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神様だって、疲れます

「もしよければ、我が社で社員として働いてみるのはどうでしょうか」

 店長はそう巡に言った。巡は咄嗟に下を向く。

「僕が、ここで……」

 願ってもない提案だった。だが、巡はすぐには答えられなかった。

(僕なんかが、こんな良い人たちとやっていけるのかな……)

 巡の脳内に両親の影がちらつく。全てを否定されてきた人生だった。そんな巡の自尊心は無いに等しい。

「店長さん、僕は……」

 巡がそう言いかけた時だった。ピンポーンとインターホンの音が応接室に鳴り響く。それを聞いてホンダはしまったという顔をする。

「店長!ご予約のお客様が……」

「ええ、この時間でしたね。私もすっかり失念していました。天堂さん、お茶を淹れてきてください」

「了解っす!」

 店長は社員たちにテキパキと指示を出し始めて、必然的に巡の話はうやむやとなってしまう。そして応接室に一つだけある扉がガチャリと開いた。

「あー!もう疲れた!」

 その声と同時に古代ギリシャのような豪華な装飾を纏った女神がその場にガックリと膝をつく。

「お客様!大丈夫ですか!?」

 ホンダが慌ててその女神を支えて起き上がらせると、来客用のソファに座らせる。そして天堂の淹れたお茶を飲むと、ようやく落ち着いたようにふうと息をついた。

「ごめんなさいね。見苦しいところを見せてしまって……」

 明らかに弱った様子の女神は、向かいのソファに座る店長とヒタチに言った。

「そんな、お構いなく。よくある事ですから」

 店長はそう言うとホンダからファイルをもらう。巡はその間に倉庫の方へと退散しようとする。が、

「そこの貴方、ちょっと私の肩を揉んでくれないかしら」

「え……。ぼ、僕ですか?」

「お客様、彼は……」

 店長が訂正しようとするが、女神はこちらの事情など知る由もない。

「ここの社員さんでしょ?何か用事があるの?」

「そういう訳では御座いません……」

「じゃあお願いね。もう横になる時間もなくて……」

 女神はそう言って肩をポンポンと叩く。そして立ち往生する巡にホンダが目で合図を送った。

『お願い、すぐ終わるから』

 といった所だろうか。巡は覚悟を決めると女神の背後に回る。

(なんだこれ、頭の上に天使の輪っかみたいなものが浮いてる。それになんだか、体の輪郭が光っているような……)

 巡は初めて見る神様に驚きを隠せなかった。

(えっと、人間と同じように揉めばいいのかな……)

「し、失礼します」

 巡はそう言って女神の肩に手を置く。そして的確に肩の凝りをほぐし始めた。

「あー、気持ちいい。ウチの天使たちよりも全然上手いわね……」

「ありがとうございます」

(神様に褒められた……)

 昔から両親の肩を揉まされていたので、コツはよく知っていたのだ。そんな巡の様子を見て、店長は女神の前に名刺を差し出した。

「では初めに、今回メルトリア様の代行依頼を担当させて頂きます、天生代行社の店長とホンダと申します」

「ご丁寧にどうも。おたくの噂は聞いているわ。質の良い転生者を送ってくれるとか」

「はい。当社の選抜システムは他社のそれとは大きく異なり、お客様の世界に合わせて性格の機微まで細かく精査しています。その分料金の方はお高くなってしまいますが……」

 店長の話を聞いてメルトリアは言う。

「金額は気にしないわ。とにかく優秀な転生者が必要なの」

「なるほど。ではどういった人材をお求めですか?お客様の世界『魔法界中世科均衡属混合種』ですと、農耕系の人材がメジャーですが」

 そう店長が言った途端、メルトリアは先ほどのような疲れ切った表情を見せた。

「本来ならそうなのだけれど、実は魔王が復活してしまったのよ。私が100年に一度の封印作業を怠ってしまったせいでね。それに合わせて飢饉が相次いで……」

 メルトリアはそこまで言うと深いため息をつく。

「私たちは信仰されないと存在を保てないし、雨を降らしたり雷を落としたり普段通りの仕事はしないといけない。そこに無尽蔵に湧いてくる魔物の処理はキャパオーバーだったの。だから、私が欲しいのは戦闘に特化した人材なのよね」

「そんな事情があったとは……。心中お察しします」

「いいのよ、元はと言えば私のせいだし。でも、だからと言って不貞腐れるのは違うじゃない?みんな私を信じてくれている。その期待を裏切りたくないの」

 メルトリアの話に、巡は手が止まる。

(期待を裏切りたくない、か……)

 そしてメルトリアは続ける。

「でも結局、自分で解決できずに貴方たちに頼っちゃって駄目な女神よね。これじゃあメリスの民を見捨てたようなものだわ」

 メルトリアはそう言ってハッとする。

「あ、ごめんなさい!つい関係ない事まで言っちゃって……」

「そんな事ありません!」

 咄嗟に巡はそう言った。言って後悔した。

「貴方……」

「………」

(まずい!思わず心の声がでた!)

 巡は助けを求めるように店長を見る。だが、店長は何も言わない。ホンダも店長の様子を見てそれに合わせる。

(何も言ってくれない……。もしかして、このまま言えって事なのかな)

 巡はごくりと唾を飲み込むと、意を決してこちらを見るメルトリアに言った。

「神様でも、疲れたり上手くいかない時もあるでしょう。それでもみんなの為に頑張ってくださっているのはメルトリア様がお優しい証です!だ、だから見捨てたなんて事は…その……」

 巡は言葉を継ごうとするが、どうしても言葉が出てこない。メルトリアはそんな巡の様子を見て微笑んだ。

「ふふっ、ありがとう。貴方こそ、優しいのね」

「……!」

 巡は耳が赤くなるのを感じる。

(僕が優しいって、こんな綺麗な神様に……)

 褒められないていない巡には少し刺激が強い。そして店長は頃合いを見計らってメルトリアに声をかける。

「メルトリア様、話を続けても?」

「ええ。もちろん」

「ではホンダさん、メニュープランの方を」

「こちらになります」

 ホンダはそう言ってファイルに挟んであったパネルを取り出した。そこには箇条書きで何やら書かれている。店長はそのうちの一つを指差して言った。

「今回の場合ですと、『召喚代行プラン』がおすすめです。他のプランと比べて転生者がより転生とその目的を受け入れやすく、迅速な事態の対処が見込めます」

「じゃあそれにしようかしら。オプションも付けられるわよね」

「ええ。裏の表からいくつでもお選びいただけます。どれになさいますか?」

 店長はそう言ってパネルを裏返す。

「うーん、じゃあ今回はステータスバーだけでいいわ。加護はこっちで付けられるし」

「かしこまりました。では基本プランは50ネン、オプションが一つ5ネンで、合計55ネン頂きます」

 店長は電卓を弾くと、メルトリアに提示する。

「お支払い方法はどうなさいますか?」

「銀行振り込みで」

 銀行なんてあるんだ、と巡は思う。

「ご一括でよろしかったでしょうか」

「ええ」

「ではご依頼成立です。当社の社員がすぐに作業に取り掛かります」

 店長はそう言うとその場に立ち上がる。そしてメルトリアもまた腰を上げると、2人は握手をした。

「とても良いサービスでした。期待しているわ」

「ありがとうございます。くれぐれもお身体にお気を付けて」

「その通りね。でも、もう大丈夫」

 メルトリアはそう言って巡を見る。

「彼に励ましてもらったから」

 そしてメルトリアは巡に尋ねた。

「貴方の名前を聞いても良いかしら」

「あ、雨野巡です!」

「雨野巡……。良い名前ね」

 メルトリアはそう言ってニッコリと巡に笑いかけた。そして赤面する巡をよそに、ホンダが応接室の扉を開ける。メルトリアはその向こうに見える眩い光の中へ歩いていく。そして光の中に入る直前、立ち止まって巡たちを見る。

「では皆さん、よろしくね」

 そう言ってメルトリアは、光の中へと消えていった。店長は深々と頭を下げる。

「またのご利用を、お待ちしております」

 そしてホンダが扉を閉めると、店長は巡を見た。

「さて、先ほどの答えをお聞かせ願えますか?雨野さん」

「………」

 巡はまた下を向く。だが、その気持ちはかつてないほど前向きだった。

『ありがとう』

(初めて言われた……。この仕事を続ければ、もっと言ってもらえるのかな)

 そして巡は決心した。巡は顔を上げると、はっきりと答えた。

「是非、働かせてください!」

「それは良かった!では早速、神様役をお願いします」

「……え?」

 こうして『天生代行社』新人、雨野巡は初仕事にして神様に任命されてしまったのだった。

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