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第32話 主人公の自覚が足りない

 リオンは、そのまま俺の隣にぴたっと並んだ。


「こんなところにいたんだね! 人が多くてさ……探しちゃったよ」

「リオン、お前……それ全部食うつもりか?」


 リオンが手にしている皿には、スイーツが山盛りにもられている。


「もちろん! このパイ、サックサクで超美味しくってさ! もう三つ目だよ」


 リオンはそう言ってフォークに指したパイを、口いっぱいに頬張った。


「こんなに美味しいご飯を食べたの……生まれてはじめてだよ……ユースティティア学院に入学してよかったぁ」


 そんなリオンの無邪気な姿に、俺は苦笑する。

 リオンは平民ゆえに、貴族との交流は必要ない。

 ゆえにこうして食い気一直線。目の前の幸せを全力で楽しんでいるというところだろう。


「グレイくんも、これ食べる? あっ、でもあとひとつしかないや。やっぱダメ」

「くれねーのかよ」

「ほしかったら自分でとってきなよ。あっちにいっぱいあるよ?」


 ぺろっと笑うリオンの無邪気な姿に、いい感じに俺の肩の力は抜けていき、さっきまで抱いていたモヤモヤとした気持ちも軽くなっていくような気がした。


 とはいえ、そんなリオンの姿を見て、一つ気にかかることがあった。


 ——こいつ、全然メインキャラと交流しないな。


 気の抜けた姿を見ていてすっかり忘れそうになるけれど、この世界の原作『アルカナ・クラウン』の主人公は、リオンなのだ。


 だからリオンは、BLゲー世界の主人公らしく、目眩くイケメンたちとラブロマンスを繰り広げないといけない。

 なのにこいつときたら、いつまで経っても俺やアシュレイとつるんでばっかりで、ギャリーを始めとした原作のメインキャラクターたちとちっとも交流しないのだ。


 いい加減、学院に入学して一ヶ月だ。

 このままリオンが登場人物と交流しないままというのは、シナリオ的にまずいんじゃないだろうか。


「なあ、リオン。お前さ」

「ん、なーに?」

「友達は、できたか?」


 俺はまるで、思春期を迎えた息子に対して距離感を図ろうとする父親みたいな台詞をリオンに投げかけた。

 リオンはきょとんとした顔浮かべてから、すぐに笑顔を作って答える。

 

「グレイくんとアシュレイくんがいるよ」

 

 うん、まあ、そうなんだけどよ。

 だけどそういう意味じゃなくってだな。

 

「俺たち以外で。他の、こう……背景に花を咲かせる系のイケメン貴族とか」

「グレイくん達以外の……?」


 リオンは顎に人差し指を当てて、視線を宙にさまよわせる。

 それから、少し恥ずかしそうに、口元にはにかみ笑いを浮かべた。


「やっぱり僕は平民だから……ね。それに、グレイくん達と一緒にいる方が楽しいもん」


 リオンの言葉に俺は大きなため息をつく。

 やはりこいつ、主人公としての自覚があまりにも足りていない。

 ここは俺が、原作を知る人間として、人肌脱ぐ必要があるな。


「いいかリオンよ——」

「なに? 改まって?」

「お前は自分では気づいていないかもしれないが、実はすごい人間だ」

「え?」


 俺はリオンに向き直ると、人差し指をピッと立てた。


「まず平民なのに特例でこの学院に入学できた経緯からして凄い。普通はそんなこと絶対にありえない。自分で自覚してるかどうか分からないけど、そういう意味ではこの学院のオンリーワンは、公爵貴族でも王子様でもなくて、実はお前なんだ」

「いや、僕は……」


「それに俺は知っている。お前の魔力。()()()()()っていわれるくらいに、実は桁外れだということをな。実はお前は、ギャリーにも、アシュレイにも、もちろん俺にだって。誰にも負けない〝特別な力〟を持っているんだよ」

「グレイくん……突然どうしたの?」

「いいから俺の話を最後まで聞いてくれ」


 リオンの声を遮り、俺はしゃべり続ける。


「特別なのは力だけじゃない。いいか? 実はお前は人の中心に立てる人間でもある。誰とでも仲良くなれる才能を持っているんだ。お前がただ笑ってるだけで、周りの人間は勝手にお前のことを好きになっていく。それって、なかなかできることじゃないぜ? そんなお前が、せっかくの社交パーティーの場で、隅っこでスイーツ食ってるだけじゃ、勿体なさすぎるだろ」


 俺は一息でそう語ってから、立てた人差し指の先をリオンに突き立てた。


「いいかリオン。人と関われ。堂々と前に出ろ。並み居るイケメンを全員堕とすくらいの気概でガンガンいくんだ。なんせお前は、()()()()()()()()なんだから」

「しゅじん……こう」


 リオンが首を傾げて問い返す。

 しまった。勢いあまって主人公というフレーズを口にしてしまった。


「あ、いや……主人公っていうのは、その……だな。とにかく! お前は自分が思っているよりずっと特別な人間ってことだ! 自信を持て!」


 俺は勢いでごまかすことにして、リオンの肩をバシッと叩く。


 リオンは、俺の言葉の真意を測りかねてか、きょとんとしたような顔を浮かべていたが、やがて小声で呟いた。


「グレイくんって……やっぱり……」

「やっぱり? 何が?」

「……ううん。なんでもない」


 リオンは顔を上げて、俺に向かって笑顔を作った。


「ありがとう、グレイくん……うん、君が背中を推してくれるなら、僕なりに頑張ってみるよ」

「おお! やる気になってくれたかリオンよ!」


 俺の説得の効果あってか、リオンにようやく主人公としての自覚が芽生えたらしい。

 やれやれ、これで原作ストーリーもリオンを中心に周りだすことだろう。

 そうすればこの世界のいちモブキャラに過ぎないこの俺に、必要以上にBL展開のフラグが立つこともない。

 余計なことに気を取られずに、アシュレイを墜としにいけるというものである。


「……ねえ、グレイくん」


 そんな安心しきった俺の顔を、リオンが覗き込むようにして見上げる。

 なにやらもじもじと、俺に言いたげな様子だ。

 俺がそんなリオンを、首を傾げながら見つめていると——



「グレイくんはさ……このあと、誰かと踊る予定はある?」


 リオンは、そんな問いを口にした。

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