転生、ドタキャンされました
夕焼けに染まる長い坂の通学路。電柱が足元に細長い影をつくる。それは本来、どこかノスタルジーを感じるはずの風景で、こんな風に眺めるものじゃなかった。僕は目の前に散らばる赤く照らされた教科書と、ジッパーの壊れたリュックを抱える。
「また怒られるな……」
暗い日陰で、僕はそう呟いた。隠された教科書を探すのに随分時間がかかってしまった。それにリュックも壊されていて、使い物にならない。きっとお母さんに怒られる。今日はまたご飯抜きだろうか。
「夕飯の支度しなくちゃ……」
ビールも切れていたはずだ。僕はドサドサと教科書を落とすと、その場にしゃがみ込む。そして、割れるように痛む頭を抱える。
「もう…もう嫌だぁ……嫌だよ。なんで僕だけ、僕だけこんな…こんなの……」
僕の中で、抑えていたモノが一気に噴き出す。
『いいか雨野、先生はお前の味方だからな!』
頭痛が酷くなる。
『先生ぇ、雨野君に盗撮されましたぁ』
強烈な吐き気に、グシャリと教科書を握って耐える。
『なんでアンタは迷惑しかかけないの?』
その時だった。
「巡ッ!」
「ッ……!」
僕は咄嗟に駆け出した。後ろから父親の怒鳴り声がした。いないはずの父の声が、酒臭い父の声が聞こえる。僕は逃げるように坂を駆け降り始めた。止まる気はない。このままどこかに行ってしまいたかった。誰も知らないどこかへ。
「危ない!」
そう声がした時、僕はすでに道の真ん中にいた。けたたましいクラクションの音と共にトラックが迫ってきている。
(ああ……)
僕はその場に立ち止まる。
(これで……)
そして激しい衝撃とともに僕は意識を失った。
「ここは……」
うつ伏せに倒れていた僕は、目が覚めた。目が覚めた?
「僕、死んだはずじゃ…?」
起き上がって周囲を見回してみても、どこまでも真っ白な空間が続いているばかりだった。唯一変わった所といえば目の前に立つ背の高い黒いスーツの男だけだ。
「……って。だ、誰!?」
僕はその場に後ずさる。スーツの男性はこちらをじっと見つめる。たが、その顔は黒子の面に覆われて、見つめられている感じが伝わってくるばかりだ。
(なんなんだこの……人?)
僕は彼の正体を確かめようと口を開いた。その時、彼はゆっくりとしゃがみ込むと、僕に手を差し伸べて言った。
「立てますでしょうか?」
「……え?」
「よければ、私の手を握ってください」
僕は言われるままに彼の手を掴むと、確かな力でぐいと引っ張られ、その場に立ち上がった。誰かと手を繋ぐなんて、いつ振りだろうか。
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。当然の事をしたまでです」
僕はそう答える彼の顔?を見上げる。身長は190センチはあるだろうか。
「それでは、遅ればせながら自己紹介をさせて頂いても宜しいでしょうか?雨野巡様」
(僕の名前を知ってる!)
一体何者なのだろうか。そんな疑問を察してか彼は丁寧に懐から名刺を取り出すと、こちらに差し出した。
「私、こういう者でございます」
受け取った名刺には、こう書かれていた。
「『天生代行社』の、店長……さん?」
役職の書かれていない名刺には、シンプルながら上品な字でそう記されていた。店長さんは僕に軽くお辞儀をすると答えた。
「はい。お気軽に店長とお呼びください」
店長さんはどこまでも穏やかだった。僕は初めての感覚に緊張がほぐれていくのを感じた。それと同時に様々な疑問が溢れ出してくる。
「じゃあ、店長さん。ここは一体、どこなんですか?僕死んだはずですよね。もしかしてあの世とか……」
「我が社の敷地内でございます。俗に言うあの世とは、少々勝手が違いまして」
僕は店長さんが何を言っているのかさっぱりだった。
(あの世とは勝手が違う?結局僕は死んだのか?それに、『天生代行社』ってなんだ?)
謎は深まるばかりだ。僕があれこれと思案していると、店長さんは申し訳なさそうに言った。
「殺風景ではありますが、どうかご容赦を。なにぶん、こういった事態はこちらも初めてでして……」
「こういった事態?あの、僕に何があったんですか?」
僕の問いに、店長さんは簡潔に答えた。
「この度、雨野様の転生をご依頼なさったお客様が、
その転生をいわゆるドタキャンされたのです。ですから行き場を失ってしまった魂を、我々で回収させていただきました」
転生、確かに店長さんはそう言った。だが、やはり分からない。
「僕の転生をドタキャンって……じゃあ僕、このまま生き返れないんですか?」
僕は尋ねた。最も大きな疑問を。店長さんはやはり申し訳なさそうに答えた。
「残念ながら不可能でございます。本当に申し訳……」
「よかったぁ……」
僕は安堵から全身の力が抜けてその場にへたり込んだ。そして心の底から思った。
「もう、あの人達に合わなくていいんだ」
「………」
それから店長さんは、ひとまず僕を『天生代行社』の事務所に案内してくれる事になった。そこで僕は黒子の面の店長と2人で、どこまでも続く真っ白な空間を歩き始めた。そんなへんてこな状況で、僕はかつてないほど爽やかな気分だった。そこでこんな質問をしてみた。
「店長さんたちは、一体どんなお仕事をされてるんですか?」
すると店長さんはすぐに答えてくれた。無視する事も、激昂してくる事もなく。
「ご多忙なお客様の方々に代わり、転生を代行するのですよ」
また同じ言葉がでてきた。
「そのお客様って……」
「主に"神"と呼ばれる上位存在の方々になります」
神の代わりに転生を代行する仕事。
「転生代行、か……。僕はてっきり、店長さんが神様なのかと思いましたよ。社員の皆さんは、僕みたいな人間の方々なんですかね」
「そうですね。例外も居ますが」
「店長さんも人間なんですか?」
僕の問いに、店長さんは初めて即答しなかった。店長はまるで古い記憶を思い出したかのように一瞬沈黙すると答えた
「……ええ、そうなります」
(そうなります?)
僕が店長さんの答えを疑問に思うのと同時に、いつのまにか僕たちは、とあるドアの前に立っていた。ドアには『関係者専用』と書かれている。
「着きました。ここが事務所の入り口になります」
そして店長さんはドアノブを握ると、ゆっくりと押し開けた。その瞬間、中からだらしない声が聞こえてきた。
「店長ぉ、ホンダさんがまたオレを買い出し係にしてきてきたんスけど〜」
「………」
開いたドアの向こうでは、ワイシャツをだらしなく着崩した金髪の若い男が、涙ながらにそう訴えていた。そして僕の姿を見た瞬間、涙は引っ込み途端に表情を明るくした。
「店長!もしかしてその子!」
「ええ。そうです」
「まじか!オレより年下じゃないっスか!」
男は満面の笑みで僕の手を取るとブンブンと振った。
「オレの名前は天堂!よろしくね!」
「え、えーと……」
天堂のハイテンション振りに僕が戸惑っていると、今度は奥からまた別の声がしてきた。
「天堂!アンタまた店長に私の事を……」
その声の主である女性は、僕の様子を見てため息をついた。
「はぁ……。ちょっと失礼します」
彼女はズカズカとこちらに歩いてくると、天堂のシャツの襟を掴んでズルズルと中に連れ戻した。
「イタタタタッ!ちょ、力強いっスよ!ホンダさん!ホンダさんってばぁ!」
ホンダさんと呼ばれた女性は天堂の襟から手を離すと、僕を見た。
「ほんと、ごめんなさいね。ウチの馬鹿が迷惑をかけて」
「迷惑だなんてそんな……」
店長さんは僕の様子を見てホンダさんに言った。
「ホンダさん、2人を応接室に連れてきてください」
「分かりました」
そして僕は店長さんと共に事務所へと踏み込んだ。
「すごい……」
僕は周囲を見回して驚いた。ありとあらゆる雑貨や武器が、まるで骨董品屋のように机や棚に積まれていた。右側にはまた部屋があり、古めかしい応接室が見えた。
「いってぇ……」
事務所の様子に圧倒される僕をよそに、天堂は首をさすりながらこちらに歩いてきた。そして僕に声をかける。
「どうよ。凄いでしょ」
「は、はい!凄いです!」
天堂は僕の素直な返答が気に入ったのか、嬉しそうに笑って言った。
「仕事柄、貰い物が多いんだ。それをここに置いてる。まあ倉庫みたいなモンかな。ですよね、店長」
「ええ。どれも大切な品ですから。捨てる訳にはいきません」
僕はその説明を聞いて、奥の壁に立てかけてある一振りの剣が気になった。何か、惹きつけられるような何かを感じる。
「あの、あれも貰い物なんですか?」
「ん?ああ、あれはウチの。厄介客用の剣だ」
天堂はそう言った。
「厄介客用?」
「いるんだよ、神様にも。そんでマジでヤバくなった時はあの剣を使うんだ。名前は確か……」
「店長、揃いましたよ」
その時、ホンダさんが僕たちを応接室に呼んだ。
「さあ、行きましょうか」
僕は店長さんと天堂に連れられて応接室に入った。そこにはホンダさんと天堂の他にあと2人の社員が並んでいた。店長さんは僕の隣に立つと、向かい合う社員たちに言った。
「じゃあ右端から自己紹介を」
そこでまずはホンダさんが口を開いた。
「総務のホンダです。よろしくお願いします」
次に男の社員である。
「俺はヒタチです。会計やってます。よろしく」
「アト変態ナ」
「そんな職についた覚えはねえよ!」
ヒタチさんがそう怒鳴るのは、ピンと長く突き出た耳に、まるで絹のようなブロンドヘアーを腰まで伸ばし、キツそうな胸元を大胆に開けた美人であった。
「ミツビシ。ミナゴロシタントウ」
が、その美人はそう言ったっきり、手に持っていたイモリの串焼きのようなものを豪快に食べ始めた。
(それに誰も指摘してない……)
あれが日常茶飯事なのだろうか。
「じゃあオレの番っスね!さっきも言ったけど、天堂って言います!雑用です!」
最後は、
「そして私は、店長と申します」
僕は店長さんと社員たちを見回す。みんな一癖も二癖もありそうな人ばかりである。だけど何よりも、
(みんな、良い人そうだ)
少なくとも、出会ってきた中では1番だった。
(いるだけで安心するなんて初めてだ。こんな場所なら僕……)
そう考える僕に、店長さんは声をかけた。
「気に入って頂けましたか?」
僕は迷わず答えた。
「はい!」
「でしたら、これは提案なのですが……」
そう言って店長さんは続けた。
「もしよければ、我が社で社員として働いてみるのはどうでしょうか」




