【45】『言葉という武器』
国境を越えた王弟軍の背後に立ち上る爆炎――。
それは俺がスキル『隠密』を使って、密かに仕掛けたものだった。
俺が新たに手に入れたスキル――『爆破』。
それを、これもやはり新たに手に入れたスキル『塹壕』の中に仕掛けて、一気に起動させたのだ。
だが万を超える軍に、数百メートル単位の爆破では、大した効果は得られないだろう――。
だから俺は、それを攻撃ではなく混乱に利用した。
王弟軍の前方ではなく、わざわざ後方を爆破したのもそのためだ。
そして俺は次の策に着手する――。
――スキル『撹乱』!
姿を消したまま、俺は王弟軍の中に入り込むと、これもまた新スキルを展開する。
「どこだ⁉︎ どこからの敵襲なんだ⁉︎」
「これは大規模術式か⁉︎ 早く魔導士に解析させろ!」
スキルによって王弟軍は、俺の『爆破』の所在が掴めなくなっている。
そもそもが銃火器の概念がない異世界だ。
爆破など経験した事がないだろうから、魔法系攻撃と錯覚するのも無理はない。
そこに俺は『撹乱』による混乱を上塗りしてやったのだ。
王弟軍は、これで完全に浮き足立ってしまった。
――よし、最後の仕上げだ!
俺はスキル『隠密』を解いて、慌てふためく兵の中に身を晒す。
そして大声で叫ぶ――。
「寝返りだーっ!」
当然、スキル『情報操作』をかけた上でだ。
案の定、たちまち王弟軍は大混乱に陥った。
「王都で反乱が起こった! さっきのは王都から俺たちを叩くために進発した、反乱軍からの攻撃だ!」
口から出まかせに虚報を流しまくる。
それを面白い様に信じてくれるのだから、本当に面白くなってくる。
だが、これはまだ前振りにすぎない――。
次の一手が、本当の意味での策の仕上げだ!
「反乱軍は王兄軍と呼応している! このままだと――挟撃されるぞ!」
次の瞬間、戦場を走る『恐怖』という感覚が、空気で伝わってくる。
今、王弟軍は――俺の虚報で完全に恐怖に支配されたのだ。
「ひ、退けーっ!」
「逃げろ! このままでは、皆殺しにされるぞ!」
どこからともなく、逃走の声が次々と上がる。
たとえ万を超える軍であろうとも、恐怖には勝てない。
それが見えざる敵であれば、なおさらだ。
強力な魔法系スキルを持たない俺が駆使した物理攻撃スキル、そして言葉という武器。
剣と魔法のファンタジーの世界で、俺の異質が戦場を支配した。
なだれを打って、逃走に転じる王弟軍。
もちろん方角は西――。目指すは自領への帰還だ。
それを止める者は、もういない。
ただの虚報であれば、真偽を確認するところだが、『撹乱』に『情報操作』を重ねがけしているので、それを疑う者は皆無だった。
――いい頃合いだな。
脇目もふらず西へ進路を取る王弟軍にまぎれ、俺も西へと走る。
その途中の林の中から、点滅する光が見える。
――あそこか!
スキル『隠密』を発動させて、俺は林の中に駆け込む。
その中に潜む人影を見つけると、
「ククル⁉︎」
「準備万端ですわ」
俺の呼びかけに、ククルは背後に控える、騎兵用の戦車を誇らしげに指差す。
「上出来だ!」
軍馬による四頭立ての重戦車に俺は満足する。
これなら俺とククルとラナが乗っても、総崩れで逃走する王弟軍に先行する事ができる。
「頼んだぞ、ククル!」
「フフッ。ダーリンも、振り落とされませんように」
俺とラナが乗り込むと、ククルが御者の位置に飛び乗り、六本足の馬に鞭を振るう。
次の瞬間、予想を上回る加速に、本当に車体から振り落とされそうになる。
「クッ!」
荷台の縁を掴んで、必死に体勢を立て直す。
「ラナ⁉︎」
「大丈夫です!」
なんとかラナの方も、振り落とされずに済んだ様だ。
「さあ、飛ばしますわよ!」
俺たちの危難もどこ吹く風で、ククルは四頭の軍馬に向かって巧みに鞭を振るい続ける。
まったくひどい運転だが、それだけの成果は十分に出ていた。
我れ先にと逃げる王弟軍を、俺たちは次々と抜き去っていく――。
歩兵はともかく、こちらの戦車よりもはるかに身軽な軽騎兵まで抜き去るのだから、ククルの騎乗技術にはあらためて舌を巻いた。
だが、そのおかげでどうやら俺たちは、王弟軍の先頭の位置につけた様だ。
――これなら、次の策も十分に効果が発揮できる!
俺は次の一手に取り掛かるために、荷台から身を乗り出す。
王弟自身が率いる後詰め部隊――。それに真っ先に接触するためだ。
スキル『探索』を展開すると、一キロ前方に軍の存在を確認する。
同時に俺は、そこがラナが方面軍指令を暗殺するために乗り込んだ、あの前線基地である事に気付く。
「ククル、もうすぐ王弟軍の前線基地だ! そこに軍が駐屯している!」
俺は素早く状況を説明すると、
「柵が見えたら、その前を真横に突っ切ってくれ!」
続けて、次の策を実行するための指示を飛ばす。
「かしこまりました」
ククルも阿吽の呼吸で短く答えると、手綱を握り急旋回に備える。
柵が目視できるところまで来ると、俺は前線基地に向かって、まずスキル『撹乱』を展開する。
さっきの様に『爆破』を仕掛ける余裕はないが、それでも混乱の下地にはなるだろう。
そして柵の直前でククルが戦車を急ターンさせると、俺は前線基地に向かってスキル『情報操作』を発動させながら、声のかぎりに叫ぶ。
「伝令ーっ! 先発部隊が王兄軍に寝返った! まもなくここに押し寄せてくるぞ! 速やかに迎撃を!」
そのまま俺は、同じ内容を柵の中に向かって、繰り返し叫ぶ。
「よし! ククル、このまま安全な所まで離脱しろ!」
俺は頃合いよしと判断すると、ククルに戦域から離れる事を指示する。
同時に後方から、地を揺るがす馬蹄の響きが聞こえてきた。
――来た。
俺たちから遅れる事、数分――。
まだ混乱の最中にいる先発部隊が、目を血走らせながら前線基地を目指して逃げ戻ってきたのだ。
次の瞬間、柵の中から無数の矢が先発部隊に向け放たれる――。
それは味方が味方を討つ、異常な光景だった。
こうして俺の二重の虚報によって、王弟軍は壮絶な同士討ちを始めたのだった。




