第50話 告白
セルヴィスとの戦いから1週間後のとある夜——
現在時刻、深夜零時、ちょっと前。
俺は一人、学院の中庭の大噴水の前に佇んでいた。
夜も更け、深夜の静寂があたりを包み込むなか、当たり前のことながら、人の気配はまるでない。
聞こえてくるのは、噴水の水がゆるやかに流れる音だけ。まるで世界に俺しかいないみたいな静かさだ。
さて、なぜ俺がこんな真夜中に一人、中庭に突っ立っているのかというと。
俺はローブの胸元に手を差し入れ、懐から一通の便箋を取り出す。
中から手紙を取り出し、書かれた文面に目を通した。
〝君にわたしの秘密を打ち明けたいです。
誰にも聞かれたくない秘密です。
今夜零時——中庭噴水前まで来てください。〟
手紙の内容はシンプル。
可愛らしげなまるっこい筆跡で、それだけ記されていた。
俺はその手紙を見て、ほくそ笑む。
「むふふふふ……アシュレイめ……差出人すら書かないなんて、恥ずかしがり屋さんなんだから……むふふ」
そう、この手紙はアシュレイからのもの。
俺はそう確信していた。
「……やっと俺に、自分が本当は女の子だということを打ち明ける気になったんだなー、いやーここまで長かったぜ」
差出人がアシュレイであることは、もう疑う余地もなかった。
そして、彼女が俺に隠してきた秘密なんて、たったひとつしかない。
《《本当は女の子だということ》》!
ようやくその真実を、自分の口から俺に伝える覚悟ができたんだな……!
「あとは俺が秘密の告白を受け入れるだけだ。お前を愛していると、むしろ女の子のお前を愛していると……男のお前を愛せないと……そう愛の囁きをするだけで……むふ、むひ、むほほほほ……!」
だめだ、込み上げてくる笑いが止まらない。
「アシュレイは正真正銘の女性で、なおかつ俺のことが好きで、ほんで俺に告白してくれて、恋に発展して……ぐふふ、素敵なことやないですか」
俺は手紙を便箋に戻してから、ローブにしまった。
それから、ふと顔を上げて、夜空を仰ぐ。
雲一つ無い満点の星空が広がっていて、そのど真ん中には、まるで俺のことを見守るかのように、まん丸の満月が静かに浮かんでいた。
「いい夜だ。俺がハッピーエンドを迎えるのに、あつらえむきの夜だぜ……」
思えばここまで長く過酷な道のりだった。
フツーの女好きなのにBL世界に転生して。
目を開けばイケメン。振り返ってもイケメン。
そんなイケメンたちは壁ドン寸前。
そんなイケメン地獄の中でも、自分を見失わずに、たった一つの希望、アシュレイとの恋愛を心の支えに、なんとか今日までやってきた。
その甲斐あって、今やアシュレイの俺に対する好感度はストップ高。
特に、セルヴィスとの決闘以降、ヤツは猛烈に俺のことを意識している。
俺はセルヴィスの決闘後から今日までのことを少しだけ振り返ることにした。
まず俺に無様に敗北した負け犬セルヴィスくん。
結果として、ヤツはこの学院を退学することになった。
理由は「健康上の都合」とされていたが、本当のところは、よくわからない。
……。
いや、俺のせいだな。
そりゃまあ、《《あんな目》》にあえば……そりゃ辞めたくもなるよね。
二度とアシュレイに近づかせないため。
それに加えて、アシュレイの実家に下手な嫌がらせをさせないため。
俺はセルヴィスの《《心を折る》》必要があった。
だからこそ決闘の場で、二度と俺に逆らう気がおきないように、苛烈に、徹底的に、ヤツを死ぬ寸前まで痛めつけたのだが。
まさか学院を退学してしまうとは。
誤算だった。
ちょっとやりすぎちゃったんだな。
これで心配なのが、すべてを失ったセルヴィスとその実家が、ヤケを起こしてアシュレイに嫌がらせしてくる可能性だ。本人が学院を離れたことで、こちらから動きを察知しにくくなってしまったのが痛い。
ただ、そうなったときはそのとき。
そんときゃ容赦なく叩き潰してやるだけだ。
ヤツにはもう宣言済みだしな。
もしアシュレイに手を出すような真似をすれば、そのときはきっちり代償を払ってもらう。
命を持って。
「とりあえず、アシュレイへの圧力はなくなったってことで、結果オーライだな……」
こうして、セルヴィスとアシュレイの婚約を叩き潰すことに成功した俺。
しかし同時に、《《もう一つの問題》》が立ち上がってしまっている。
それは、俺がアシュレイの婚約者になってしまったということだ。
それもこれも、せっかく俺が用意した〝俺の求婚を全校生徒の前ではっきり断る機会〟をアシュレイが不意にしてしまったせいだ。
おかげで、俺は今なお周囲からは、アシュレイを無理やり手籠めにして婚約者にしてしまった極悪貴族扱いになってしまっている。
まあ、別にいいんだけどね。
他人から後ろ指さされることはもう慣れっこだし。
それにひとの噂も七十五日って言うしな。
所詮は他人事。
いずれみんな忘れていくだろう。
ただ風化していくのを待つだけだ。
そして、肝心のアシュレイはというと。
決闘後から、俺に対する態度がおかしい。
いや、いろんな意味でやばい。
たとえば、ある日の昼休み。
俺がいつものように食堂でメシを食おうとリオンとアシュレイに声をかけようとした、その瞬間——
アシュレイの目がカッと見開かれたかと思うと、まるで見てはいけないものを見たかのように顔を真っ赤にして、くるりと踵を返して走り去ってしまったのだ。
当然のことながら、残された俺とリオンは唖然とするしかない。
そしてその後、アシュレイは、授業中もずっと俺の顔をチラチラ見てくる。これ本人は気づかれてないつもりなんだろうか。バレバレだっつーの。
で、目が合うと「っ……!」って、信じられないくらい顔を真っ赤にして、勢いよく視線を逸らす。
たまに「くっ……この程度の感情に……」とか「私は……貴族として……理性を……」とか「……いっそ、堕ちるところまで……堕ちてしまえば……どんなに……」みたいな独り言がブツブツ聞こえてきて、もはや授業中の俺の集中力はゼロである。
挙句の果てに、ノートに「私は冷静……私は冷静……」とかびっしりと書いてるのが見えたときは、ちょっと本気で、コイツ頭おかしくなっちゃったか、と引いたこともあった。
出会った当時の王子然としたキラキラオーラはどこへやら。
今のアシュレイは完全に頭が可哀想な子である。
とにかく俺に対する態度が、終始こんな感じなのである。おかげでやりにくいったらありゃしない。
このアシュレイの挙動不審っぷり。
その理由が俺に対する《《意識しすぎ》》であることは、火を見るより明らかだった。
「まったくアシュレイめ……ま、そんなところも可愛いんだけどな」
そんな精神状態だからこそ、俺との関係と自分の気持ちにケジメをつけるために、俺に真実を告げるということなんだろう。
きっと俺がアシュレイの想いを受け入れれば、ヤツの態度も安定していくと思われた。
「むふふ……恋人同士になれたら……とりあえずリオンと部屋を変わってもらって、朝は一緒に起きて、アシュレイに『おはようのキス』をしてもらって……夜は一緒にお風呂に入って、湯上がりのアシュレイと……ふへへへへ……いろんなことしようねえ……」
星空を仰ぎながら、心の中でアシュレイとのピンク色にそまった未来を何度もシミュレーションしていると——
ふと、背後に人の気配が走った。
……来たな、アシュレイ!
鼓動がひとつ、跳ね上がる。
俺は前髪をちゃちゃっと整え、ローブの襟元もチェック。
大丈夫だよな? 鼻毛とか出てないよな?
出る前に歯茎から出血するくらいに歯も磨いたし。
よし、完璧だ。
そして深く息を吸い込んで、吐く。
愛の告白を全力で受け止める準備、万端——!
そして俺は振り返った。
「————え?」
そこに立っていたのはアシュレイ——
じゃなかった。
「……リオン?」
「やあ、グレイくん……来てくれて、ありがと」
月明かりに照らされて、真剣な瞳を俺に向けるのは。
アルカナクラウン原作主人公にして、いまや俺の親友といって過言ではない存在、リオンだった。
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