第24話 戦いの後
「……終わった、か?」
地面に倒れ込んだギャリーの姿を確認してから、念のために近寄ってみる。
ギャリーを見下ろすると、口から泡をふいて白目むいていた。
うん、完全に伸びてるな。
ギャリーが無力化したことを見届けてから、俺はそっと《ファンタジア》を解除。
途端に、俺が生み出したヘビの群れが、露のように消えてなくなった。
よかった。こいつらを生み出すくらいの魔力は残ってて……
ギャリーの魔法の実力は、本人があれだけ自負するだけあって、本物だった。
腕前はもちろんのこと、そこに至るまでに積み上げた努力も研鑽も、おそらく今の俺じゃ届かない。
だからこそ、今回の勝負、勝つには勝ったんだけど、どうにも素直に喜べなかった。
……こんなんじゃダメだ。
俺は拳をぎゅっと握りしめる。
ギャリーと正面から戦って、小細工なしでぶん殴れるくらいにならなきゃ、アルカナクラウンなんて夢のまた夢だ。
もっと強くなってやる。絶対に。
俺は心の中で、そう決意を新たにした。
同時に、戦いが終わったことで、心の奥から安堵の気持ちが広がっていく。
ふう、とため息をついた瞬間——
「あ、あれ……?」
ぐわん、と世界が傾いた。
全身が急に、砂袋を背負っているみたいに重たくなる。
立っているのもきつくて、ふらつく俺。
や、やべ、倒れる!
そう思ったそのとき――
「グレイ——!」
アシュレイの声がした。
同時にふわっと柔らかい感触が、俺の体を優しく抱きとめてくれた。
温かくて、いい香りに包まれる。
「大丈夫か、グレイ!? 怪我はないか!?」
「アシュレイ……」
アシュレイの顔が近い。
まっすぐ俺を見つめているのに、その瞳が揺れている。
ぎゅっと引き結ばれた唇はわずかに震えていた。
その表情は、いつもの冷静で貴族然としている彼女とはまるで別人で、何かを必死にこらえているような様子だった。
「大丈夫……ちょっと魔力が切れただけだ」
俺は支えられるまま、素直にアシュレイの細い肩に身体をあずけた。
ちょうど俺の鼻先あたりを、アシュレイの三つ編みがくすぐる。
ああ、いい匂い。
なんだこれ、花の香り? 石鹸か? それとも香水?
いずれにせよ、めっちゃ落ち着く。
くんか、くんか……あふぅ。
「グレイ大丈か!? 呼吸が浅いぞ!? それに顔も赤い! やっぱりどこか怪我してるんじゃ!?」
……いや、違う。ただ単に、俺がめちゃくちゃリラックスしてるだけ。
俺は薄く笑って、言葉を返した。
「……大丈夫だってアシュレイ。でもこのままちょっと休ませてくれるか? 少し休めばきっと回復するからさ」
「あ、ああ……! もちろんだ! 私の肩にしっかりつかまってくれ!」
アシュレイは優しく腕を回し、そのまま俺の体を支えてくれた。
俺は安心して、しばしアシュレイの温もりに身を委ねる。
その心地よい温もりに、俺は思わず目を閉じた。
あー落ち着く。
ずっとこうしていたい。
まあ、あれだけ頑張ったんだ。
これくらいのご褒美、誰も文句は言わないだろう。
「グレイくん……アシュレイくん……」
心地よいまどろみの中、ふと名前を呼ぶ声が聞こえて、俺は目を開けた。
視線の先では、リオンが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ホントごめん……僕のせいで、二人に迷惑をかけちゃって……僕は……ただの足手まといだった……」
そう言ってうつむき、ギュッと拳を握るリオン。
「リオン、気にしないでくれ。戦いの役に立てなかったのは私も同じだ」
「でもそれは……! アシュレイは僕をかばってくれたから……!」
「私たちは友だ。互いが互いを助け合うのは当然だろう? 私は君に迷惑をかけられたなんて少しも思っていないよ」
そう言い切るアシュレイに俺も続く。
「そうそう。それにな、最後のリオンのアドバイスがなかったら、俺はギャリーに勝ててなかったわけで。むしろ今回の戦いのMVPだろ、リオンは」
「二人とも……」
リオンは俺達の顔を交互に見つめる。
その瞳に、みるみるうちに大粒の涙がたまっていった。
「っ……!」
リオンは咄嗟にうつむくと、ローブの袖口でごしごしと目元をこすった。
ふたたび顔を上げたとき、その目には相変わらず涙で滲んでいたものの、それ以上に、決意の色が強く宿っていた。
「約束する……僕、もっと強くなるよ」
涙を振り切るように、そう言葉を発するリオン。
「二人の役に立てるように。今度は、僕が守れるように!」
迷いのない力強いまっすぐな瞳。
普段はどこか頼りなく感じることも多いリオンだが、その瞳を見ていると、やっぱりコイツはこの世界の主人公なんだなということをあらためて実感した。
「一緒に頑張ろうぜ、リオン」
俺はそう言って、リオンに向かって拳を差し出した。
リオンは少しの間、差し出された俺の拳を見つめたまま、動かない。
けれど、ためらいがちに拳を握って、おずおずと拳を突き合わせた。
***
「そういえばさ、リオン」
俺はアシュレイの肩を借りながら、さっきの戦いを思い返す。
実はさっきの戦いで、リオンに対する一つの違和感を抱いていたのだ。
その違和感というのは——
「お前なんで、ギャリーがヘビが苦手って知ってたんだ?」
その瞬間、リオンの表情がピクリと固まった。
あれ? 今、なんか変な反応した?
でもその妙な反応は一瞬――
すぐにリオンは笑顔を作る。
「いや、入学式の日の自己紹介で……ギャリーくんが自分で言ってたじゃない! グレイくん、聞いてなかったの?」
「そうだっけ……?」
入学当日の自己紹介……そんなことを言っていただろうか。
まあリオンの言うとおり、あのときの俺は、野郎たちの自己紹介をもれなく聞き流してたわけだから、ギャリーの自己紹介を聞いていなかったというのは事実だ。
でも、ギャリーみたいな性格のヤツが、わざわざ自分の弱点をさらけだすような真似するだろうか?
うーん、なんか引っかかる。
俺はリオンに返す言葉を探そうとして。
……まぁいっか。
諦めた。
ちょっと引っかかるけれど、疲れた脳みそであれこれ考えてもしょうがない。
ともかく、ギャリーに勝てたんだ。
結果オーライということで、適当に納得しておくことにした。
「んじゃ二人共、行くか」
俺たちは奥にある魔法陣の元まで移動し、三人で並んで立つ。
俺が一歩前に出て、ゆっくりと手をかざした。
指先が光に触れた瞬間、魔法陣の紋様が淡く輝き始める。
足元がふわりと浮いたような感覚を覚え、視界が白く染まる。
そして、気づいた時には、ダンジョンの入口に戻っていた。
目の前には、俺たちの帰還を待ち構えていた、ガレッド先生の姿があった。
ガレッド先生はゆっくりと俺たちを見渡し、腕を組んだまま目を細める。
「ブラッドレイ……?」
わずかな驚きを示すようにその口元が開きかけたけれど、それをすぐに消して、淡々とした声で言う。
「ご苦労、お前たちが一番乗りだ」
「先生ちょっと驚いていたでしょ。落ちこぼれの俺が一番だとは思いませんでした?」
俺がニヤリと笑ってそう言うと、ガレッド先生は表情を変えずに淡々と言葉を返す。
「結果がすべて。それがお前の実力ということだ」
そう言って、ガレッド先生は懐から小さなコインを取り出し、俺に差し出した。
「これが今回の報酬だ。受け取れ」
木漏れ日を浴びて、金色に薄く輝くのは、まさしくアルカナコイン!
「よっしゃあ!」
勝利の証を前にして、俺の口からは思わず声が出てしまった。
だけどちょっとまて。
俺は伸ばしかけた手をピタリと止める。
「……って一個だけ?」
ガレッド先生の手のひらのうえのコインは一つだけだった。
俺は思わず抗議する。
「俺達三人パーティーですよ? これじゃ、皆で分けられないじゃないですか」
「あらかじめ説明したはずだ。最も早くゴールに到達した者に、報酬としてコインを一枚与えると」
ガレッド先生は視線すら動かさず、静かに言い放つ。
「いやいや、三人で頑張ったのに、一個っておかしくない!? なあ皆?」
俺はアシュレイとリアムの方に振り返る。
俺達はパーティーなんだから、当然報酬も山分けだと、そう思って。
だけど俺の意に反して、二人共、口元に小さな笑みを浮かべ、納得したような表情をしていた。
「それはグレイくんがもらうべき物だよ」
リオンがそう言って柔らかく微笑む。
「ああ。今回の課題、君がいたからここまでこれたんだ」
リオンの言葉に、アシュレイもうなずいた。
「お、お前ら……」
俺はコインを見つめながら、まだどこか納得しきれずにいた。
本当に俺だけが受け取っていいのか?
でも、二人の顔を見る限り、譲るつもりはなさそうだ。
俺は迷いながらも、ゆっくりと手を伸ばし、ガレッド先生の手からコインを受け取った。
俺の手のひらの中にすっぽり収まった、ちっぽけなコインは、それでも俺達三人の戦いの証。
ぎゅっとそれを握りしめると、言葉が自然とこぼれた。
「……ありがとな、二人共」
それと同時に——
俺の体から一気に力が抜けた。
「あ、ヤバ……」
ふわっと意識が遠のく。
すべてが終わった安堵感で、魔力切れの体が、ついに限界を迎えたらしい。
「グレイ!?」
アシュレイの声が遠くなっていく。
まあ、いいや。コインも手に入れて、すべて丸く収まった。
お疲れ俺。今日はこのまま眠ることにしよう。
俺はそのまま、体を襲うまどろみに抗うことなく、意識を手放した。
作品を読んでいただき、ありがとうございます!
ページから離れるとき、
少し下にある「☆☆☆☆☆」をクリックして応援していただけると嬉しいです! 執筆の励みになります!




