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第19話 アシュレイの弱点


 森の中に入ると、辺りはさらに薄暗くなり、昼間とは思えないほどだ。

 そこら中に生えまくっている木々のせいで、見通しもかなり悪い。

 木と木の間を吹き抜ける風が、低く唸るような音を響かせていて、ぶっちゃけかなり不気味である。


「これがダンジョン……」


 俺の背後でリオンが息をのむ。

 気になって振り返ると、リオンは杖をぎゅっと握りしめているが、その杖先はかすかに震えていた。緊張しているのが一目でわかった。


「リオン、落ち着くために少し深呼吸しよう。大丈夫、君は一人じゃない。私もグレイもついているのだから」


 アシュレイは、そんなリオンに優しく声をかけた。

 その言葉に俺も乗っかることにする。

 

「そーそー、それにいざとなったら緊急脱出エスケープを使えばいいんだし、気楽にいこうぜ」


 俺はそう言って、さっき先生から配られた緊急脱出エスケープの魔符を取り出してひらひらさせた。

 魔符ってのは、特定の魔法が封じ込められたアイテムで、魔力を込めれば即発動できる。

 つまり、ヤバくなっても、これを使えばワンタッチでダンジョン脱出ってわけだ。


「そうだよね、うん。わかった……僕もパーティーの一員なんだから、足を引っ張らないように頑張るよ」


 それでリオンの顔色も少しだけよくなった。


「よし、グレイ、リオン。探索を始めよう。先鋒は私に任せてくれ」


 アシュレイはそう言うと、ローブの懐から、事前に配られた地図を取り出して、視線を落とした。


「森の入口はここ。そして目的地はここか……方角は北西……目印になるものは……よし、大体ルートは把握できた」


 アシュレイは地図を折りたたみ、俺達の方を振り返った。


「行こうか、二人共」

「おう」

「案内よろしくね、アシュレイくん」


 そして颯爽と歩き出すアシュレイ。

 だが、その歩き出した方角を見て、俺の足が止まった。


「アシュレイ……」

「なんだ?」

「いや……逆じゃね?」

「逆ってなにが」

「なにがって方角だよ。目的地の」

「……なに?」


 俺はアシュレイを呼び止めてから、手持ちの地図を広げ、一緒に覗き込む。


「ほら、見ろよ。北西はこっち……反対じゃん」

「あ、ああ、すまない。少し勘違いしてしまったようだ」


 アシュレイは軽く咳払いをして、気を取り直すように、再び歩を進めた。

 そしてしばらく進んだところで、二手に分かれる分岐路にぶつかった。

 アシュレイは迷いなく右の方を指し示す。


「間違いない、こっちだな」

「いや、待て待て待て! 反対! 左だって!」

「……む?」


 俺とアシュレイはまた地図を取り出して立ち止まり、ルートを確認する。


 その後も分岐にぶつかるたびに、おんなじことが繰り返された。

 アシュレイの選ぶ道は、ことごとく目的地と正反対の方向なのである。その都度、俺が正しいルートを指摘する羽目になった。


 アシュレイに対しては、聖母マリア並の無償の愛を注ぎつづけると決意している俺。


 だがダメだ。こればっかりは見逃せない。

 本人に指摘するしかねえ。


 俺はそっとリオンに視線を移す。

 リオンも、俺の意図を察したのだろう。なんとも言えない表情で俺のことを見つめ返していて、俺達は互いにうなずきあった。


「アシュレイ……あのさ……」

「なんだ?」

「お前、方向音痴なんだな」

「……!」


 俺が客観的事実を指摘すると、アシュレイの顔が赤くなった。


「な、なにをいうグレイ! そんなことはないぞ!」

「そんなことあるわ! もうこれで三回目だぞ!? むしろ二択の分岐でここまで間違いを選び取れるのは、逆に才能だわ!」


「ば、馬鹿な! 私は子爵といえどアストリッド家の人間だぞ! その私が道を誤るなど……」

「貴族とか関係ねえから!? 方向音痴は身分を問わないんだよ!」

「私はただ、地図の意味を解釈していただけで……」

「アホか!? 解釈してどうする!? 事実だけを読み取れよ!?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 アシュレイは頬を膨らませ、ふいっとそっぽを向いた。

 でも、その耳先がほんのり赤い。


「……た、確かに、昔から道を覚えるのは苦手だった、かもしれない……」

「ほらみろ! もういい、俺が先導するから! アシュレイ、お前は後ろだ!」

「仕方ない……私はしんがりを任されたと思うことにしよう」


 そう言ってしょんぼりしながら後ろに回るアシュレイ。


 どうやら、方向音痴の事実は彼女にとって、かなりの屈辱だったらしい。


 いやいや、そこまで気にしなくていいだろ……


 俺は内心そう呆れつつも、いつもの王子様然とした雰囲気とは違う……なんというか可愛らしいアシュレイの姿を見ることができて、ちょっとだけ嬉しかった。


 ***


 俺が先導してからというものの、探索は劇的にスムーズになった。


 それもそのはず。

 だって、このダンジョンの構造、出てくるモンスターの種類、攻略ルート……俺はぜんぶ知ってるのだから。


 この森は、原作ゲーム『アルカナクラウン』に、登場するダンジョンだ。

 通称、迷いの森。

 学院の一番近くに存在するダンジョンで、ゲーム序盤に、システムの基本を学ぶためのチュートリアルダンジョンという位置付け。

 だから、難易度は低いし、迷いの森なんて名前に反して、マップ構造もシンプルだ。

 

 出現するモンスターは、植物系の魔物がメイン。

 だから火属性の魔法を使えば、苦戦することなく撃破できる。


 これぞ原作知識チート。

 ふふふ、ちょっとは悪役転生モノらしくなってきたじゃないか。

 ……なんてメタいことを考えながら、ニヤニヤする俺。


「……なんかグレイくん、余裕そうだね」

「え、そうか?」


 そんな俺のニヤけ顔にリオンが気づいたのか、声をかけてきた。


「うん、さっきから地図も見ないでスタスタ歩いてるし……まるで目的地を知ってるみたい」

「まあ……目的地までのルートはカンペキ頭に入ってるから、安心してくれ」

「それほんと!? さっき地図を配られたばっかりなのに!? あんな短時間で道を覚えたの!?」


 リオンは驚きの声をあげる。


「流石だねグレイくん!」


 そんな反応に、ますます気を良くしてしまう俺である。


「まあな、昔から道を覚えるのは得意なんだよ。()()()()と違ってな?」


 調子にのった俺は少しイジワルな言葉を、アシュレイに投げかけてみた。


「いいさ、笑うがいい。道を間違えた者には、もう正しさを語る資格などないのだから」

「すねるなよアシュレイ。冗談だって」

「つーん」

「どんなヤツにも弱点はあるもんだろ? 完璧人間よりそっちのほうが親しみが湧くし……」


 そんなやり取りを聞いていたリオンが吹き出す。


「グレイくんがいると、安心だね」

「まあな、今回の課題は俺に任せとけ。最短ルートで安全にゴールしてやる。アルカナコインはいただきだ」


 俺は二人を鼓舞するように肩を叩き、さらに奥へと進んでいった。



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