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「『月の丘』へは、こっちの道が近道だから、すぐに着くことが出来るわ。その賢者様のお友達に、会えるといいわね」
「はい。おばあさん、色々とお世話になりました」
小屋の外で見送られながら、ネムはぺこりとお辞儀をします。
そして、おばあさんのもとを離れると、満月が見える小高い山を目指して飛んでいきました。
山道を登り続け、背の高い木々の間を通り抜けて、ようやく『月の丘』のてっぺんへと辿り着いたネムは、辺りを見渡して賢者様の友人を探します。
「おかしいぁ、誰もいない。賢者様の友人はどこにいるのだろう?」
「私をお探しかな?」
その時でした。ネムの頭の上で誰かの声が聞こえてきます。
顔を上げて見てみましたが、夜空に満月が浮かんでいるだけで、誰の姿もありません。
「私だよ、私。今、君が見つめている」
再び声が聞こえてきたその時、目の前にある満月がぼんやりと光りだして、大きな顔が浮かび上がりました。
あまりのことに、ネムは驚いて思わず叫んでしまいました。
「賢者様の友人って、お月様だったのですか?!」
ネムの言葉に、満月――お月様はにっこりと微笑んで頷きます。
「気がつかなくて、すみませんでした! あの、実はわたし……」
「知っているよ。胸の花を咲かせたくて、ここまで来たんだろう? 長い道のりをよく頑張ってきたね」
ネムが言い終わる前に、お月様はネムが伝えたかったことをピタリと言い当てます。その他にも、ネムが賢者様のもとで暮らしていることや、旅の途中で起きた出来事まで、全て知っているようでした。
驚き、理由を尋ねるネムに、お月様は微笑んでこう答えました。
***
「私はね、いつも空から君たちのことを見ているんだよ。小さなアリがどこへ食べ物を運んでいるのか、空に浮かぶ雲がどこへ流れていくのか、良い行いも悪い行いも、みーんな知っている。誰もが私のことを夜しかいないと思っているけどね、姿が見えなくなるだけで、朝も昼もずっとこの空から眺めているんだよ」
お月様の話を、ポカンと口を開けたままネムは聞いています。
その様子に、お月様はクスクスと笑いながら、ネムの胸の花を見つめます。
「さあ、贈り物を渡そうか。君はずっと、困っているものたちの手助けをしていたからね。少しだけ私の体の色を分けることにしよう。そこにある革袋を拾いなさい」
お月様の言う通り、ネムは足元にあった革袋を拾い上げます。
すると、お月様の体から一粒だけ、小さな光の雫が降ってきて、袋の中に入ります。
「それはどんなものにも色を与えることが出来る、月の雫さ。とても貴重なものだからね、大事に使うんだよ。帰り道はあの流れ星が乗せてくれるから、一緒に帰るといい。さて、もう日が変わる時間だ。誰かと久しぶりに話せて、とてもよかったよ」
「お月様、あの」
ネムがお礼を言おうと再び空を見上げた途端、お月様の顔がみるみるうちに消えていきます。十二時を迎えようとしていたからです。
ネムはお月様の姿がもとに戻る前に、大きな声で叫びました。
「お月様、賢者様がよろしくと言っていました! 本当に、ありがとうございます!」
賢者様からの伝言を言い終えた時、お月様はもう一度だけにっこりと微笑むと、今度こそもとの満月の姿に戻りました。
***
「お月様からもらった月の雫、とてもきれいだなぁ」
流れ星に乗せてもらい、最初にお見送りを受けた森に着いたネムは、一人で袋の中を覗きながら賢者様の帰りを待っていました。
本当はすぐにでも、この素敵な月の色を自分の花につけようと思っていたネムでしたが、まずは一番に賢者様に月の雫を見せたいと、うきうきしながら森の中を歩きまわります。
歩き始めてから少し経った時のことでした。
道端の木の下で、小さな妖精の男の子がうずくまって泣いていました。
「どうしたの? こんな暗い森の中で。迷子になったのかな?」
話し掛けたネムに、男の子は首を横に振って応えます。
「じゃあ、何かあったのかな? わたしに教えてくれる?」
優しく語り掛けるネムに、男の子はゆっくりと顔を上げてネムを見つめます。
その胸には、一輪のしおれて元気のない、くすんだ花がありました。
「あのね、みんながぼくのことを気味が悪いって、仲間外れにするんだ。おとうさんが一生懸命、ぼくの花を咲かせようと頑張っているのに、おとうさんまでみんなから馬鹿にされるんだ。ぼくなんて、いない方がいいに決まっている、もう村に帰りたくない!!」
わっと大声で泣き出し、うつむいてしまった男の子に、ネムは胸が締めつけられるような気持になりました。
周りから仲間外れにされ、どこにも居場所がない苦しみを誰よりも知っていたからです。
しかし、自分の力だけではどうすることも出来ません。お月様からもらった月の雫もたった一粒だけです。
***
「ねえ、君。顔を上げて」
泣き続ける男の子に、ネムはしゃがみ込んで、袋の中身を見せます。
「これは、『月の丘』でお月様からもらった月の雫だよ。どんなものにも色をつけることが出来るんだって。これを君にあげるから、元気を出して」
月の雫が入った袋ごと男の子に渡して、ネムは優しく笑い掛けます。
そんなネムに、男の子は涙を拭いて尋ねます。
「もらって、いいの……? おねえちゃんの花も、ぼくと同じ色……」
「全然、平気! 賢者様がこう言っていたもの、『自分が何者であるか気づけた時に、色の妖精は素敵な花を咲かせることが出来る』って! その時にでもわたしは咲かせることが出来るんだから、安心しておうちに帰るんだよ。それと、『いない方がいい』だなんて、絶対に言っちゃ駄目。君には心配してくれるお父さんがいるんだから!」
月の雫を男の子に渡す前、ネムはこう思っていました。
目の前にいるこの小さな妖精は、昔の自分そのものだと。
たとえ、自分の力だけではどうすることも出来ないものがあったとしても、支えてくれる誰かが一緒にいれば、どんなことでも乗り越えられるのだと。
「わぁ! ぼくの花、きれいな色になった! ありがとう、優しいおねえちゃん!」
月の光と同じ色の花を揺らしながら、男の子はとても嬉しそうにはしゃいで、ネムにお礼を言います。
その様子を見守っていたネムも、自分の心が今までにないほど温かくなっていると気づいたその時、ネムの胸の辺りから七色の眩しい光が放たれ、真夜中の森を照らしました。
***