【49】『暴食神エウロラ』
ラナが――、いやラナの中にいる『暴食神エウロラ』が直接、俺を食いにきた。
驚きながらも、俺は首筋に走る激痛に戦慄する。
か弱い少女の噛みつきとはいえ、このままではヤバイと直感的に悟る。
血の吹き出し方から、これは頸動脈を噛み破られたかもしれない。
「おのれ、エウロラ!」
センチアが空中に描いた魔法陣から、光弾を発射する。
それは俺を巻き込まないための威嚇射撃だったが、エウロラは素早く身を翻した。
「ダーリン!」
エウロラが離れた瞬間、ククルが俺の体を抱えて後退する。
「すぐに『再生』のスキルをかけます。これ以上、出血しない様にじっとしていてくださいませ」
ククルが俺の首に手を当て、スキルを発動させる。
幸い、致命傷には至っていなかったらしく、遠のきかけた意識がだんだん戻っていく。
「ククル、すまねえ――」
「傷口が塞がるまで、声を出さないでください」
ククルに叱られて、俺は押し黙る。
はっきりしてきた視界の先には、悠然と構えるラナの姿があった。
「アハッ。レオは……『強欲』の味がするねー。センチアとおんなじだ」
ラナの姿で、ラナの声で――、エウロラが狂った事を言う。
「黙れ……」
「ダーリン⁉︎」
ククルに止められていながら、俺は自分を抑えられない。
「その口で……、ラナの顔で、お前を語るな!」
しゃがれた声で叫ぶと、口の中が血の味でいっぱいになる。
そんな事よりも、俺の心は怒りで満ちていた。
「ダーリン、少し落ち着いていただきますわ」
ククルはそう言うなりスキルで縄を出すと、俺をグルグル巻きに拘束する。
「お、おい⁉︎」
「自分が死にかけている事さえ、分からないのですか?」
さすがに、そこまで言われて俺も我に返る。
確かに俺は逆上して、自分を見失っていた。
だがそれでも怒りは収まらない。
ククルもそれを理解しているからこその、この措置なのだろう。
「エウロラ! 貴様、ワシをたばかっておったのか⁉︎」
怒りが収まらないのは、センチアも同じ様だった。
「えーっ、なんの事ー?」
「ふざけるな! その娘の体に隠れながら、ずっとワシらのそばにおったとは、ずいぶんと舐めたマネをしてくれたの!」
「あー、その事ー?」
センチアの怒りにも、エウロラは動じない。
それどころか、そのはぐらかす様な口調は、まるで挑発している様にも聞こえる。
だが、そうじゃない。
ただ単にエウロラは幼いだけなのだ。
だからこそ、その無垢な狂気がかえって恐ろしい――。
「それは勝手にセンチアが勘違いしただけでしょー。私はずっと前から、この子の中にいたよ――。いや、この子のお父さんの中にかな」
「な、なんじゃと⁉︎」
衝撃の事実にセンチアだけでなく、俺とククルも唖然とする。
「このラナって子のお父さんはねえ、『暴食のカルマ』を持っていたんだよ」
「――――⁉︎」
エウロラの言葉に、俺はラナの父親の話を思い出す。
――よく食べて、よく飲んで、よく暴れて、本当にひどいお父さんでした。
生前の父親の事を、ラナはそう言っていた。
まさか『暴食神』の宿主がラナの父親だったとは――。
俺たちは呆然としたまま、エウロラの次の言葉を待つ。
「でも、あんまり居心地がよくなかったから、その娘の体に移る事にしたの――。そしたら、この子のお母さんのお腹の中で気付いたんだけど、お母さんは『怠惰のカルマ』を持っていたなんて、もうビックリしちゃった!」
「こ、混血……⁉︎ ラナは、二つの『大罪のカルマ』の混血児じゃったのか⁉︎」
センチアが声を震わせる。
「そうだよー。だからセンチアは私の事に気付かなかったんだねー。まあ私も『怠惰のカルマ』の陰に隠れていたから、分かんなくても仕方ないよー」
エウロラが、ラナの顔でしてやったりと笑う。
ラナらしくないその表情に、俺はさらに怒りを覚えるが、同時にその顔が次第に別のものに変わっていく事に気付き目を見張る。
「ああ、久しぶりの体だー」
エウロラが感慨深げに、ラナの体を両手で揉みしだく。
次の瞬間、ラナの顔が別人のものになっていた。
「――――⁉︎」
俺たちは唖然としたまま、声を失う。
栗色だったラナの髪が、黄金色になっている。
しかも肩まであった髪の長さも、短くなっている。
そして短い前髪の下には――、十歳ぐらいの端正な顔立ちの少女が笑っていた。
「アハハハハッ、この体はいいなー。私、気に入っちゃったー」
無邪気な笑い声が響き渡る。
その声も別人のものになっていた。
俺の心にずっと語りかけていた声との再会――。
それは恐れていた、『暴食神』の復活を意味していた。
だが――、
「やめて!」
突然、エウロラが叫ぶ。
「――ラナ⁉︎」
俺には分かった――。エウロラの声だが、それは確かにラナの口調だった。
「私の体を……、奪わないで……!」
悶えながら、エウロラが自分で自分を羽交い締めにする。
同時にその顔が、ノイズの様に交互にエウロラとラナのものになる。
「うーん、まだもう少しかかるかなー。ねえラナ――、あなたの願いは『お腹いっぱいゴハンを食べる』でしょー。私、知ってるんだよー。いつも妹や弟に食べさせてあげながら、本当は自分が一番食べたかったんだよねー?」
「や、やめて、言わないで……」
エウロラとラナが、交互に語り合う。
「私と一緒になれば、たーっくさん食べさせてあげるよー。ゴハンだけじゃなくて、世界をまるごと食べちゃおうよー」
「そんなの……、私は……いらない」
「もー強情だなー。ラナは『怠惰のカルマ』を持ってるくせに働き者だし、なんかおかしいよー」
エウロラの言い分は、まるで子供のものだ。その論理に欲望しかない。
そんな心でセンチアたち最高神を、六神も食らったのかと思うと本当に恐ろしくなる。
「あっ、そうだー!」
抱いた恐怖にリンクした様に、突然エウロラが俺に目を移す。
「いい事考えたー!」
無邪気な口調に嫌な予感しかしない。
「ラナはレオの事が大好きなんだよねー。じゃあレオを食べさせてあげる――。レオ、きっとすっごくおいしいよー!」
無垢なる狂気――。
その標的とされた俺に、エウロラが舌なめずりしながら足を進めてきた。




