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第33話 タイトル回収回(力技)

「グレイくんはさ……このあと、誰かと踊る予定ある?」

「ああ、アシュレイと踊る約束をしてるぞ」


 リオンの問いに軽く答える俺。

 だけどその瞬間、リオンの笑顔がピクリとひきつった……気がした。


 ん? 俺、なんか変なこと言った?


「……そっか、アシュレイくんか。うん……二人は、お似合いだもんね」


 そう言葉を返すリオンは相変わらず笑顔なのだが、声のトーンが明らかに落ちている。


 なんだ?

 リオンのヤツ、落ち込んでる?


 俺がリオンにかける言葉を探していると、リオンはまるで俺のそばから離れるように、壁際から一歩足を踏み出した。


「お、おい……どうしたリオン?」

「あはは、ちょっと、食べすぎちゃったみたい。僕、外で風に当たってくるね」

「あ……おい……」


 リオンは振り返らずにとぼとぼと歩いていってしまった。

 俺はその背中を見送りながら、またしても悪い予感を感じていた。


 リオンのヤツのあの反応、まさかとは思うが……。

 俺と踊りたかった……とか?


 頭をよぎった俺の予想を打ち消そうと、俺はぶんぶんと頭を横に振った。


「いやいやいや、ありえない。リオンはこの世界の主人公。俺は名もなきモブキャラ。ついでに悪役貴族だ。そんな俺に対して並み居るイケメンを差し置いて、俺を狙いにくるなんて……いやいやいや、絶対にない。ありえない」


 ……でも。


 じゃあ、去り際のリオンのあの顔はなんだった?

 普段の無邪気な笑顔とは違って、寂しそうに見えたのは、俺の気のせいか?


「……まさか、ほんとに、俺と?」



 そういえば姉に聞いたことがある。

 BL世界には、()()()()()()()というキャラクターがいると。


 スピンオフ要員。

 主に主役の友人やライバルで、メインカップルではないのだけど、やたらと描写が細かくて、存在感のあるサブキャラクターのことだ。

 彼らは、腐女子のイカレ……もとい、たくましい妄想力によって、スピンオフ作品の主役に抜擢されてしまうことがあるのだ。

 スピンオフ要員とは、そういったキャラクターに対する腐女子視点での愛称、ジャンル的言い回しのことである。

 

「まさか、この世界で俺は、ただのモブキャラではなく、スピンオフ要員になのか……?」


 恐ろしい想像が口から言葉として漏れ出す。


 何を馬鹿なことを……アホか。

 俺は自分で自分の予想を鼻で笑おうとするが、笑い飛ばしきることができない。


「だって、さっきのリオンの様子……明らかに俺に好意を抱いていたじゃん……」


 すまん、リオン。

 友達としてのお前は大好きだ。

 だけど、あくまでその好きはライクであってラブではない。

 お前のことを恋愛対象には見れない。


 なぜならお前は男だから。

 俺も男なんだよ。


 俺は腐女子の感性を持ち合わせてないんだよ。

 俺はこの世界でかわいい女の子とイチャイチャしたいんだよ。


 だから……


「BLゲーの悪役貴族に転生したけど、女の子と付き合いたい俺は、隠しキャラの男装令嬢を堕とす……」


 そう思って俺なりにこれまで頑張ってきたのだが。


 だけど……

 アシュレイと俺は、よく考えるとまるっきり釣り合っていない。


 俺の心の中に、さっき感じていたアシュレイに対するモヤモヤが、再燃してくる。


 アシュレイは子爵家とはいえ、貴族の跡取り。

 経歴から立ち振舞から、何もかもが洗練された貴族だ。


 一方の俺はといえば。


 皆に毛嫌いされている悪役貴族ブラッドレイ家出身。

 一族の中の落ちこぼれだ。

 しかも、腐っても貴族とはいえ、中身はただのオタク知識を持ってるだけの一般人。

 そのうえ、学院退学のリーチもかかっている状態だしな。

 アシュレイをはじめとして、この学院に通う貴族連中とは何もかもが違う。


 俺はどんどんマイナス思考になっていってしまう。


 やはり俺とアシュレイが結ばれるのは無理筋なのか——

 スピンオフ要員として大人しく、男と結ばれるしかないのか。


 どうせ選択肢が男しかいないなら、いっそリオンと……。


 あいつ、よくみりゃ女みたいに可愛い顔してるし……。


 ちゃんとメシ食ってんのかってくらい腰細えし……。


 あと首もほっせえ……。



 って俺は何考えてんだ!?



 今のまるっきりBLのモノローグじゃねえか!?

 気を確かに持ってよブラッドレイ!?

 このままじゃ持っていかれるぞ!?

 

 

 この世界に対する不安と、アシュレイに対する劣等感。

 それらがごちゃまぜになって、完全に情緒不安定に陥る俺。


 思わず頭を抱えていると、そのとき——


「……グレイ、さっきから何をしてるんだ?」

「へ?」


 声をかけられて振り返ると、そこに立っていたのはアシュレイだった。


「あ、アシュレイ!? お前いつの間にそこに!? さっきまで向こうの輪にいたはずじゃ!?」

「もうすぐダンスが始まる時間だろう。だから君のことを探していたんだ」


 アシュレイは腕を組みつつ、ちょっと冷ややかな視線を俺に向けている。


「グレイ、大丈夫か? びーえるだの、すぴんおふだの、わけの分からないことをぶつぶつと……はたから見ていると完全に挙動不審だったぞ」

「あ……いや、別になんでもねえ。気にしないでくれ」


 俺は大きく咳払いをしつつ、アシュレイの方に向き直った。


「そんなことよりアシュレイ、お前さ……ホントに俺でいいのか?」

「いいって、何が?」


 アシュレイは首をかしげながら、俺のことを見つめる。

 俺は苦笑いを浮かべながら、自嘲するように呟いた。


「いや、その一緒に踊るパートナーが俺で……」

「? どういう意味だ?」

「いや、だってさ……俺は貴族としてなんの力も持ってない、ただの落ちこぼれだぜ? そんなヤツ踊っても……何のメリットもないだろ」

「メリット……?」

「このパーティーは、ただのお遊びじゃなくて、貴族として重要な社交の場なんだろ? だったら、俺なんかにかまってる場合はないんじゃないか?」


 これはまずい。

 なんかアシュレイに八つ当たりしてるみたいになってる。

 しゃべっている途中で、自分でもそう感じてしまったのだが……。


 言葉が止まらなかった。


「それどころか、アシュレイも笑いものにされるかもしれないぜ? ほら、落ちこぼれ貴族のクズと踊った変わり者ってさ。ははは……」


 アシュレイは何も悪いことはしていない。

 俺が勝手に引け目を感じてるだけなのに。

 それは傍から聞いていたら、八つ当たりといえるような、卑屈でダサい言葉。

 だけど、一度、外に出してしまった心の中のもやもやは、そう簡単に収まってくれなかった。


「それなら別のヤツと踊ったほうがいいだろ? 今からでも遅くないぞ。どうせアシュレイならパートナーとして、引く手数多だし」


 アシュレイの表情が曇っていくのを見て、胸がきりっと締め付けられるように痛む。

 ……はずなのに、なぜか同時にスッとした気もした。

 あいつの冷静な顔が崩れていくのを見るほどに、感情がこじれていく。ちょっとずつ頭をもたげてくるのは暗く湿った快感だった。


 ほんと、俺、最低だな。

 自分で自分が嫌になる。


「グレイ……君は……」


 アシュレイが何かを言いかけたタイミングで、楽団が奏でる華やかな旋律が場内に流れ出した。

 次いで会場の照明は落とされ、代わりに天井にかけられた魔法ランタンが、ぼんやりと淡い光を放ち始める。


 いよいよ社交ダンスが始まるのだろう。

 場内はにわかにざわつきはじめ、学生たちはペアになりながら、立食ブースからダンスブースへと移動していった。


 ダメだ。このままアシュレイの側にいると嫌われちまう。

 それに、とてもじゃないけどダンスをする気分じゃない。


 アシュレイから離れよう。もう手遅れかもしれないけど。


「悪いアシュレイ、突然変なこと言って……俺ちょっと外で頭冷やしてくるわ……」


 俺は壁際にもたれていた体を起こすと、踵を返してアシュレイに背を向けた。

 そして、逃げるように一歩足を踏み出した瞬間——


「待て、グレイ」


 アシュレイの手がそっと俺の肩に触れた。

 肩越しに振り返ると、アシュレイは真剣な眼差しで俺のことを見つめていた。


「君は私のパートナーなんだ。その約束は果たしてもらうぞ——」

「約束って……わわっ」


 アシュレイはそう言って俺の手を引くと、問答無用と言った様子でダンスブースへ引っ張っていった。



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