第51話 秘密
〝君にわたしの秘密を打ち明けたい〟
その言葉をもって、深夜に俺を呼び出した手紙の主——
それはリオンだった。
「なんでお前が……?」
てっきり手紙の主はアシュレイだとばかり思い込んでいた俺は間抜けな声を上げてしまった。
そんな俺の反応を見て、リオンは、まるで悪戯が成功した子どもみたいに、くすりと笑った。
「びっくりした?」
「びっくりしたっつーか……なんで?」
「グレイくん。とりあえず、あそこのベンチに座らない?」
「あ、ああ……いいけど」
妙に落ち着かない心を抱えながら、俺はリオンと一緒に、噴水のそばに設置されたベンチへと腰を下ろした。
「もう体調は大丈夫?」
「あ? ああ……問題ねー」
「決闘のあと、倒れちゃったから心配してたんだ。もしかしたら魔力同調の後遺症じゃないかって……」
「いや、保健室で先生に診てもらったときの見立てだと——単純な魔力切れと、あとは疲れだってさ。心配いらねーよ」
「そっか、よかった」
「おう」
会話が途切れ、沈黙が降りる。
しん……と静まり返る夜の中、ベンチに座る俺とリオン。噴水の水音だけが、やけに大きく耳に響いた。
き、気まずい……!
その妙な沈黙にいたたまれなくなった俺は、本題を切り出すことにした。
「んで、リオン……この手紙に書いてあったことだけど」
「うん……」
「俺に打ち明けたい秘密って……」
「えっとね……」
リオンはちらりとこちらを見たかと思うと、すぐに視線を逸らし、膝の上で指をもぞもぞといじりはじめた。
何かを言おうと何度か口を開くけれど、そのたびに躊躇するように言葉を飲み込み、結局また黙り込んでしまう。
その姿はまるで、告白前の乙女——
まさか、リオンのこの感じ。
俺に伝えたいことっていうのは……。
俺の脳裏に、《《最悪の可能性》》がよぎる。
(まさかとは思うが、リオンの奴……俺に愛の告白を?)
俺はディアナイツの夜に、リオンにダンスに誘われかけたことを思い出す。
あのとき、このBL世界において、自分自身が《《スピンオフ要員》》になりつつある恐怖を、まざまざと思い知ったのだった。
そのとき感じた戦慄が、この瞬間、再び背筋の奥から湧き上がってきた。
誰もいない深夜の噴水に二人きり。
告白にはあつらえむきのシチュエーションだ。
しかも、俺とリオンは、セルヴィスとの決闘という困難を、魔力同調という連携プレーで乗り越えている。
魔力同調は単なる戦術にとどまらない。
心と心を通わせた共鳴である。
あの瞬間、たしかに俺たちの間に芽生えた〝絆〟があった。
そもそもこの世界はBL世界。
そしてこのリオンは主人公。
もし、俺の懸念どおりに、リオンが俺に恋心を抱いていたとしたら、それを止めるものはなにもない。
本来ならその愛の衝動は並み居るメインキャラの誰かに向かうはずなのに。
なんの因果かその矛先は、ただのモブ悪役であるこの俺に向いてしまっている。
——貴方にはとびっきりの運命を授けてあげますわ。その運命を乗り越えて、あなたの言う運命の人と結ばれることができるか……じっくりと見学させていただきますわね。
組分けの儀のときに、女神ユースティティアに言われた言葉を思い出す。
これが邪神が俺に与えし運命だというのか。
まずい、非常にまずい。
BL世界が今まさに俺を、スピンオフ要員にしようとしている……!
「グレイくん。僕——」
リオンが意を決したように、俺の方を向いた。
「僕、転生者なんだ」
「すまんリオン! お前の気持ちには答えられ——」
……。
え?
今なんて言ったコイツ?
転生者だって?
「……は?」
思考が止まる。脳内の歯車がギギギ……と変な音を立てて空回りしている感覚。
しばらくそのままフリーズしてしまい、気づけば間の抜けた声が、勝手に口から漏れていた。
「……て、転生者……って、お前が……?」
「うん」
リオンはこくんとうなずく。
その眼差しは真剣そのもので、とても冗談を言っているような様子じゃなかった。
「グレイくんも、そうなんだよね?」
「そうなんだよねって……」
「君も、転生者なんでしょ? それに多分、この世界が『アルカナクラウン』というゲームの世界だと知っている」
「……ッ!」
「その反応、図星だね」
リオンはおかしそうにくすりと微笑む。
どうする? どう答えるのが正解だ?
俺が返す言葉に詰まる中、リオンは静かに言葉を紡ぎ始めた。
「最初の違和感は、入学式の日、一緒にご飯を食べたとき。まず自己紹介からちょっとおかしかったし。それにあのとき、本当のグレイ・ブラッドレイだったら、僕に因縁をつけてくるはずだったんだ——」
リオンはふっと目を細めて、どこか懐かしそうな声音で俺との出会いを語る。
「でも君は、僕をいじめるどころか、逆に一緒にご飯を食べようって誘ってくれたよね」
「それは——」
「君は多分、アシュレイくんを誘うダシに僕を使ったんだと思うけど。でも、嬉しかったよ」
リオンは楽しげに微笑むと、間を置かずに語り続けた。
「次に感じた違和感は……そうだな。課外授業のときかな。君は初めて入るはずの迷わずの森のルートを完璧に把握して、スタスタ進んでいたよね? モンスターとも戦いも、まるで戦い慣れてるみたいに、的確に対処していた」
俺はその言葉を返せないまま、ただリオンの語りに耳を傾けるしかなかった。
「そして、君が転生者だと確信したのは、ディアナイツの夜。君は僕に、〝この世界の主人公〟だと言ってくれたとき」
「それは……まあ言ったけど……」
「あのときこう思ったんだ。〝ああ、この人は僕と同じ転生者で、僕がこのゲーム世界の主人公だということを知っている。そのうえで、僕の背中を押してるんだ〟って」
リオンはそう言って、少し照れくさそうに笑った。
「僕も、本来のリオンとはぜんぜん違う行動を取っていたからね」
「リオン……」
リオンの言葉を聞いているうちに、そもそも俺もリオンの言動について、違和感を覚えていたことを思い出してきた。
例えばそれはギャリーとの戦いのとき。
リオンはギャリーの弱点がヘビだということを知っていた。
リオン本人に、なぜそのことを知っているのか聞いても、〝自己紹介のときにギャリー本人が言っていた〟と誤魔化していたけど、改めて考えると、やっぱりそれは不自然だ。
それにもう一つの大きな違和感。
それはセルヴィスとの決闘前。
俺がアシュレイとリオンに、魔力同調で戦うという作戦を告げたときのこと。
あのときのリオンは、《《インタリンク》》というフレーズを聞いただけで、それがなにを指す言葉なのか、ハッキリと理解していた。
魔力同調——インタリンク。
これはあくまでも原作ゲーム『アルカナクラウン』において、ゲームシステムを示す単語にほかならない。
だからこそ、この世界の住人であろうアシュレイは、そのフレーズを聞いてもピンときた様子はなかった。
しかしリオンは違った。
そのフレーズだけじゃなく、インタリンクの細かい内容やリスクを完璧に理解していたのだ。
なぜか。
「リオン……お前も転生者だったのか。俺と同じ……」
俺の口からこぼれ落ちた言葉。
それが答えだった。
そう考えれば、まるで散らばっていたピースがひとつずつはまっていくように、俺が抱いていた小さな違和感の一つひとつが、ピッタリと繋がっていくのだった。
「はは……はははは……」
気づけば俺の口から、笑いがこぼれ落ちていた。
胸の奥に込み上げてきたのは、驚きと、それ以上に大きな安堵だった。
この世界に一人、転生者という立場でずっと一人だと思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
すぐそばに、同じ運命を背負ったヤツがいた。
しかもそいつは、俺のすぐそばで並んで歩いてくれていた友達だった。
そのことが、ただ嬉しくて。
俺を大いに安心させてくれた。
「なんだよ、気づいてたなら早くそう言ってくれよ。人が悪いな」
「何度も言おうと思ったんだよ。でも言えなかった。もし僕が本当のことを打ち明けて……万が一間違ってたりとか、変に警戒されたりとか。君との関係が変わっちゃうのが怖くて、言えなかったんだ」
リオンは少し恥ずかしそうに笑ってから、そっと視線を逸らす。
そして静かに顔を上げ、満月の浮かぶ夜空を見上げた。
「君とアシュレイくんは、生まれて初めての、僕の友達だから」
「リオン……」
そう語るリオンの横顔には、どこか影を落とすような寂しさがにじんでいた。
けれど、その表情はほんの一瞬。
リオンはいつもの優しげな笑顔を俺に向けた。
「ねえ、グレイくんはさ! この世界に転生する前は……どんな人だったの?」
「どんな人って……普通の名もなきオタクだったけど」
「性別は……やっぱり男、だよね?」
「ああ、そだぜ」
「『アルカナクラウン』をプレイしてたってことは、BL好きの……腐男子だったの?」
「んなわけねーだろ!」
リオンの言葉を、食い気味に否定する俺。
そしてヤツの方に向き直った。
この際だから誤解のないように、ハッキリと宣言しておかないといけない。
「言っておくけど、俺に腐女子的感性はねーからな! ゼロだ! 皆無! だから俺はこの世界の無駄に背景に花を咲かせるイケメン共に興味はない。この世界で俺が狙うはただ一人——」
「アシュレイくんなんだね。本当は女の子の、彼女を」
俺の胸の内を、まるで読心術でも使ったかのように言い当てるリオン。
図星を突かれた俺だが、むしろ清々しい気持ちで大きくうなずいた。
「さすが転生者は話が早い。そのとおりだ。俺がこの世界で幸せを掴むためには、それしかない!」
その言葉を聞いたリオンは、一瞬だけ目を瞬かせた。
視線がわずかに泳ぎ、口元がなにか言いかけたように動いて、すぐに止まる。
それから、ふっと小さく肩を上下させて息を吐いたリオンは、静かにこちらへ顔を向けた。
「ねえ、グレイくん」
「なんだ?」
「本当は女の子なのは……アシュレイくんだけじゃないって言ったら、どうする?」
「…………は?」
リオンは俺を見つめたまま、その意味深な一言を静かに告げた。




