶ朝食の匂い、君がふと見下ろした靴の汚れ、君が誰かにかけた些細な言葉、すべてが君の物語を形づくる記号になっていく。

その実感は甘く、時に力を与える。


しかし、この世界は君だけの舞台ではない。

路地裏の自動販売機の前で電話をしている女も、昼休みに眠りこける配達員も、夜道を急ぐ学生も、それぞれが自分の幕間を生きている。

誰もが自分が主人公だと信じている。

そう信じることが、人を動かし、傷つけ、時に救う。


もし全員が「自分は主人公だ」と声高に主張したらどうなるのか。

最初はただの錯覚だろう。

やがて錯覚は衝突に変わる。

交差点での譲り合いは譲る側の損失のように映り、会話は相手を説得し、征服するための舞台装置になっていく。

誰もが脚本を書き換え、誰もが自分の見せ場を求める。

そのとき、世界は同時多発的な独白で満たされ、やがて互いの声が干渉してしまう。


自己中心的な人間が溢れた世界は、まず静かに壊れていく。

親密さの代わりにパフォーマンスが入り込み、助け合いの合図が見せ物にすり替わる。

誰かの苦しみは「いい話の素材」へと転用され、慰めは拍手を集めるための手段になってしまう。

ほんの小さな誤解が連鎖し、人々は自分の立場を守るために真実を削る。

その結果、生まれるのは孤立だ。


孤立はやがて一本の冷たい線となって町を分断する。

同じバスに乗っている者同士が、もはや互いを背景としてしか認識しなくなる。

挨拶は演技になり、視線は競争の道具になる。

誰かが泣いていても、誰もがその涙を自分の演出に取り込むことしか考えなくなる。

そうして人間関係の繊維は擦り切れ、簡単に裂けてしまう。


だが、意識的に留意すれば道は少し違う。

君が自分を主人公と認めるのと同時に、他者の主人公性を認めることは可能だ。

それは自分の物語を縮めることではない。

むしろ、新しい章を開くための場所を作る行為だ。

隣の誰かの小さな勝利に拍手を送り、見知らぬ人の疲れた肩に一瞬の手を置くだけで、君の場面は豊かになる。


調和は強制されるものではない。

それは自発的な気配りと、小さな想像力の賜物である。

他者の台詞を耳に入れ、背景にある事情を想像し、時には自分の見せ場を譲る勇気。

そうした行為が積み重なって初めて、「共通の物語」が生まれる。

共通の物語は、誰か一人の栄光ではなく、重なり合った日常の連続だ。


この世界は調和で成り立っている。

森の木々が互いに日光を奪い合っているように見えても、実際には根で繋がり、水を分け合う。

同じように、人は互いの存在によって支えられている。

君が主人公であるとき、その背後には他の主人公たちの世界が無数に広がっている。

それらは君の物語の背景であると同時に、別の舞台でもある。


ここで重要なのは、君の世界の主人公が「確かにあなただ」ということと、「しかしこの世界の主人公はあなたでは無い」という二つの真実を同時に抱くことだ。

矛盾に見えるかもしれないが、この二つを並べて置くことが、成熟した視線を生む。

自分を中心に感じることを止めはしないが、その中心が相対的であることを忘れない。

その認識が、君の行動を柔らかくし、言葉を慎重にする。


世界は君の独白で飾られるほど単純ではない。

けれど君の物語が失われるわけでもない。

君は主人公であり続けられる。

ただ、君が主人公であるという事実は、他者の主人公性を消す理由にはならない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ