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 世界のどこかに存在する、遠い遠い森の、その中にある小さな村。

 そこには、『色の妖精』と呼ばれる、不思議な力を持った妖精たちが毎日楽しく暮らしていました。


 妖精たちの胸にあるのは、一輪の鮮やかな花。

 彼らは、自分の胸に咲いている花と同じ色を、他の生き物たちに与える力を持っていました。

 村中にあるものは、動物も木も川も石もみんな、妖精たちからもらった色で美しく彩られていました。



 しかし、そんな色とりどりの村の中でただ一人、ネムという妖精だけは違いました。

 彼女の胸にあったのは、しおれて元気のない一輪のくすんだ花でした。


 臆病な性格のネムは、何をするにも周りの目を気にしてばかり。

 自分が何をやりたいのか、どうして欲しいのか、自分の意思で決められません。

 他の妖精たちのように誰かに色をあげたいと願っていても、しおれてくすんだ花では色をつけることさえも出来ません。



「どうしてあなたの花は、いつもくすんでいるの?」

 ある日のこと。妖精の誰かがネムにそう言いました。

 理由が分からないネムは、何も答えられません。


「色をあげるのが私たちの役目なのに、そんなことも出来ないの?」

 別の妖精も言いました。


「本当に僕らの仲間なの? 気味が悪いから、向こうに行って!」

 気づいたら村中の誰もが、ネムのことを仲間外れにしていました。

 どこにも居場所がなかったネムは、泣きながら森の中へと姿を消してしまいした。



***



 村から遠く離れた森の奥。

 雨の日も風の日も、行く当てのないネムは、大きく裂けた木の根元で、独り静かにうずくまっていました。

 その姿は花だけではなく、髪も羽もすっかりくすんだ色になっていました。


 やがて嵐が過ぎ去り、暖かな日差しが注がれる朝のこと。

 誰も訪れることのない獣道の奥から、一人の妖精がネムを見つけました。



「こんなになるまで、色を失うとは。よほど寂しい思いをしてきたに違いない」

 その妖精はうずくまっているネムに近づくと、すっと手を伸ばして声を掛けました。


「私について来なさい。元の姿に戻してあげよう」

 初めて優しい言葉を掛けられたネムは、静かに顔を上げて、その妖精の後をついていくことにしました。



 ネムを助けた妖精は、周りから『賢者様』と呼ばれ、慕われる存在でした。

 森で暮らし、時おり村に降りてきては、あらゆる生き物たちに知恵を授け、手助けをしています。


 賢者様の胸には、たくさんの色を持った一輪の大きな花が咲いていました。


 ネムは賢者様と一緒に過ごしていく中で、多くのことを学び、少しだけ自分の意思を持てるようになりました。



***



 ネムは尋ねます。

「賢者様、賢者様が与えてきた色の中で、一番だと思うものはどれですか?」

 ネムはずっと気になっていました。

 誰よりも賢く、たくさんの色を持っている賢者様が、何を一番に気に入っているのかを。


 すると賢者様は、近くあった石の上に腰を下ろし、こう聞き返しました。

「ネムはどの色が一番だと思うかい?」

 その言葉に、ネムは困ってしまいました。


 蝶に空色の羽を与えた時も、牡鹿に金色の角を与えた時も、賢者様がつける色はどんなものにもぴったりで、そして何よりも、賢者様が持つ花びらの一枚一枚が、どれも誇らしげに輝いているようにネムは見えたからです。



「……選べません。わたしには、どれも素敵に思えますので」

 一生懸命考えた結果、ネムは素直な気持ちを賢者様に伝えました。

 すると賢者様は、優しく微笑んでネムに言い返します。


「私も同じだ」

 そう言って、賢者様は自分の胸に咲いている花に手をそえて、さらに続けます。


「どんな色にも、他の色にはない個性や魅力が存在している。何が一番であるのかは、誰にも決めることは出来ないんだ。それは色に限った話ではない。森の動物たちも、村の妖精たちも、皆が皆、その者にしかない素晴らしいものをたくさん持っているんだ。ネム、こっちに来なさい」


 賢者様に呼ばれ、ネムも隣に座ります。



***



「もちろん、ネムの中にもそれらがちゃんとある。今はまだ、自分が何者であるのか分からないだけで、気づけた時にはきっと素敵な花を咲かせることが出来るさ。色の妖精は、そうやって色を持つことが出来るんだ。他の誰からでもない、自分自身の心によって」


「自分自身の心……」


 賢者様に言われた言葉を、ネムは繰り返し唱えます。

 ふと自分の胸に目を向けてみると、今までしおれていた花が、少しだけ元気になっているような気がしました。



「そうだ、今日は満月だったな。ネム、『月の丘』に行って、私の古い友人を訪ねてみる気はないか? 彼ならきっと、お前の花について色々と手助けしてくれるだろう」


 まだ明るい、遠くの空に浮かんでいる真昼の月を見上げながら、賢者様は言いました。

 『月の丘』とは、ここから遠く離れた森の中にある、小高い山の名前でした。


「賢者様も一緒ですか?」

 一度も『月の丘』に行ったことがなかったネムは、賢者様もついて来てくれるものだと思い、尋ねます。


「いや、私は大事な用事があって、一緒に行くことは出来ない。一人だけの旅になってしまうが、道は森の生き物たちが教えてくれるだろう。行けそうか?」

 ネムにとって、たった一人で夜の知らない森を歩くのは、とても不安でした。

 でも、もし自分の花を咲かせられるのなら、そう考えたネムは少しだけ悩んだあとに、力強く頷きました。


「はい、行ってみます!」



***



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