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第45話 延長戦

「——俺の勝ちだな、セルヴィス」


 俺は顔を真っ青にしているセルヴィスに向かって、そう告げる。

 同時に、観客席から、歓声とどよめきが入り交じった怒涛の喝采が巻き起こった。


 「はあっ……」


 俺は目を閉じ、しばらくその場で立ち尽くす。

 達成感と疲労が、波のように押し寄せてくきた。


 足元からふらついて、もつれそうになった瞬間、俺の背を、誰かの腕がしっかりと支えた。


「お疲れさま、グレイくん!」

「リオン……」


 俺の身体を支えてくれたのはリオンだった。


「よかったよ、作戦が上手くいって!」

「……へへ、だろ?」

「身体の方はどう? 問題ない?」

「ああ、慣れないことしたもんだから、ちょっと身体がびっくりしてるだけだ。ちょっと時間が経てば大丈夫だと思う」

「よかった!」


 グレイのことを労うリオン。


 ——しかし。


「ま、まだだッ!!」


 大きな声が轟いた。


 叫んだのは、もちろんあの男。

 公爵貴族、セルヴィス・ギルモアだ


 「まだ決着はついていないぞブラッドレイ!!」


 セルヴィスがそう叫びながら、俺の方へ詰め寄ってきた。


「何いってんだよ、セルヴィス……お前の用意した代理人は全員俺が……」

「僕は……僕がまだ、残っているぞ!!」

「は…………?」

「最後の相手はこの僕だ、ブラッドレイ! 魔力切れを起こした今のお前など、僕の敵ではない! この僕が直々にお前を叩き潰してやる!」


 セルヴィスは顔を真っ赤にして、俺を指差しながらヒステリックにそう叫ぶ。

 その往生際の悪い姿に、観客席からは、盛大なブーイングが巻き起こった。


「見苦しいぞ、ギルモア!」  

「自分だけ代理人を立てておいて、今更何いってんだ!」

「勝負はもうついてんだよ!」  

「引っ込め負け犬!」


 観客から、そんな罵声が飛んでも、セルヴィスは全然引く気配がなかった。


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! クズ共!」


 むしろ逆に、火がついたみたいに地団駄を踏みながら、さらにわめき散らす。


「これは決闘のルールに則った正当な対応だ! 代理人を立てた場合、決闘者が戦ってはいけないなんてルールはないだろう!? つまり! 僕とブラッドレイとの戦いこそが、この決闘を締めくくる最後の一戦なんだ!!」


 セルヴィスの主張に、俺は大きなため息をついてから、立会人を務めるアレク先輩の方に視線を向けた。


「アレク先輩……アイツ、ああいってますけど、どうなるんです?」


 アレク先輩はほんの少しだけ肩をすくめて、どこか困ったような顔を浮かべながら、こくりと静かにうなずいた。


 「……確かに君の言っていることは、正しいね。この決闘においては、最大五人までの代理人を立てることができる。だけどそのうえで、彼の言うとおり、当事者本人が戦うことを禁じていない」


「ほらみろ! 立会人もそう言っている! 僕は正しいんだ! 負け惜しみじゃなくて、ルールの範囲内で、正当な権利を主張しているだけだ!」


 アレク先輩の言葉に、勢いづくセルヴィス。

 そんなヤツには目もくれず、アレク先輩は俺をじっと見つめた。


 「ブラッドレイくん。どうする? 自ら戦うか、代理人を立ててた戦うか、そのどちらかだ。そうしない限り、君の敗北となる」

「ははは……キツいっすね先輩」


 俺の口からは乾いた笑いがもれる。

 一方のセルヴィスは、アレク先輩の後押しを得て、勝ち誇ったように声を張り上げた。

 

 「フフ、フフフフフ……! フハハハ!! やっぱり僕の勝ちだ! 魔力切れを起こしたお前に勝ち目はない! しかもお前の用意した代理人も庶民のクズ一匹! 健闘はしたがここまでのようだなブラッドレイ!」


 セルヴィスは誇らしげに胸を張ると、芝居がかった仕草で俺に杖の先端を突きつけてきた。


「さあ、僕は逃げも隠れもしないぞ! どこからでもかかってこちブラッドレイ!」

「……五人の代理人のケツの後ろに隠れてた弱虫が言っていいセリフじゃねえよ」


 俺はそう言い切って、身体を支えてくれていたリオンの手からそっと離れた。

 自分の足に力を込めて、地面を踏みしめるようにして立つ。


「グレイくん……戦うの?」

「ああ、ちょっとトドメを刺してくるわ」

「僕も戦えるよ?」

「いや、大丈夫。もうお前の力はいらねえ。セルヴィスだけは……俺の力で叩き潰さないとな」

「グレイくん……分かった。セルヴィスなんかに、絶対に負けないで」

「当たり前だっつーの……」


 リオンはそれ以上は何も言わずに引き下がる。

 ただその目には、俺に対する全幅の信頼が浮かんでいた。


 リオンが引いたのを見届けて、俺はちらりと観客席に目を向ける。

 視線の先で、こっちをじっと見つめるアシュレイの姿を探し当てた。

 アシュレイは眉を寄せて、口を固く引き結び、思い詰めたような表情をしてる。

 まったくなんて顔してんだよアイツ。


「安心しろって、お前はもうすぐ自由だから——」


 そうつぶやいたあと、俺はゆっくりと視線をセルヴィスに戻した。

 重たげに地面を向く杖を持ち上げて、その切っ先をヤツの憎たらしげな顔に向ける。


 まだまだ演技は続いてる。

 むしろここからが本番だ。


「ブラッドレイ……この僕をさんざん虚仮こけにした代償を払ってもらうぞ……」


 セルヴィスがニヤリと笑った、その瞬間だった。

 ヤツの杖先が淡く薄緑にきらめいていく。

 魔力に、風の指向性を与えているのが、肌でわかった。


「……ふーん、風魔法すか? セルヴィスさん」

「真空の刃でじっくりと身体を切り刻んで、いたぶってやるぞ。覚悟しろよブラッドレイ」


 完全に勝利を確信しているセルヴィスは、ペラペラと自分の手の内を明かしていく。

 その顔には、サディスティックな笑みが浮かんでいた。 


 きっと、やつの目に映る俺の姿は——


 肩で息を切らして、顔面蒼白。

 掲げる杖は重く、戦うどころか、こうして立っていることが奇跡。


 魔力切れを起こした体は、もう満足に魔法を使う余力は残っておらず、とてもじゃないが、セルヴィスの放つ魔法に対抗する術はない——


 それでも敗北を受け入れきれない俺に残されているのは、意地だけ。


 身体は動かなくても、絶対に、負けは認めるわけにはいかない。




 なんて思ってるんだろうなあ。セルヴィスくんは。





 「くらえ、ブラッドレイッ! 《ウィンドカッター》!!」


 次の瞬間、セルヴィスが杖を振るい、魔法を発動した。

 ヤツが生み出した風の刃が唸りを上げて俺に迫る。


 俺は迫りくる風刃を前に——


「なーんちゃって」


 にやりと笑って、杖を横一文字に払った。

 次の瞬間、杖の軌道を追うようにして、俺の前に薄く揺らめく透明の壁が展開されていく。

 俺が展開したのは防御魔法——《リジェクト》。

 その光の壁が、セルヴィスの生み出したウィンドカッターをあっさりと弾き飛ばしたのだ。


 「……へ?」

 

 セルヴィスが間の抜けた声を上げる。

 まさか反撃されるとは思っていなかったであろうセルヴィスは、目を点にして固まってしまった。

 俺はその隙を見逃さない。


「ほれ、お返しだ」


 俺は返す刀で杖を振りぬき、次の魔法を打ち放つ。

 放ったのは《風属性魔法(ヴィント)》。

 威力は極少に調整して、当たったとしても、せいぜい衝撃で倒れるくらい。


「ぎゃッ!?」


 俺の放った《ヴィント》は、呆然としているセルヴィスの顔面に直撃した。

 悲鳴を上げながら、無様に尻もちをつくセルヴィス。

 しばらく痛みで地面を転げ回ってから、わなわなと涙目で俺のことを見上げてくる。

 いつもかっちりセットした七三分けの髪は乱れ、見る影もない有り様だった。


「き、貴様……な、なぜ魔法を……!? 魔力切れを起こしたんじゃ……!?」


 セルヴィスは震えるようにそう言う。

 魔法をくらった痛みもさることながら、それ以上に、俺が魔法で反撃をしてきた戸惑いのほうが大きいみたいだ。


 しょうがない、そろそろ()()()()()をしてやるとするか。


「セルヴィスくんさあ……」


 俺は杖を肩に乗せ、セルヴィスを見下ろす。

 それから、とっておきの邪悪な笑顔を、プレゼントしてあげた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」




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