初めての手作りチョコレート
大学1年生である彼女は、現在チョコレート作りをしているところだ。そのチョコレートとは、本命チョコである。本命チョコと言えば基本、告白するためなのか、恋人にあげるのかどちらかであるが、彼女は後者の方であった。
彼氏と付き合って早3年。2人は高校でも皆公認のバカップルと囃されているほどの仲良しカップルである。それは大学に入ってからも同様で仲良しカップルとして有名であった。
彼女はとても気合を入れてチョコレートを作っている。何故そこまで力を入れているのかと言うと、それは初めての手作りチョコレートだからだ。
彼女は今まで、お菓子作りが出来ないからと言う理由で有名なチョコレートを彼氏に渡していた。勿論それでも彼氏は大変喜んでくれた。しかし、乙女心としては、自ら愛を込めて作ったチョコレートをあげたいものだ。大学に入ってから、自分で料理もするようになり、お菓子作りもするようになった。なら、この機会を逃すわけにはいかない。最高のチョコレートを作ってみせると意気込んでいた。
しかし、そう簡単に上手くいくわけはなかった。そもそも彼女はそこまでお菓子作りをしているわけでもなかったので、元々上手に出来るわけでもない。そのためこうなることは想定内で、バレンタインの1週間前にこうやって試しているのだ。隠し味を変えてみたり、デコレーションを変えてみたりと、様々なことを行ったものの、結局納得のいくものが出来ず、その日は満足しないまま1日を終えた。
彼女はめげずに次の日もその次の日も更にその次の日もチョコレート作りを続けた。しかし、全く納得のいくものが出来ない。失敗作のチョコレートは自分だけでは食べ切れないので、家族にも食べてもらっていたが、家族もとうとういい加減にしろと言われ、それから2日間は自分が食べられる量しか作ることが出来なかった。
こうして、バレンタインの前日まで迫ったものの、納得のいくものはまだ出来ていなかった。
(どうすれば良いのだろう?)
そんな焦った気持ちが高まり、中々冷静になることは出来なかった。ただただレシピを眺める時間だけが過ぎていく。
(もしかしてレシピを見ているからいけないじゃないの?)
今までは素敵だなと思ってきてレシピを見て作っていた。しかし、これが原因で埒が明かないのではと今頃気づいたのだ。
(彼のことを思って作ってなかったな)
先程まではただ自分の好みを反映させていただけで、彼氏がどうやったら喜んでもらえるか考えてはいなかった。前日になって気づくなんて情けないと思いながらも、今からでも出来ることをしなくちゃと外へ出かけた。
買ってきたものは、彼氏が大好きなハチミツとさつま芋。彼氏は甘いものが元々好物であり、特に好きな2つの材料を選んできたのだ。これを隠し味程度にチョコレートに混ぜる。また、形は星やクローバ、花とどれにするか悩んでいたものの、やはりここは好きだと言う気持ちを全面的に伝えたいと思い、ハートにすることにした。固まって後は綺麗にラッピングをして無事に何とか完成した。完成した頃には、もうバレンタインの日だった。
彼女は近くの公園に作ったチョコレートを忍ばせて向かった。本来なら朝一にと言いたいところだが、それは出来なかった。彼氏とは同じ大学だが、それぞれ学科が違う。彼女は文学部で、彼氏は理学部と方向性が違うものだった。そのためお互いにスケジュールが異なる。今日に至っては幸い共にサークルが無かったので、夕方に待ち合わせすることにしたのだ。
いつも待ち合わせはこの公園だと言うのに、今日は何だか普段以上に緊張してしまう。約束時間よりも5分ほど早く着き、彼氏をその時刻まで待とうと思った。
しかし、後ろから彼女の呼ぶ声が聞こえた。何と彼氏が先に待っていたのだ。いつもなら彼女が10分ほど早く来て待ち、時間ピッタリに彼氏が来るというのに、立場が逆になり驚いてしまった。彼女は少し困惑しながらも、すぐ彼氏に会えたことに嬉しさを感じた。
早速チョコレートを渡そうと思うも、心臓がドキドキしてすぐに渡すことは出来なかった。彼氏は急かさず彼女の動向を待った。
「あの………」
ようやく出た言葉はその2文字。いつもの買ってきたチョコレートなら気軽に渡すことが出来るのに、どうしてもガッカリされたらどうしようと言う考えが過ぎってその続きがすぐには出ない。また少し時間を置く。
(もう折角作ったのに渡さないなんて勿体ないわ)
「今年のバレンタインチョコよ。受け取ってくれる?」
彼女は勢い良くチョコレートを取り出し、それを彼氏に向けて渡した。彼氏は一気に笑顔になってありがとうとお礼を言う。
「ねえ、開けて良い?」
いつもなら勿論よと笑顔で返すところなのだが、緊張の上小刻みに頷くことしか出来なかった。その動きに彼氏は再び笑みを浮かべ、ゆっくりと開けていく。ガッカリしないでと祈りながら彼氏の様子を伺った。
「もしかしてこれ手作り?」
「そうよ」
彼女は彼氏の質問に端的に答えて反応を待った。
「すっげー嬉しい。可愛いな」
普段は物に対して可愛いと言わない彼氏が、このチョコレートを見て可愛いと言ったことに彼女は驚いてしまった。待ち合わせ時間と言い、少しいつもと違うなと気づき、不思議に感じた。
「食べて良い?」
この言葉は毎年言われるので、彼女は少し元に戻った感じがしてふと笑みが溢れた。
「気に入ってくれると良いんだけど」
彼女は正直あまり自信は無かったので、保険をかけながらも許可を出す。彼氏はその言葉に安心し、手をしっかりと合わせてからチョコレートを食べたのだった。
「めっちゃ美味しい。…………でも何か普通のチョコとは違うような?」
彼氏が少しだけ齧る姿を、彼女は何だか子リスのような感じがして、可愛いと思わず萌えてしまう。
「何を入れたと思う?」
「やっぱり何か入れてるの?」
彼氏が隠し味について真剣に考える姿も可愛らしくて、彼女は自然と笑顔になった。
「やっぱり分かんないな。悔しいけどギブアップだ」
彼氏が本当に悔しそうに諦める姿も、彼女はそれそれでと、やはり可愛らしく感じていた。
「実はね、隠し味に蜂蜜とさつま芋入れたんだ」
「それ俺の好物じゃん。嬉しい!」
今度はウサギのように喜ぶ彼氏。彼女は彼氏が、見た目は爽やかで、超真面目なのに、こんな可愛らしい一面を自分の前では見せてくれることに大きな喜びを抱いていた。先程の不安は何だったのだろうと思わせるほどのリアクションに安堵したのだった。
「本当ありがとう。ご馳走様」
再び手を合わせて挨拶をする。やっぱり彼氏は真面目だと彼女は腑に落ちてしまう。
「次のホワイトデーだけどマカロンにしても良い?」
「え? マシュマロじゃないの?」
彼女は彼氏の想定外の言葉に大変驚いた。この3年間マシュマロを送り続けてきたのに、マカロンに変えるとはどういう心境なのだろうと不思議で堪らない。
「もしかして言い間違えた?」
「そんなわけないだろう」
彼女は語感が似ているため言い間違えたと少しとぼけてみたが、彼氏はすかさずツッコミを入れて笑った。
「今まで知らなかったんだよ。お返しの種類によって意味が違うことを」
確かに彼氏の言う通り、ホワイトデーのお返しには種類によって意味がある。例えば飴だと好き、キャラメルだと安心、反対にクッキーだと友達、チョコレートだとその気持ちをそのまま返すなど様々な意味が存在するのだ。勿論、マシュマロやマカロンにもそれぞれ意味がある。
「別に今まで嫌いと言う意味でマシュマロを送っていたわけではないんだ。ただマシュマロが好きだから………」
「そんなの分かってるわよ」
彼氏が慌てて言い訳している様子に、彼女は可愛らしさを感じている。もう3年も付き合っているのだから、彼氏がこういうには疎いのは十分理解していた。そもそも最初にバレンタインチョコを渡した時には、そっか今日ってそんな日だったねと言ったぐらいなので、自分の好物であるマシュマロをお返しとして渡してくれたことぐらい分かっていたのだ。むしろ彼氏がお返しに意味があると知ったと言う方に彼女は驚いていた。
「マカロンは特別な存在って言う意味があるらしいから、是非送りたいなって………」
「マシュマロも嬉しかったけど、これから貰うマカロンの方が嬉しい。だって、私のことをもっと思ってくれてるもの」
「ああ」
彼女はこんな風に彼氏がきちんと自分のことを考えてくれているなんてと大きな幸せを感じていた。もう次のホワイトデーが楽しみで堪らないのであった。
「これからデートしよう」
彼氏はそう言って、彼女の手を取り、恋人繋ぎをして歩き始めた。1週間振りのデートをこれから2人は満喫することとなる。その様子を夕焼けが優しそうに見守っていた。