第53話 この世界は好きだ。でもBLを許すことはできない
その後のことを少しだけ話そう。
封印された転性魔法で、本当に女になってしまったリオン。
そしてそのリオンから告白をされてしまった俺。
そんな俺たちの関係は……
これまでと変わらず、よき友人関係を続けていた。
いや変わらないわけじゃない。
リオンは自分の気持ちをハッキリと俺に伝え、俺はその気持ちを受け取った。
そして、リオンは女になってしまったわけだから……。
あとは俺の気持ち次第で、恋人になれてしまう。
だけど、それをキッパリと拒否したのは、リオンだった。
あの告白の夜、リオンは俺に告げた。
「僕はアシュレイくんを出し抜きたいわけじゃない。ただスタートラインに立ちたかったんだ」
「アシュレイくんも僕の大切な友達だから」
「これまでどおり友達として、三人で仲良くしたい」
「そのうえで、勝手かもしれないけど、僕のことを、女の子として見てくれると、嬉しい」
リオンの優しさは、痛いくらいにまっすぐ伝わってきた。
俺はその想いを、しっかりと受け止める。
「……まったく、リオンらしいな。わかったよ」
思わず肩の力が抜けて、俺は苦笑を漏らした。
「でも、どうするんだ? 突然女になっちゃって…」
「とりあえず、しばらくの間は、アシュレイくんみたいに男装して過ごそうと思う」
「そのあとは……家族にはどう説明するんだよ」
「なんにも考えてない」
「お前なぁ…」
俺は思わず額に手を当てて、ため息をついた。
ほんと、こいつの楽観ぶりに半分あきれてしまう。
そんな俺に、リオンは笑顔を向ける。
「大丈夫、いざというときは転性魔法をもう一度使えばいいわけだし」
「え? だって魔符は今使っちゃっただろ?」
「うん、でもなんか一回使ったら感覚を覚えちゃったったいうか……たぶん僕、フツーに使えると思うんだよね」
「マジか…!?」
まさに主人公補正。
その魔法センス、底なしってレベルじゃない。
純粋に驚いていた俺だったが、ふとリオンが意味ありげな笑みを浮かべた。
「だからリオンくんが、アシュレイくんとのベストエンドを迎えたくなったら……僕がいつでも転性魔法を使ってあげるからね」
「いやいやいやふざけんな! そんなことしたらリオンとは絶交だぞ! もう口聞いてやんないからな!?」
「あは、わかってるよ。でも、BLに興味がわいたらいつでも僕が教えてあげるから。いつでも言ってね」
「わくかアホ! どんだけこの世界に馴染んでも、BLだけは絶対に受け入れねーぞ俺は」
「えーでも、グレイくんみたいにBLを否定してる主人公が、段々とその魅力に堕ちていくシチュってわりとメジャーな……」
「腐女子の妄想に俺を巻き込むんじゃねえ!」
とにかく、そんな感じで。
女の子になってしまったリオンとの仲は、今までどおりだ。
***
一方のアシュレイはというと。
相変わらず、俺を避けていた。
いや、避けてるというか……バレバレの視線はしっかり感じるんだけど、こっちと目が合った瞬間にフリーズしてしまう。
目をそらして顔を真っ赤にして、まるで逃げ出してしまうのだ。
……これはこれで可愛いんだけど、そろそろ放っておけない。
いい加減、ちゃんと向き合わないといけない。
そう決めた俺は、ある日の放課後、アシュレイと二人きりで話をつけることにした。
放課後、逃げようとするアシュレイの手を引いて、有無を言わさず連れ込む。
そうして連れ出した場所は、図書館のそばの人気のない書庫整理室だ。
薄暗い図書整理室は、基本的に人の出入りがないせいかほこりっぽい。
西側の壁にひとつだけある窓からは、傾きかけた夕日が差し込んでいる。
その光が本棚の隙間から伸び、床に細長い影を落としていた。
本棚を背に、アシュレイはうろたえた様子で落ち着かず、何度も目を泳がせながら俺を見上げていた。
「ど、どうしたグレイ……こんなところまで連れてきて」
「アシュレイ、お前俺のこと避けてんだろ」
俺は逃げ場を与えないように、まっすぐにアシュレイの瞳を捉えて言った。
「か、勘違いだ! そ、そんなことは……」
アシュレイはあたふたと挙動不審になって、やがて俯いてこぼす。
「ある、かもしれない」
意外と素直に認めたアシュレイ。
「自分でも、よく分からないんだ。君の顔を見ると……胸がぎゅって締めつけられるようで、顔が熱くなって、なんだか苦しくて……そのまま消えてしまいそうになる。こんなの、初めてで……どうしたらいいのか、わからないんだ」
いやそれって、バリバリ俺のこと好きじゃねーか。
今すぐ抱きしめて唇を奪いたくなる衝動をぐっと飲み込み、代わりに俺は言った。
「アシュレイ、俺の目を見ろ」
「え?」
「いいから」
「……ゃだ」
アシュレイはもじもじしながら、俺の目を見ようとしてはすぐ視線を外してを繰り返す。そのうち瞳は潤み、頬が真っ赤に染まっていった。
ここが攻めどきだ!
——ドン!
「——ッ!?」
俺は勢いよく片手を壁につき、いわゆる壁ドン体勢になる。
そして、空いたもう片方の手でそっと彼女の顎に触れ、やさしくこちらへ向けさせた。
「ぐ、グレイ……!?」
距離は数センチ。
アシュレイと、目が合う。
吸い込まれそうな大きな瞳が、揺れていた。
「……お、お願い……わたし……」
「苦しいか?」
「ドキドキして、心臓がはじけそう……」
「嫌なら言え。すぐやめる」
短い沈黙のあと、アシュレイはかすかに首を横に振った。
「いや……じゃない、と思う。なんだ、この感じは……この気持ちは……わたし……」
俺はふっと笑って、そっとアシュレイの顎から手を離した。
自由になったアシュレイは、それでも名残惜しそうに、上目遣いでじっと俺の顔を見つめていた。
「グレイ……私は……やっぱり変だ。どうしてしまったんだろう。私は……」
「その答えは、俺と一緒にいれば、すぐわかるだろうさ」
そう言って俺は壁についていた手を離して、アシュレイに差し出す。
「だから、これまでどおり、仲良くしようぜ。とりあえず、良き友達として」
「グレイ……」
アシュレイは差し出された俺の手をじっと見つめていた。
揺れるまつ毛の奥で何かを決めたように、その瞳が静かにこちらを捉える。
それから、ぎこちない、だけど真っ直ぐな動きで、俺の手を取った。
「わかった。すまない、取り乱してしまって。これからも、よろしく頼む——」
「ああ!」
俺達は固く握手を交わす。
こうして、セルヴィスとの決闘後、長くギクシャクしてしまっていたアシュレイとの関係も、その後少しずつ元通りになっていた。
***
そしてある日の夜。
誰もいない礼拝堂に、俺は一人で足を運んでいた。
ここは入学式の日、組分けの儀を行った場所だ。
部屋の最奥には、片手に剣を、右手に天秤を携えた、女神ユースティティア像が、あの日と変わらぬ姿で佇んでいた。
礼拝堂の中は夜の帳に包まれ、周囲は静まり返っている。
わずかに開いた窓から差し込む月明かりだけが、薄暗がりの中で女神像を淡く照らしていた。
俺はその光に浮かび上がる像の前に立ち、その顔を見上げる。
「ユースティティア——俺の勝ちだな」
ぽつりと独り言ち、ニヤリと笑う俺。
そう。俺がここに来たのは勝利報告のためだった。
なんに対する勝利か?
そもそも俺は一体誰と戦っていたのか。
無論。
それは、BLに対する勝利にほかならない。
俺は邪神が与えし腐った運命に全力で抗い、そして勝利したのである。
「くっくっくっ……」
こみ上げる笑いを抑えきれず、思わず声が漏れた。
額に手を当てながら、大げさに肩を震わせる。
「ふふ、ふはは……はーっはっはっはっはっ!!」
気づけば、まんま悪役みたいな高笑いをあげていた。
「俺はアンタに勝った! このクソみたいなBL世界に勝ったぞ! アシュレイは俺にぞっこんだ! そのうえダークホース、リオンまで、女性化してしまった始末!! これが勝利といわずして何が勝利だ!? ふはははは! ふははははははははっ!」
こみ上げる笑いをぶちまけたあと、俺はふうと息をついた。笑いすぎて涙が出てくるなんて、いつぶりだろうか。
だが、胸の奥に湧き上がる高揚感はまだ冷めていなかった。
俺は勢いよく腕を突き出し、女神像をびしっと指差す。
「俺の野望はここで止まらない。止まるわけがねえ! 次なる目標は勝利を超えた、完全なる勝利! このBL世界での……《《ハーレムの達成》》だッ!!」
そう、次なる俺の野望。
それは異世界転生系主人公よろしく、女の子とのハーレムを達成すること。
その条件はすでに半分達成したようなものだ。
リオンもアシュレイも、俺に対する好感度はストップ高。
あとは俺のアクション次第で、簡単にお友だちから、男女のア~ンな関係にステップアップできる。
あえて俺がすぐにそれをしなかったのはなぜか。
それはひとえにハーレムのためだ。
俺の大き過ぎる愛情を、平等に注ぐためである。
アシュレイとリオン。
どっちかを負けヒロインにするのは心苦しい。
ならば俺がすべきは、二人に等しく大きな愛情を注ぐこと。
これまでどおりの仲良し三人組の関係を保ちつつ、恋のトライアングルも形成。
そうだな、ノアもハーレムメンバーに加えてもいいかもな。
男の娘キャラは、単品だとBLの腐敗臭を放ちすぎるが、ラブコメハーレムの一メンバーとして加われば、発酵香として俄然立ち上がってくる。
ニチャア。
俺は《《爽やかな》》笑顔を残して、女神像に背を向けた。
「とにかく、そういうわけだから。ユースティティアさんよ。アンタが作ったこのクソみたいな世界、おかげさまでだいぶ好きになってきたぜ」
そして、この場所を後にしようと足を一歩踏み出した——その瞬間だった。
——安心してくださいまし。このままで済ますわけがありませんわ♡
ぞわっ。
一気に背筋に寒気が走り、俺の肌は粟立った。
俺はばっと振り返る。
もちろん誰もいるわけがない。静まり返った礼拝堂に立っているのは俺ただ一人。
あとはユースティティア像が佇むのみだ。
「き、気のせいか……」
俺は肩をすくめて、苦笑いを浮かべたまま女神像に背を向けた。
だけど、どういうわけか背中がぞわぞわする。
嫌な予感を振り払うように、俺は歩調を速めた。
……大丈夫だよね?
もう、BLの心配はないんだよね?
おかげさまで、この世界のことは好きになれたよ。
でも、BLのことは全然好きになれてないからね。
了
***
皆様、最新話までお読みいただきありがとうございます。
というわけで、本作はここで一旦完結です!
残念ながら多くの読者様に読んでいただけるような作品に仕上げることは、力足らずにできませんでしたが、個人的にはとても満足のいく仕上がりで、大切な作品になりました。
物語をとりあえずの完結に導くことができたのは、ひとえにここまで読んでいただいた読者の皆様のおかげです。
ここまで読んで少しでも面白い!と思えていただければ、作品の星評価、レビューなどいただければ幸いです!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




