【43】『食べたい』
ラナの母親、そしてエル、アーシャ、カムリの亡骸を、家のそばに埋葬し終えると、もう夜明けが近付いていた。
それから俺たちは家の中に戻ると、今後について話し合う。
「ラナ……。こんな時に悪いが……、俺たちは『暴食神』の討伐に向かう」
「………はい」
やはりラナは複雑な表情を見せるが、それでもけなげに俺の言葉に従ってくれる。
だからこそ――、俺は真実を言っておかねばならない。
「聞いてくれ、ラナ。詳しい説明はできないが……、おそらく『暴食神』は王弟だ」
「――――⁉︎」
その瞬間、ラナの目つきが変わる。
「レオさん、『暴食神』の討伐に、いえ王弟の討伐に私も連れていってください! お願いします!」
当然、こうなるとは思っていた。
だから俺は、ラナ自身のために、その覚悟を問う。
「いいかラナ、たとえ王弟を殺しても、死んだ人間は帰ってこない」
「はい」
「お前が俺たちと同行するのは敵討ちという『私怨』だ――。その事も分かっているか?」
「分かっています。私は家族を殺された恨みを晴らすために、王弟を殺したいんです。それがまた私が人殺しになってしまう事だって……、分かっているつもりです」
「もう一つ――。王弟が倒せて、お前がみんなの無念を晴らせても、その後、お前は一人になってしまう……。もしお前の心が虚しさでいっぱいになっても、その時、俺はもうお前のそばにはいない……」
自分でも、かなり残酷な現実を突きつけている事は分かっている。
だが、それは必然として起こるのだ。
俺は『暴食神』である王弟を倒せば、この世界から消える。
ラナは王弟を殺した後、その手に何一つ残らない事を理解して、かつそれに耐える自信はあるのか――?
俺はその覚悟を問うているのだ。
できればこのまま、母親と妹弟たちを弔いながら、静かに暮らす方がいいとも思っている。
すべて『大罪のカルマ』によって導かれた運命だったとしても、もうこれ以上、辛い思いをしなくてもいいはずだ。
「…………」
ラナも考えている。
よく考えてほしい。これは彼女の人生なのだから。
しばしの沈黙の後――、
「たぶん……一人になるのは、とても辛いと思います」
目を伏せながら、ラナが呟く。
「きっと、すべてが終わって一人になったら……、私は泣いちゃうと思います」
「…………」
自分で問いかけておきながら、俺の胸は張り裂けそうになる。
だがラナは俺が思っているよりも、ずっと強い女の子だった。
「でも、言いましたよね。私は最後の時まで、レオさんを応援しますって……。だから――、最後の時まで一緒にいさせてください」
ラナはキッパリとそう言い切った。
そこに一切の虚勢は見受けられなかった。
もうこれ以上、何も言う必要はない――。
そう判断した俺は、
「センチア――。認めてくれるか?」
と虚空に向かって、肉声で呼びかける。
すると空間の一部が歪んでいき、
「よかろう――。その覚悟、『強欲神センチア』が認めてやろう」
センチアは現界して、その身をラナに向かって晒す。
こう言ってはアレだが、いきなり目の前に神を名乗るロリババアが現れたのだから、ラナは目を丸くしている。
「ラナ、驚かせてゴメン。こいつは『強欲神センチア』――。俺が契約した……まあ雇用主みたいなもんかな」
「か、神様ですか……?」
ざっくりとした説明にもかかわらず、ラナはセンチアの存在に畏敬の眼差しを向ける。
「しもべの分際で、最高神に向かって、こいつとはなんじゃ、まったく」
センチアはまず俺に苦言を呈してから、
「フン、まあよい――。ラナよ、母より『怠惰のカルマ』を背負いし大罪の子よ。我の剣となるに際し、世の理を知るがよい――」
そう告げると、宙に浮いたままラナに手を伸ばし、額に手をかざす。
その手が光を放つと、
「おいセンチア、なにやってるんだ⁉︎」
「やかましい。我ら七大神による世界の成り立ち。それと『暴食神』についての情報を流し込んでおるだけじゃ」
慌てる俺をよそに、センチアは事もなげに言う。
そんな便利システムが? と俺は半信半疑だったが、ラナは次第に得心した顔付きになっていく。
「――――。『暴食神』を倒さなければ……、この世界は滅びるのですね?」
「そうじゃ。辛い戦いになるが、ワシらに力を貸してくれるか?」
「はい、センチア様――。私も『大罪のカルマ』を背負った者ならば、他人事ではありません。私にも手伝わせてください」
本当にラナは、すべてを理解した様子だ。
ならこれで一丸となって、王弟討伐に向かえる――と思ったが、ふと壁際に佇むククルが浮かない顔をしている事に、俺は気付く。
明らかに、何か思うところがある顔付きだ。
だから念話でその真意を問いただそうとした瞬間、
――ドドドドドッ!
という地を揺るがす響きに、俺たちは呆然となる。
「キャッ!」
ラナがバランスを崩して倒れそうになるのを、俺は片手で受け止める。
そして、そのままもう片方の手を宙にかざし、スキル『探索』と『索敵』を展開する。
脳内に流れ込む周囲の立体像――。
「――――⁉︎ 軍だ、軍が動いている! 百や二百じゃねえ、万単位の軍が東に向かって動いているぞ!」
「王弟の軍が……、王兄の領土を制圧にかかったのですわ」
俺の言葉から、ククルが状況をそう結論づける。
「まずいぞ! 大乱となれば『暴食神』の思うツボじゃ!」
センチアも王兄暗殺からの、この流れに動揺を隠せない。
その時――、
『ああ、食べたい――』
という幼い女の声が、俺の脳内に流れ込んでくる。
――――⁉︎ またあの声だ!
「食べたいって、何がだ⁉︎」
俺は構わず、肉声で語りかける。
『強欲、傲慢、怠惰――。ううん、嫉妬と色欲と憤怒も。その全部が混ざり合った『混沌』が食べたい……。ああ早く、早く私に混沌を食べさせて』
「混沌が食べたいとか、訳分かんねえ事言ってんじゃねえ!」
俺はラナから身を離すと、声の主を探すべく部屋の中をグルグルと見回す。
「クソッ、どこだ⁉︎ いったいお前は誰だ⁉︎」
実体の見えない存在に俺は苛立つ。
そんな俺を、ククルもラナも唖然とした顔で見ているが、
「レオ、落ち着け――。そいつは『混沌』が食べたいと言うとったのか?」
センチアだけは冷静にそう言うと、俺の頭を両手で掴みながら、額を合わせてくる。
「お、おい、何を――」
「少し黙っとれ。お前の中に流れ込んだ声の痕跡を辿る」
しばらくすると、センチアが額を離し、神妙な顔付きになる。
「レオ、お前に語りかけとったのは……、『暴食神エウロラ』じゃ――」
「エウロラ……?」
「ああ、正確にはエウロラの分裂体の一つじゃがな。奴め、復活が近いのか相当に空腹の様子じゃ」
「ぼ、『暴食神』が復活するのか⁉︎」
「時が満ちた様じゃ。じゃから早くしろと、お前を急かしてきよったのじゃ。もう時がない。奴が実体を得る前に倒さねば――、この世界は終わる」
突然、告げられたクライマックス。
そして『暴食神エウロラ』という存在。
すべてが理解できない、まさに『混沌』の中で、俺たちは否応なく最終決戦へと追い込まれる事となった。




