【44】『非情の覚悟』
『暴食神エウロラ』の分裂体が間もなく成体になると、センチアは言った。
最高神を六神も食らった事で、自壊したという『暴食神』――。
その旺盛な食欲は、分裂体でさえ世界の一つや二つは、軽くたいらげる力を持っているという。
「奴はまだ幼い――。幼さゆえに、本来己が制御するべき『暴食のカルマ』に取り込まれたのじゃ」
センチアは、エウロラという存在についてそう説明すると、さらに言葉を重ねた。
「エウロラは、ワシらの事も無邪気に食いおった。強欲、傲慢、怠惰、嫉妬、色欲、憤怒――。そのすべてが混ざり合った『混沌』が食いたいと言うてな……」
確かにエウロラは、俺に対しても『混沌』が食べたいと言っていた。
「なあセンチア。エウロラは、お前らが束になっても叶わなかったのか?」
「ああ、叶わんかった。エウロラは強い。じゃから奴が宿主である王弟の中にいる間に、なんとしても討たねばならん!」
俺の疑問に、センチアはあっさりとそう言い切った。
その事を思い出しながら、俺は王弟を倒すべく、今まさに策を巡らせている――。
王弟を倒すのなら、その本拠地である西に向かうべきだ。
だが今、俺は全員を引き連れて東に向かっている。
王弟は、亡き王兄の領土を制圧するべく、万を超える軍を動かしている。
騎馬、歩兵、魔術師、兵站部隊――。その威容は地を揺るがすほどだった。
それなら本拠地にも、同等の戦力があると見るべきだ。
王兄の時は、『饗宴』という人食いの選別に、王兄自らが出てきたおかげで、なんとか暗殺する事ができた。
だがそれを依頼した王弟が、同じ暗殺を警戒していない訳がない。
となれば、今回は正攻法でいくしかない。
そうは言っても、万全の備えをしている王都に、センチアを除けば、わずか三人しかいない俺たちの戦力で乗り込むなど、愚の骨頂だ。
ならば選択肢は、やはり『奇策』しかない。
そのために俺たちは東へ――境界線を越え、王兄の領土に侵入した王弟軍の背後に忍び寄っているのだった。
「ダーリン――」
斥候を頼んでいたククルが戻ってきた。
「どうだった?」
「兵を数人、締め上げて吐かせましたわ――。王弟は後詰めとして、兵一万を率いて進発しているとの事ですわ」
「よし……」
もし王弟が本拠地である王都に籠っているなら、手間が増えるところだった。
だが前線に出てきているのなら、この後の奇襲もやりやすい。
「またイチかバチかだが……、やるしかねえ様だな」
俺は大きく息を吸って、腹を括る。
「ククル、この後かなりの混乱になる――。ラナを頼む」
「……かしこまりました」
即答はしてくれたものの、どうにも歯切れが悪い。
やはりククルは、ラナに思うところがある様だ。
だから俺は、
『ククル、思う事があるんだったら言ってくれ』
と、戦闘が始まる前に、その真意を問いただしておく。
『やはりお見通しでしたか?』
『まあな』
『決戦の前だから控えようと思っていましたが……。では言わせていただきますわ』
重たいククルの言い回しに、俺も平静を装いながらも身構える。
『ダーリン――。私はそのラナという女のために……、ダーリンが何か心に大きな傷を背負う様な気がするのです』
『俺が……傷を背負う?』
『ダーリンは『強欲のカルマ』を宿しています。だから自分でも気付かないうちに、すべてを手に入れようと――救おうとしてしまいます』
ククルはそばにいるラナに気付かれない様に、遠くに目をやりながら念話で語り続ける。
『私もそんなダーリンに救ってもらいました。だから分かるんです――。ダーリンは世界を背負うには、優しすぎます』
『…………』
あまりに意外な意見に、俺は何も言う事ができない。
『これから『暴食神』との決戦です。もしその時ダーリンが、その女のために判断を誤る様な事があれば――、私がその女を殺します』
『――――⁉︎』
『恨むなら私を恨んでください。ダーリンの傷は、すべて私が背負います。あくまで、もしもの話ですが、私は覚悟を定めました。ですので、ダーリンも非情のお覚悟を――。センチアも、よろしいですわね?』
そう言って、ククルは俺との会話を一方的に打ち切る。
『……うむ。承知した』
センチアも正論だけに、ククルの意見に反対しない。
「ダーリン、ご武運を」
ククルがそう言って、俺を真っすぐ見つめる。
それはまるで何事もなかったかの様に、澄んだ眼差しだった。
そこにラナに対する嫉妬の感情など、微塵も見られない。
――この戦いには、世界の運命がかかっている。
ククルは自身の感情をコントロールした上で、それに向き合おうとしているのだ。
なら俺も覚悟を定めるべきだ。
「ああ、まかせとけ!」
俺はククル、そしてラナに向かって力強く請け合う。
そして素早くククルが、ラナを連れ立って後方に下がってくれる。
それを見届けると、俺は前方約百メートルに配置した『仕掛け』に向かって、念を送る。
――スキル『爆破』!
次の瞬間、轟音と共に王弟軍の後方から、次々と火柱が上がった。




