なんでこうなった?
おれの上半身は制服の白いシャツがはだけて前が全開になっている。おれの薄い胸に直接、真木君の大きな手が当てられている。じっと動かず間近で端正な顔でおれのことを見下ろしてくる。
どうしてだか初めてくる真木君の家のソファの上でおれは真木君に押しかかられていた。おれは居心地が悪くて、顔を逸らす。
なんでこんなことになったんだ?
ずっと真木君の手がおれを胸にあてられていて、熱いのが真木君の手なのかおれの体なのかわからない。
ドクドクしているのもおれの心臓なのか、真木君の手の血管なのかもわからない。
そしてずっと真木君が動かないからおれはなんだかもじもじしてきた。
じっとしていないといけないのに、それが耐えられない感じ。顔ごと逸らしているのに、近くにいるせいか真木君の視線を感じるような気がする。
本当にじっとしているのが耐えれない。
そもそも、男同士って何するんだ? 女性ともそんな経験がないおれはわからない。
女性だったらあれをこーしてってなんとなくわかる。保健の授業で習ったから。見たことも触ったこともなけいど。だけど男同士ってどうするんだ?
自分には関係がなさ過ぎて、そんな情報を見たことも調べたこともなかいからわからない。
いまからでも「冗談だよ」とか、「お前信じたのかよ」とか笑ってくれないかな。
視線の圧に負けてチラって真木君を見ると、やっぱり上からジッとおれを見ていた。顔が整っている分、圧がすごいのは気のせいだろうか。ずっと黙っているのも怖い。
おれは何かをごまかすように笑った。やめてくれないかな?
真木君がビクッと体が動かす。
わ、身近でおれみたいなやつの笑い顔を見たから、びっくりされたのかな。申し訳ない。
おれは前髪が長くて、普段はすだれみたいに顔が隠れている。わざとってわけでもないけど、すぐに髪が伸びるから放ってたらこんな感じになっている。
目が悪いから眼鏡もかけているし、言ったらなんだけど暗いし、しゃべりは下手だし、運動神経も勉強もできない。言ってて悲しくなってきた。
そんなおれには、明るくてクラスで人気者の幼馴染がいる。
おれみたいなのとなんで一緒にいるんだって、クラスメイトに言われているのを見たことがあるけど、「なんでミコトはいいやつだよ」ってにこって笑って言ってくれた。
おれは感謝しかない。一生タツキについていこうって思った。
タツキにはずっと好きだった人がいて、やっと付き合えるようになるかもって喜んでいた。おれはタツキの恋を全力で応援したい。
同じ美形でも、明るくて人気者のタツキと違って、学校でも悪いらしいって真木君は有名だ。どちらかというと進学校では珍しく不良枠だ。
その真木君がタツキを呼び出したとか、好きらしいってクラスの子たちが話をしていた。
そりゃタツキは性格もよくて、顔も良くて、運動も勉強もできる。老若男女にもてるのはわかっているけど、真木君にまでもてなくてもって思う。
真木君は体格が良くて、美形だけどいかにも迫力のある男だ。同じ高校生だとは思えない。制服もなんだかスーツに見えてくる。老けてるわけじゃないけど大人っぽい。細マッチョなのかなよっとしていない。
真木君はクラスのやつらが言うには好きな子を束縛しそうとか、けっこうなヤンデレ体質らしい。ヤンデレってよくなんだかわからないけど。
だけど俺は真木君に対してそんな印象は持っていない。
おれが先生に頼まれて両手いっぱいに資料をもって教室に入ろうとしたとき、両手がふさがっていて困っていたら、大きな体の真木君がスッとドアを開けてくれたことがあった。そんな些細なことだけどおれは優しいなって思っていた。おれが困っているときに助けてくれる人なんて幼なじみくらいしかいないから。
まあ真木君にしたら、ただ自分が教室に入るためにドアを開けただけなのかもしれないけど、おれが助かったのは事実だ。
それ以外はおれは真木君とは同じクラスなのに特に接点もなく過ごしていた。
だけど真木君がタツキを呼び出すかもって聞いて、慌ててタツキより前に真木君に会いにいった。
だってタツキに危ない目になんかあってほしくない。タツキなら例え真木君に告白されても、上手く断るとは思ったけど。もし噂が本当で真木君に閉じ込められたり、せっかく好きな人とうまくいきそうだって笑っていたタツキが困るようなことになったらおれが嫌だ。
いつも助けてくれるタツキを助けたい。
だから勇気をだして外廊下を一人でスタスタ歩いている真木君を呼び止めた。足が速くて追いつけないから多少大声になった。
「ま、真木君」
あわわ、声が裏返ったかも。
振り返る真木君は猫科の大型獣みたいに優美で迫力があった。なんか黒髪がさらっと揺れている。
あーまがうことなく迫力美形だ。そして怖い。整い過ぎて無表情だと怖い。意味なく謝りたくなる。
そう思うと、カッコいいのに癒される笑顔のタツキは天使か。
「ま、真木君。お話があります」
真木君はおれのことなんて今まで認識してなかったのかもしれない。誰だこれって顔をしてじっと見てきた。
おれは慌てながらも、「タツキに告白しないでください。タツキには好きな人がいるんです」
はあ? って顔をされる。怖い。
一生懸命、色々たどたどしく説明する。
「いや、タツキってだれ?」 低い声がいい声すぎてびっくりする。
真木君ってこんな声していたんだ。背も高いし大人っぽいし男として色々うらやましい。
「中山タツキのことです」好きな人の下の名前くらい覚えておけよ。それともおれがタツキと仲が良いのをしらなくて、まさかおれの口から人気者のタツキの名前がでるなんて、思わなかったのかな。
「中山、あーあの目障りなやつ? おれが告白する? ・・・たとえそうだとしてもお前に止められておれが止めると思うか」
ごもっともなことを言われる。
「そ、そうなんだけど」
「ふーん、おれが中山に告白なんて考えただけでも気持ち悪いけど、お前はしてほしくないんだな」
顎に手を置いておれを見下ろす真木くんはすごい迫力だ。
身長差も体格差もすごい。
「なら説得してみろよ。おれがお前の言うことを聞いてもいいって思えるように。体で」
「え?」
体でってサウンドバック的な? 暇つぶしに殴らせろ? とか。代償が大きすぎる。いや殴られるだけで済むなら安いのか? それとも一生使い走りになれとか?
おれは怖い想像しかできなくて顔が青くなる。パニックになっている間に、腕をギュッと握られる。
引っ張られて、わー拉致される! 慌てるけど力の差がありすぎて、腕は外れない。スタスタ歩く真木君に転けないようについていくのが精一杯だった。
周囲の人もみんな見ているだけだった。誰か助けて!
学校を出て、気づいたら高層タワーマンションの一室に連れて来られた。最上階じゃないみたいだけど、こんな高級なマンションに来たことがない。
エントランスにいたコンシュルジュの人は、おれが拉致されたってわかってくれたかな。もしこのマンションから出てこれなかったおれが連れ込まれたって証言してくれるかな。
住人のプライバシー遵守だから無理かな。
助けてって目で訴えてみたけどコンシュルジュの人は「お帰りなさいませ」って完璧な笑顔で真木君に挨拶してる。
おうちの人いないかなって思ったけど、生活感のないだだ広い部屋に大きなソファや、シンプルだけど高そうな家具が配置されているだけで、家族の人が住んでいるのかわからなかった。きっとお手伝いさんもいるんだろうな。大きな窓には街と空の景色が広がるばかりだった。
ずっと右手首を掴まれていて、室内に入ってやっと歩くのをやめた真木君に言ってみる。
「痛い・・・です」
何故、ですつけちゃう? おれの根性なし。
「あ、悪い」
真木君が謝ってすぐに手首を離してくれたのは意外だった。手首が赤くなっている。これ後で内出血みたいになるやつだ。
「ほら、座れ」とおれを大きなソファに押すとおれは簡単に、ソファに背中から倒れる。
「う」
このソファものすごく寝心地がいい。自分の家のベッドより気持ちいい。肌触りもよいし、なんか良い匂いがする。
だけど立ったままでおれを見下ろす真木君の目が怖い。なんかゴクリと唾を飲み込んだ音がした。
えっと?
「おれを説得するんだろう。……抱かせろ」
意味がわかりません。
そうして冒頭に戻る。
最初は殴られるかと思ったけど違った。そしてジッとおれの胸に手を置いたまま彫像みたいに動かない真木君に「抱かせろ」ってのはハグ的なことなのかなって思い始めてきた。
人肌に本当の意味で飢えていているのだろうか。もしかして親の愛情を感じずに育って、愛というものがわからない、どういう風にすればいいのかわからないんだろうか。
だから不良と呼ばれたり、好きな子を閉じこめたりするんだろうか。これは噂だけど。
だんだん真木君がお金持ちだけど、実は可哀そうな生い立ちでかわいそうな子なんだろうかと思い始めてきた。なんか真木君が可哀そうで涙出てきそうになる。おれはウルウルしないようにぎゅっと目を閉じてから、カッと目を見開くと、そっと、真木君に手を伸ばして、両腕で真木君の大きな熱い体を抱きしめてみた。
真木君の大きな体が動揺したのか、ビクッと動く。いい子いい子とおれは真木君の背中をトントンと優しく叩く。真木君は怒ることもなくじっとしている。やっぱりこの感じがいいのかな。
そう思って今度は片方の手で真木君の頭の髪を優しくすいてみた。子供のころ母親にされて気持ちが良かったことだ。
じんわり熱くて汗もかいていた真木君はおれの手に髪が漉かれるの気持ちいいみたいで、ちょっと力が抜けたのがわかる。
大きなソファの座面は男二人が横になっても大丈夫そうなので、真木君の体をなんとなくおれの体の横にする。真木君の黒い形の良い目がおれを不思議そうに見ている。
「へへ」とおれは照れくさくて笑う。
なんだか大きな動物みたいな真木君が可愛くなってきた。
真木君はきょとんとした顔をしていたが、おれをジッと見つめてた後、そのまま続けろとばかりに目を閉じた。長いまつ毛の瞼の閉じた真木君を見下ろすような構図でみて、鼻筋が通っていてかっこいいっていうのがよくわかった。
この人かっこいい人なんだなって改めて思う。タイプは違うけどタツキと同じくらい顔がいい。
おれは無心になって、真木君が満足するまで、頭を撫でたり梳いたりした。
はっと気づいたら、大きな窓の外は暗くなっていて、街の明かりが綺麗に見えていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。
真木君も大きな体をおれに覆いかぶさるようにして寝ている。熟睡している真木君が重たい。なんとか押しのけてソファから降りようとした。やっと真木君から抜け出て、ソファから降りようとすると、右腕をぐっと掴まれて、バランスを崩す。結局真木君の胸の上にダイブするみたいになった。おれの重さなんか物ともしないのか、真木君は平気な顔をしている。
「勝手にどこに行くんだ」
「え」
勝手にって寝てたよね?
「あの…寝てたから」ギロッて睨まれる。今のおれが悪いの?
「勝手に出ていくな」
「う、うん」
別にすぐに帰るとかでもなく、とにかくソファから降りようとしただけなんだけど。それに目が覚めたらトイレに行きたくなった。
「あの」
「うん? なんだ」なんかおれから声かけたのがうれしいみたいに優しい声。そんなわけないよな。
「トイレ行きたい」
「トイレ?」
声に出したらものすごくいきたくなった。
おれがもじもじしてたら。なぜか真木君の男らしい顔が赤くなった気がした。
トイレはうちの家の玄関より広そうだった。大理石調の床のトイレとか個人宅であるんだな。もしかして本物の大理石か。広いから男二人ぐらい入れるが、真木君も一緒に入ってきてぎょっとする。
「えっと、真木君、トイレ先に使う?」
おれが尿意を我慢して言うと、真木君は「いいよ、先に使えよ」と言ってくれる。
だけどその場から動かないから焦る。いや、人に見られながらの排尿とか嫌だ。
学校や公衆トイレみたいに立ってする便器が並んでいても、ジッと見られたら嫌だ。
「み、真木君? あの、お願い」本当に漏れそうで焦って顔を赤くしながらお願いするとなぜか、真木君も顔を赤くしながらなんとか出て行ってくれた。やっとすっきりしてトイレのドアを開けるとすぐそばの廊下で真木君が待機していて驚く、そのままトイレに入ったから真木君もトイレにやっぱり行きたかったんだな。
「まだ帰るなよ」
真木君の家のベランダから夜景が珍しくて見入っていたら背中から体を覆われながら言われる。時計を見るとまだ7時半だった。明日は土曜日で学校はないし、今日はちょっとくらい遅くなってもいいかなって思って頷く。今まで真木君とは話したことはなかったけど、友だちの家に遊びにいくっていうシチュエーションみたいでうれしい。当然おれはタツキの家以外、遊びに行ったことはない。タツキがいなかったらおれは学校でもボッチなんだ。
真木君は嬉しそうに笑って頷くと「飯作ってやる」と言われる。
真木君が料理をするんだって驚く。お手伝いさんとかいそうって言うとやっぱりいるそうだ。
週2回午前中にお手伝いさんが、部屋の掃除と洗濯や料理をしにくるらしい。やっぱりお金持ちだ。ご両親とは一緒に暮らしてないんだろうか。
なんだか聞いていいのかわからないから頷くに留まる。
真木君はザ男飯って感じでチャーハンを作ってくれた。美味しくて「おいしい、おいしい」って言いながらたらふく食べていると、おれの頬を指で触りながら、「リスみてえだな」って笑われる。その笑顔が優しそうで、真木君はやっぱり怖いやつなんかじゃないんだって思う。「頬袋なんてないよ!」と半分怒りながらおれも言い返す。そうじゃないと顔が真っ赤なのがばれてしまう。
「そうだ、ごはんいらないっていうの忘れてた」
うちの親は共働きでけっこう夜も遅いからごはんもまだ作ってないかもしれない。スマホなんて持ってなかったけど、タツキに高校生なんだからそれぐらい持てよって言われて、タツキのお古のスマホをもらっスマホを取り出す。親と、タツキしか連絡先ははない。・・・悲しくなんてない。
スマホを鞄から取り出すを「うわ」って驚く。ずっと鳴ってたみたいで、今もバイブが鳴り続けている。着歴もすごい。スマホが熱い。
出ると「ミコトどこにいるんだ」タツキの焦ったような怒っている声が聞こえる。
「タツキ? 」
「ミコトどこにいるか言え。迎えにいってやるから」
「え、悪いからいいよ」
「いいから」
うーんでもここって住所はどこなんだろう? なんて言えばいいかわからず、思わず真木君の顔を見る。
真木君はおれからスマホを取り上げると「おれが送るから」と言ってブチっと電話を切った。
その後も鳴り続けているから、おれが取ろうとするけど、真木君に邪魔をされる。
「おれが送ってやるって言ってるだろう」
「でもタツキが心配してるみたいで」
「おれの前でほかのやつの名前をいうな」
タツキのこと好きじゃなかったの?
おれが不思議になって聞くと、「だれが言ったか知らないが、おれはあいつのことなんて好きじゃない」
え、そうなんだ。おれが不思議そうな顔をしていると、真木君の顔がおれの前まで降りてきた。
顔を斜めにしながら、おれの顔を覗き込んでくる。
「ば・・・」ばかって言いそうになって、それはないだろうと、思い直して、でも真木君の顔が至近距離にあって、どうすればいいのかわからなくて、プチパニックになっていると、真木君がふっと笑った。カッコいい真木君の優しい崩れた笑顔に、胸がギューッとなる。
真木君の顔が更に近づいて、優しくそっとおれの唇に触れる。
そっと離れて「・・・・・・おれが好きなのはお前だ」と言われる。
「・・・・・・・!」
両手で唇を隠して、顔だけじゃなくて体も熱い! なんでなんで!? と焦って真木君を見ると、
「まだ分からないのか」とフンって笑われる。
なんでか偉そうだ。
「おれ?」
好きになられる理由がわからなくてボーとしてしまう。
「ああ、ずっと可愛いなって思ってた」
「可愛い? 可愛いのはタツキだよ?」
「あいつの話なんかしてねえだろ。おれとお前の話だ。おれはお前がずっと可愛いなって思ってた。お前はどうなんだ? おれのこと知ってたか?」
「真木君、目立つから知っているよ。だって同じクラスだよ」
「ならどう思ってた」
「・・・どうって、背が高くて」じっと見つめる。
「高くてどうなんだよ」なんだか耳が赤い真木君。
「優しいなって思ってた」
「おれが優しい?」
真木君が驚く。
「うん。前におれが両手で荷物をいっぱいもっていたらドアを開けてくれたでしょ。優しいなって思ってた」
あーあれかと真木君も思い出したようで、
「優しいのはお前にだけ。おれがそんなことをするのはお前だけだ」
直球で言われて思わず顔が熱くなる。
「それだけか?」
同じく顔が熱いのか赤い真木君に続きを文字通り迫られる。さっきまで離れていたのに、ソファの上で膝の上に抱き寄せられる。おれの鼻を軽く摘まれる。
「えっと、かっこいい?」
「疑問形か」
「ううん。かっこよくて男らしくて、背も高くて、筋肉もあってうらやましい」筋肉が浮き出ている腕を思わずさわさわする。
どこか満足気な真木君に「目を閉じろ」命令されて思わず目を閉じる。するとふにゃっとした柔らかい物が唇に触れる。わーーー!!
驚いて目を開けるとすでに真木君の唇は離れていた。
「嫌か?」心配そうに聞かれる。おれはちょっと考えたけど、嫌じゃないと思ったので首を振った。真木君はやっぱりうれしそうな顔をして、もう一度おれに唇で触れてきた。
「あ」小さく開いているおれの唇に何回も優しく触れてきて「好きだ。ずっと好きだった。可愛い」と囁かれながら唇で優しく触れられ、おれは心臓がドクドクと高まって、顔も体も赤くなった。
そのうち、ちゅっちゅっちゅっちゅっと何度も恥ずかしい音が聞こえてくる。
わーキスって本当にちゅって言うんだな! え、おれ真木君とちゅーしてるのか!?
唇を唇で食まれて、優しく噛まれておれは体中に電流が走ったみたいになった。
ぬるっとと真木君の熱い舌が確かめるように唇の間を舐められて、そのまま舌を絡められて、ちゅーと吸われる。体がビクンと震える。
なんだ今の。気持ちいいい?
真木君に触られるところ全部が気持ちよくて、目も開けてられなくて、トロンとして体に力が入らなくなる。
「えろ」
真木君がおれの耳元でたまらないみたいに言ってくる。
エロいのは真木君だ。こんなの反則だ。ふわふわと気持ちの良い湯舟にたゆっているように、真木君の腕の中に身を委ねる。心地よい。
「心配だな、こんなにちょろくて」
熱でボーとしたみたいになって、真木君の声がよく聞こえない。
「おれが気持ちよくしてやるから安心しろ」
耳朶も優しく唇に噛まれて、真木君の低い声が耳から直接に入って体がジーンとしびれる。ドクンドクンと体が心臓になったみたいに脈うっている。
あーこんなのダメになる。
おれの表情に更に煽られたのか真木君は、唾を飲み込む。
「ミコト」
「!」
おれの名前知ってたんだ? タツキと家族以外に初めて名前を呼ばれた。
なんでかすごく恥ずかしい。
更に真っ赤になって泣きそうなおれに気づいた真木君が満足そうに、どこか意地悪するみたい、低い声で何度も耳に名前を囁いてくる。
「好きだ」
って言われて・・・。
……
鳴り続けていたスマホはいつのまにか充電が切れていて微動だにしなくなっていた。
タクシーで真木君に家まで送り届けてもらうと、タツキが玄関前で待っていた。
「ミコト大丈夫か」
「あ、タツキ」
おれは恥ずかしくて赤面する。なんだか今日は会いたくなかった。恥ずかしいことをした後に仲の良い友だちに平気な顔をして挨拶なんてできない。真木君に肩を組まれていたけど、恥ずかしくて、その腕から抜け出る。真木君のアウターはおれの肩に掛けられている。真木君大人みたいな配慮だ。
玄関先ではなぜかタツキと真木君が睨みあっている。
「てめえミコトに何しやがった」タツキがアイドルみたいな顔を凄ませていっている。
「は、関係ねーだろ」
「関係はある。ミコトはおれのもんだ。おれがずっと守ってきたんだ」
「はあ? 何いってやがる。ミコトはおれと今日からつきあってるんだ。なあミコト」
言われておれは赤くなって頷く。だってキスしたし。おれたち。それってつきあってるってことだよね。
甘いキスを思い出しておれは赤面する。
「ミコト!? 何を考えているかわかんないようなやつだぞ。嘘だろ。おれはお前のことがずっと好きだったんだ。おれが付き合いたい、ずっと好きだって言ってたのはミコトお前のことだよ」
おれは急にタツキにそんなことを言われて戸惑う。タツキに両肩を掴まれて揺さぶられる。
「え? でもタツキ好きな人がいるって、ずっと好きでやっと付き合えるかもって」
「ずっと好きなのはミコトのことだ。おれが好きな人に告白したいって言ったらお前も絶対大丈夫だって言ってただろ」
「だってタツキは性格も良くて、運動神経も、勉強もできて完璧だから、タツキを振る人なんていないよ」おれは真顔になって頷く。
「お前がそういうから、わかってくれてるって思ってた」
タツキが悲壮な顔をして言う。おれはどうしたらいいかわからなくて、顔を傾ける。
真木君がおれとタツキの間に割り込む。
「間抜けな自己中なやろうだな。どうせ今の関係を壊したくないから怖くて告白できなかっただけだろ。それをミコトのせいみたいに言うな」
真木君がおれの肩に腕を回すと、「おれはミコトが好きだ。悪いがもうおれとミコトは既成事実をつくってるからな。もうおれたちは付き合ってるんだ」
「ミコト! 何されたんだ」
おれは甘い甘いキスを思い出して赤面する。そんなこと友達の前で言わないでほしい。
「知らない」おれは怒って真木君の胸を叩くけど、全然相手にされなくて、反対ににやって笑った真木君に髪にキスされる。友達の前でそんなことをされておれは赤面する。
恥ずかしいし居たたまれない。
「おれはあきらめないから。ミコト、目を覚ませ。あいつに何されたっていい。おれはお前がずっと小さいころから好きだったんだ。大人になってもずっとおれたち一緒にいるって将来を誓っただだろ?」
「子供の頃の約束でミコトを縛るな」
真木くんが、冷たい目でタツキを睥睨すれば、タツキも真木君を鋭く睨みつける。
「ミコトは優しいやつだからわかってないけど、お前みたいなやつとおれたちは住む世界が違うんだよ。ミコトに近づくな」
何故か互いに敵意丸出しで睨み合っている。真木君がタツキが好きなんて、なんで噂がたったのか不思議なくらいだ。
どこかでホッとしている自分もいる。だってタツキはおれと違って、性格も顔もよくて・・・誰もが好きにならずにいられない。
そんな特別な人間だから。
真木君ちで、おれが好きだって告白されたけど、タツキと会って話をしたら気が変わるんじゃないかとどこかで思ってたから。
全然変わらない態度にホッとする。ホッとしたことで、おれ真木君の事、好きなんだって自覚してしまう。
勝手に頬が上気して、泣きそうになる。うるってきてたら、気づいた真木君が、慌てて僕に構ってくる。
「大丈夫か、ミコト。今日は無理させたから。早く休め」
真木君やっぱり優しい。
「無理させたってなんだよ」タツキはまた憤りかけたけど、僕の赤い顔と涙目を見て、ため息をついた。
「くそ、そんな可愛い顔見せてんじゃないよ。ミコトは早く休め」
勝手したる我が家にタツキがおれを押し入れる。
二人は大丈夫なのかなって振り返る。
真木君は薄く笑うと「おれも帰るわ」という。
タツキは「おれもまた明日迎えにいくな」とにっこり笑ってくれた。
おれは頷いて玄関の中に入った。閉められた玄関扉の反対側では、真木君とタツキが互いに敵意を隠さず、今にもつかみ合いをしそうなことには気づかなかった。
真木君は実は優しいし(ミコト限定)、タツキはみんなに愛される性格の良いやつ(猫被り)だから、大丈夫だよなって信頼していたから。
あー明日会うのが恥ずかしいな。真木君と。
真木君の熱に浮かされたようなキスと告白に、体が発熱したようになる。
人生で初めてされる告白に、キスだった。抱きしめられたのも、あんな風に好きだって目で甘く見つめられたのも初めてだった。
(タツキにも何回もされているが、幼馴染の単なるじゃれあいだと思っている)
本気出したタツキに翌日の朝から、生クリームみたいに甘やかされ告られ、嫉妬した真木君にも更に本気を出されるなんて、おれは知らずに眠りについた。