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第26話 休日デート!

 翌朝。


 俺は学院の正門前で腕を組み、そわそわしながらアシュレイを待っていた。


 ローブの懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 待ち合わせ時刻の三十分前。

 さしもの几帳面なアシュレイも、まだ到着するはずのない時間帯である。


 なぜこんなに早くから待っているのか?

 理由はシンプル。

 今朝、めちゃめちゃ早起きしてしまったからである。


 アシュレイと二人で学院の外に出る。

 もちろんその目的は俺の杖を買いに行くだけ。

 言ってしまえば、ただの買い物なんだけど、デートっぽい雰囲気になるもしれないっていう、期待感が俺をソワソワさせた。


 アシュレイがどんな服で来るのか。

 どんな店に行くのか。

 俺、ちゃんとリードできるのか!?


 まるで遠足前の小学生みたいに、朝から無駄にテンションが上がってしまい、普段なら二度寝をキメるところを、今日はシャキッと目覚めてしまった。


 結果、こうして、まだ誰もいない学院の正門前で、そわそわしながら、アシュレイを待っているわけだ。


 しばらくそんなふうにしていると——


「グレイ、おはよう」


 自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声を受けて、俺は振り返る。


「おう、おはようアシュレ——」


 言葉の途中で、俺の思考は完全にフリーズした。

 なぜならアシュレイは、いつもの学院指定の制服ではなく、私服姿だったのだ!


「アシュレイ……その服」

「ん? ああ、せっかく学院の外にでるのだから。気分転換にと思ってね」

 

 アシュレイの今日のコーディネートは、淡いアイボリーのシャツに、細身のロングジャケットを合わせて、首元にはふわりとしたスカーフを巻いている。

 黒いパンツはぴったりとしたシルエットで、すらりと伸びた脚のラインを際立たせていた。


 普段の制服姿とはまた違う印象。

 より洗練されていて優雅《エレガント》。

 それでいて、アシュレイの持つそもそもの女性的な印象が加わって、醸し出す雰囲気は柔らかい。


 結論。

 かっこいいはずなのに、めっちゃかわいい。


 やばい、フツーにドキドキする。

 もしかしてこのコーディネートは俺のため?

 だとすればめっちゃ嬉しいぞ。

 俺は思いっきり普段の制服姿だというのに。


 俺は無意識に息を飲んでしまった。


「それにしても早いなグレイ。私もかなり時間に余裕を持って出かけたつもりだったが。もしかして待たせてしまったか?」

「あ、ああ……」

「? どうかしたか?」


 じっと見つめてしまっていたせいか、アシュレイが小さく首を傾げる。

 そしてアシュレイは、俺の視線がアシュレイの着る服装に釘付けになっていることに気づいたらしく、少し戸惑ったようにスカーフを指で弄んだ。


「もしかして……変、だろうか?」

「へ? あ、いや……!」


 俺は慌ててアシュレイの言葉を否定する。


「違う。似合ってる。むしろ、めちゃくちゃ似合ってる!」

「そ、そうか!」


 俺の言葉を聞いたアシュレイは、パッと目を瞬かせたあと、ほっと短く息を吐く。

 そしてスカーフの端を少し直しながら、俺を見上げた。


「それならいいんだ。ふふっ……ありがとうグレイ」

「……!」


 今の表情! 完全に少女のそれじゃなかったか!?


 普段の凛々しさとは違う、その柔らかな表情に、俺は心臓の鼓動がさらに速くなるのを感じた。

 慌ててバッと視線をそらし、アシュレイに背を向ける。


 やばい息が詰まる。

 とりあえずこの場を誤魔化そう!


「よ、よーし! アシュレイ! 絶好の外出日和! さっそく出発しようじゃないか!」

「お、おい……! ちょっとまってくれグレイ!」

「俺に続け〜! はーっはっはっは〜!」


 俺はそのまま早足で正門の外に向けて歩き出した。


 ***


 正門のそばには、乗合馬車の停留所が設置されていた。

 この馬車は、学院から近隣の街へ移動するための連絡便みたいなもので、生徒なら自由に利用できる。


 俺とアシュレイがさっそく馬車に乗り込むと、やがて御者が手綱を鳴らし、馬車がゆっくりと走り出した。

 まだ朝の早い時間だったせいか、馬車の中は俺とアシュレイの二人だけだ。

 アシュレイは俺の隣に座り、窓の外に目を向ける。

 

「なあアシュレイ、馬車で商店街までどれくらいかかるんだ?」

「一時間くらいだな」

「意外と遠いんだな……」

 

 俺は客席の背もたれに身を預けて、窓を過ぎていく景色を眺めた。

 車輪が地面を踏みしめるごとに、コツ、コツ、と馬車の木枠が軽く揺れ、規則的な振動が体に伝わってくる。

 それが妙に心地よくて、寝不足なのも手伝って、急激にまぶたが重くなってきた。


「グレイ、眠いなら無理せず寝ていていいぞ。着いたら起こすから」


 アシュレイが、俺のそんな様子を見て、ふっと笑う。


「いや、それは悪いだろ。アシュレイに買い物に付き合わせてるのに、俺だけグースカ寝るって……」


 そう言いかけたところで、アシュレイが目を細めた。


「昨日も遅くまで、魔法の勉強をしていたんだろう?」

「……へ?」

「魔力切れで倒れたその日も研鑽を重ねるなんて……君は本当に努力家だな。その姿勢は尊敬に値するけれど、無理だけはしないでくれ?」

「え、えーと……」


 思わぬ方向の推測に、俺は言葉を詰まらせる。


「私のことは気にしなくていい。どうか束の間だけでも休息に努めて、英気を養ってくれ」

「……ん? あ、まあ、うん?」


 違う、違うんだアシュレイ。俺が寝不足なのはただ、君のデートが楽しみすぎて寝られなかっただけなんだ——とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 とはいえ、ありがたい提案ではあることに間違いはなかった。

 現地で寝不足でボンヤリしていたら、逆にアシュレイに失礼だしな。


 俺はアシュレイの好意に素直に甘えることにして、まぶたを閉じて、馬車の揺れに身を任せる。


 そして思い切って……頭をアシュレイの肩に預けてみた。


 ……どうだ!?


 嫌がるそぶりを見せたらすぐに止めようと思い、しばらくそのまま様子を伺う。

 だがアシュレイは嫌がるどころか、わずかに肩を動かし、俺がより寄りかかれるように調整してくれた。


 更にそのうえ……


 こ、この感触……!?

 まさか頭を撫でてくれているのか!?


 そっと優しく、まるで子供をあやすような手つきで。

 アシュレイの柔らかな手のひらが俺の髪をすくように滑るたび、心地の良い感触が、背筋まで駆け抜けていく。


 めっちゃ気持ちいい……


 その心地よさに抗う術はなく。

 馬車の揺れとアシュレイの温もりに包まれながら、俺の意識は眠りの底へと沈んでいった。


 ……


 そして、どれくらい時間が経ったのだろうか。


「グレイ、つぎの停留所で降りるぞ。起きてくれ」

「……むにゃ?」


 アシュレイに軽く肩を揺すられ、俺は半分寝ぼけながら顔を上げた。

 薄くまぶたを開けると、俺の顔を覗き込むようにして、優しく微笑んでいるアシュレイの顔が視界に映る。


「よく眠れたか?」

「……おう、おかげさまでぐっすり」


 頭を撫でられていた手前、気恥ずかしくて俺は視線を外す。


「それは何よりだ。目的地に着いたぞグレイ。降りよう」

「あ、ああ……オッケー」


 アシュレイに促されて客席から立ち上がる俺。

 ステップを降りて、馬車の外に降り立った瞬間、俺の寝ぼけ頭は一気に覚醒した。


「おおおおおっ!? すげえ!!」


 眼の前に広がっていたのは、まるで魔法の世界そのものといっていいような光景だった。


 細い石畳の路地に、軒を連ねるのは、まるでおとぎ話からそのまま飛び出してきたような大小さまざまな店々だ。

 曲がりくねった三角屋根、煙を吐く小さな煙突、色とりどりのガラスがはめ込まれた窓。

 その軒先を魔法のランタンが明かりを灯し、店先ではカラフルな薬液の入ったフラスコや、何に使うかよく分からん魔法道具がぎっしりと並べられている。


 通りには魔法のローブを来た人々が慌ただしく行き交い、その雑踏にまぎれて、どこからともなく聞こえてくるのは、怪しげな呪文の詠唱だ。


「ここが、魔法道具の商店街……」

「ああ、ミスティック横丁だ」

 

 とある店では、カラフルなポーションが光を放ち、それを試しに一滴飲んだ青年が突然ウサギの耳を生やして叫んでいた。

 また別の店では、洋服を試着した客が突如としてミニサイズになってしまい大慌てになっている。

 一言でいうとカオスだった。


「ははっ、これ、歩くだけで飽きねえな……!」


 俺が興奮してキョロキョロしていると、アシュレイがそっと肩に手を置く。


「寄り道は後でいくらでもできる。まずは目的を果たさないとな」


 そう言いながら、アシュレイが俺の袖を軽く引いた。


「こっちだ、おすすめの杖の店がある」

「お、おう!」


 導かれるままに、人混みをかき分けながら、俺たちはミスティック横丁の奥へと進んでいった。


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