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第42話 決闘開始

 闘技場のアリーナは直径50メートルくらいの円形の空間だ。


 地面には黄土色の砂が踏み固められ、周囲をぐるっとすり鉢状になった観客席に壁のように囲まれている。


 場内の空気は熱狂に包まれており、観客の声援が耳をつんざかんばかりに響いていた。


 そのアリーナの中央。

 決闘の立会人であるアレク先輩。

 その奥に、五人の代理人を従えたセルヴィス・ギルモアが、待ち構えていた。


「やーやー、おまたせセルヴィスさん」


 俺は片手を上げてのんびりとした挨拶をしながら、セルヴィスのもとへと近づいていく。

 セルヴィスは、そんな俺の顔をじっと睨みつけたあと、ふんと鼻を鳴らした。


「のこのこと自分から死ににくるとはな……逃げ出さなかったその度胸だけは褒めてやろう」

「逃げるわけないじゃないっすか。こっちはようやくオタクを合法的に血祭りにあげられると思って、昨日はワクワクで眠れなかったんですから」

「相変わらず減らず口だけは一人前だな。だがそんな余裕もすぐになくなるぞ」


 セルヴィスはそう言って、後ろに控える五人の男たちに目配せした。

 それを合図に彼らはセルヴィスの前に並び立つ。


「僕が揃えた最強の代理人を紹介してやろう——」


 セルヴィスは口端をぐにゃりと歪めながら、ご丁寧に五人の代理人の肩書と名前を説明しだした。


 曰く、王立魔法研究所所属の錬金術師アナトール。

 魔術騎士団副団長を務めた経歴を持つブリュケット。

 西方国境守備隊の精鋭魔術師クラッソス。

 そして宮廷魔法教師ダリトン。


「——極めつけは北方最強の魔術師エドワルドだっ! ふははははっ! どうだ! 僕が揃えた最強の代理人たちは!? 凄いだろう!?」

「いや……どうだと言われても、情報量が多すぎて、肩書どころか名前すら頭に入ってこないっすね」


 セルヴィスの勝ち誇ったような高笑いに、俺はやれやれポーズを返す。

 あくまでも余裕を崩さない俺の態度に、セルヴィスは分かりやすくこめかみをヒクつかせた。


「ふん、強がっていられるのは今のうちだけだぞ」


 セルヴィスは鼻を鳴らしつつ、俺の隣に立つリオンに視線を移す。


「この最強の布陣を前に、ブラッドレイ、貴様が連れてきた代理人は、貴族ですらない平民のクズ一匹だけか? ふんっ、既に戦う前から結果は見えているな!」 

「あのねえ、戦う前にいくらほざいたって意味ないんですよセルヴィスさん——」


 セルヴィスの言葉を受けて、俺はわざと大げさにため息をついてから、肩をすくめた。


「それに、オタクはさっきから他人の肩書きを借りて、さも自分の力みたいに偉そうに威張ってますけど……それは代理人の力であってオタクの力じゃないですからね? そこ勘違いしちゃダメよ?」

「なっ……」


 セルヴィスが顔を真っ赤にする。図星だったようだ。

 俺はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつで、順番に代理人たちの顔を眺めていく。


「アンタらも、ご苦労さま。セルヴィスにいくら積まれてここまで来たのか知らないけど、この大舞台でわざわざ俺の引き立て役になってくれるなんて、感謝してもしきれないぜ」


 俺のその態度と言葉に、当然のことながら代理人たちは気分を害したらしく、ピリッとした殺気が場に走った。

 俺は内心で笑いながら、さらに相手の怒りを煽っていく。


「なんなら、五人一度にかかってきます? 五人もいたんじゃ一人ひとり相手にしてても、時間がかかってダルいでしょ? 確か決闘のルールに一人ずつ戦わないといけないなんてルールはなかったよね?」

「……あまり舐めるなよ小僧」


 その言葉に、いよいよ我慢しきれなくなったのか、代理人の一人が一歩前に出た。

 えーと、この人は宮廷魔術師の……いや違うな。

 南方最強……?

 いやいや、北方の錬金術師だっけ?


 ま、どうでもいいや。

 どうせ噛ませ犬のモブキャラだし。

 その証拠に、こいつの背景にはなんの花も咲いてない。


 ()()()()は鋭い眼光を俺に向けて、唸るように低い声を響かせた。


「貴様らこそ、二人同時にかかってきたらどうだ? まとめて潰してやる」

「やる気満々ですね」


 睨み合う俺と代理人たち。

 一触即発の空気が張り詰めていった。



「はいはい、そこまで」



 そんな張り詰めた空気に水を浴びせるように、間に割って入ったのは立会人のアレク先輩だった。


「決闘のルールはあらかじめ定めたとおり。それ以上でもそれ以下でもない。いいね?」


 そう言ってアレク先輩は、俺と代理人たちとの間に手刀で線を引いた。そして、互いに引き下がるようにジェスチャーする。


「舞台はすでに整っている。これ以上、君たちの間に言葉は無用。さあ、始めよう……決闘を」


 俺達が所定の位置まで引き下がったのを見届けたアレク先輩は、高らかに片手を掲げた。

 それを合図に観客席のざわめきが、波が引いたように、すっと収まっていく。

 そして生まれた静寂の中、アレク先輩は一歩前へ出ると、厳かな声で言葉を紡ぎ出した。


「決闘者、一人。名を捧げよ」

「クラスマギナ、一年、グレイ・ブラッドレイ——」


「決闘者、一人。名を捧げよ」

「クラスウルザ、一年、セルヴィス・ギルモア」


 アレク先輩の口上に従って、俺とセルヴィスは、互いに名乗りを上げていく。


「グレイ・ブラッドレイ。並びに、セルヴィス・ギルモア。両者は互いの名誉と信念を賭け、今ここにその行末を女神ユースティティアの審判に委ねんとす。条件は決闘証書に記載したとおり。立会人はクラスウルザ、三年、アレクサンダー・シチュアートが務める——」


 アレク先輩が、視線を俺に移した。


「グレイ・ブラッドレイ。君はこの決闘に何を望む?」


 その問いを受けた瞬間、一瞬だけ、俺の胸の奥が緊張でざわめいた。

 それでも視線は逸らさず、まっすぐに先輩の眼差しを受け止めたあと、口上を述べた。


「たった一つだけ。俺が勝ったら、セルヴィス、お前はアシュレイ・アストリッドに二度と関わるんじゃねえ」


 アレク先輩は俺の口上を聞き終えたあと、今度は視線をセルヴィスに向けた。


「セルヴィス・ギルモア。君はこの決闘の果てに何を望む?」

「ブラッドレイ、貴様はこの学院に不要な存在だ。この決闘で敗れたら、即刻退学してもらうぞッ!」


俺たちのそれぞれの口上を聞き終えたアレク先輩は、ゆっくりと視線を正面に戻す。


「双方の望みを女神ユースティティアの天秤に。この決闘は承認された。これより双方合意のもと、決闘を執り行う——」


 アレク先輩はそう言って、そっと俺に目配せする。

 俺はその合図を受けて、静かに前へ歩み出た。

 懐から杖を取り出して頭上へと掲げる。


「審判の女神ユースティティアよ、この場に在りて汝の目を見開け——」


 俺の言葉のあと、セルヴィスも同様に俺のもとまで歩み寄ると、自分の杖を掲げた。


「運命の天秤に賭けるは、尊き血族の、名誉と破滅。今、賽は投げられた——」


 俺とセルヴィスの杖が、頭上で交差する。

 その先の口上を、アレク先輩が引き継いだ。

 

「両者、譲れぬ信念を魔杖まじょうに宿し、いざ、決闘開始——!」


 その言葉と共に、アレク先輩の掲げた手が勢いよく振り下ろされる。

 静寂から一転、爆発したような歓声に包まれる会場。


 こうして、俺とセルヴィスの決闘の幕を切って落とされた。

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