【51】『二者択一の意味』
「ダーリン。私、言いましたわよね」
縛られたまま転がり回る俺に向かって、ククルが無感情な視線を投げてくる。
「もしダーリンが、その女のために――ラナのために判断を誤る様な事があれば、私がラナを殺すと!」
「――――⁉︎」
王弟戦に挑む時、ククルは確かに俺にそう警告した。
そして非情の覚悟をしておけ――と。
「い、いや待て!」
「やはりダーリンは、この期に及んでまだあの女を救おうとしている――。思った通りでしたわ」
呆れた様にククルが吐き捨てる。
ククルは言っていた。
――ラナのために、俺は心に大きな傷を背負うと。
それはあくまでククルの予想だったが、今、現実のものになろうとしている。
――ラナを救えば、世界を救えない。
――世界を救えば、ラナを救えない。
両方は――救えない。
それでも『強欲のカルマ』を持つ俺は、すべてを救いたいと思ってしまう。
ククルの言う通り、この期に及んでも俺は――何も諦めきれない。
「ラナを取るか……、世界を取るか……。『二者択一』って、そういう事だったのかよ……?」
「ええ、きっとそうだったんですわ」
ようやく解けたお題の意味――。
愕然とする俺に、ククルは諭す様に頷いてくれる。
俺はもう一つ、大きな勘違いをしていた事にも気付く。
王兄を討伐すると決めた時、発動した『裏読み』の警告――。
あれは王兄を討伐対象とした事が、間違っていると示唆していた訳ではない。
きっと『裏読み』は真の討伐対象であるラナに、俺が肩入れした事を警告していたのだ。
「なんで……、なんでこうなるんだよ……」
顔を歪める俺に、
「ダーリン――。やはり、あなたは優しすぎます。だからせめて、あなたが背負わなくてはならない傷を――、その罪を私に背負わせてくださいませ!」
ククルはそう言い残して、再び前進する。
右手に長鞭、左手にバラ鞭――。
その両方を一気にエウロラに向かって、打ち放つ。
「あー、なんかレオかわいそー。やっぱりククルは嫌な奴だねー」
エウロラが後方に飛び下がりながら、ククルを非難する。
「あなたがおとなしく死んでくれれば、万事解決なんですけどね」
休む間もなくククルは、攻撃と挑発を同時進行していく。
「もー、その手には乗らないよー」
突然、エウロラが後方にシールドを張る。
それにセンチアが空中から放った光弾が弾かれた。
「おのれいっ!」
連携技を防がれ、センチアが苦々しい声を上げる。
「アハハッ。センチア、ずいぶん弱くなったねー。やっぱり私がいっぺん食べた後の、食べ残しだとそんなものかなー」
「お前とて自壊した後の分裂体じゃろうが! 大きな口を叩くでないわ!」
「そーだよー。でも私の分裂体はこれから、たーっくさんの異世界で復活する。そしてたくさんの『混沌』を食べて成長するの」
「させるものか!」
「もー、弱々なのにセンチアは相変わらずだねー。どーして分からないかなー。『混沌』を全部食べて無になれば、みんな一つになれるんだよ」
俺の理解を超えてはいるが、論理としては筋が通っている気がする。
だがそれに至る発想は、やはりトチ狂っている。
それでも今の俺には、なぜかエウロラが悠然と語る言葉が、心に染み込んできた。
「この世界も王様をみんなレオが殺しちゃったから、これから大変だよー。人間ってのはさー、誰かに制御されなきゃ生きていけないんだよ? それがたとえ魔族の王様でもね――。新しい王様が決まるまで、この世界はきっと戦乱が続くよー。ぜーんぶセンチアのせい。いや、実行犯はレオだよね」
そう言ってエウロラは俺を見つめる。
俺は――何も答えられない。
「でも、おかげでこの世界は混沌に染まったよ。全部を救おうとしたレオが、ぜーんぶブッ壊してくれちゃったからね。でもエウロラが、全部おいしく食べて一つにしてあげるから、心配しないでね」
笑顔のエウロラに、俺は呆然となる。
そして自問自答する。
俺は――結局、何も救えないのか?
良かれと思ってやった王兄、王弟の討伐も、結局はこの異世界をかき乱しただけなのか?
あの死ぬ様な思いで乗り越えた戦いも、全部無駄だったのか?
ラナの家族が死んだ事にも――、なんの意味もなかったのか?
「ダーリン、耳を貸さないで!」
ククルが俺に向かって叫ぶ。
ごめんな、ククル……。
お前にも迷惑かけてばっかりだな。
結局、何もできない俺のツケを、お前は『すべての傷を背負う』と宣言してまで払おうとしてくれている。
もうラナも救えない――。
それならエウロラの言う通り、みんな一つに食われてしまえば、その方が幸せになれるんじゃないのか……?
心が折れていく――。もう何も考えたくない――。
縛られたまま、俺はただうなだれる事しかできなくなる。
だが――、
「やめて!」
という声を聞いた瞬間、ハッと顔を上げる。
この声は――ラナの声だ。
見るとエウロラが乗っ取った体を、ラナが取り返している。
「お前、まだそんな力が――」
ラナの声で、エウロラが驚いている。
「レオさんを……、これ以上困らせないで!」
それにラナが、怒りに満ちた声を上げる。
ラナの体がガタガタと震えている。
おそらく体の所有権をめぐって、エウロラと争っているのだろう。
そんなせめぎ合いをしながら、ラナは俺に向き直ると、右手に大鎌を錬成する。
「レオさん、ごめんなさい――。私が『怠け者』だったから……」
ラナはそう言って、自分を責める。
その聞きなれたフレーズに――、嫌な予感がした。
「ラナ、やめろ!」
「最後の決着ぐらい――、自分の手でつけてみせます!」
そう言い終えると、ラナは力を振り絞りながら、大鎌を自分の首筋に当てた。




