【42】『さよならエル』
虫の息のエルを抱えて、ラナの家に戻る。
最初ラナは、エルの姿を見て歓喜したが、矢傷によってその命が終わろうとしている事を知ると、俺と同じく絶望した。
だがエルはまだ生きている――。
俺たちは最期の瞬間まで、彼女を見届けてやらなければならない。
そして、エルをラナの腕にそっと託す。
「ラナお姉ちゃん……」
もはや腕を上げる力さえないエルが、嬉しそうにラナに手を伸ばそうとする。
「エル、ごめんね! ごめんね――!」
その手を掴んで、ラナが号泣する。
『ダーリン、この子はもう……』
『ああ、分かっている』
もう手のほどこしようがない――。
わざわざ念話を使ってくれた、ククルの気遣いに感謝する。
「どうして、こんな事に……」
「ラナお姉ちゃんが出ていって、少ししてから王弟様の軍隊が街に入ってきたの――」
悲嘆にくれるラナに、エルが最後の力を振り絞って経緯を教えてくれる。
俺は王弟軍の動きが、ラナの出立とリンクしていた事で確信した。
王弟は、ラナが王兄暗殺を成功させるのと同時に、証拠隠滅のために貧民街ごと消し去るつもりだったのだ。
おそらく俺たちに付けた近衛騎士の他にも、伝令がいたのだろう。
それが暗殺成功を知らせるのと同時に、貧民街の掃討を始めたのだとしたら、時間的に手際がよすぎる事にも説明がつく。
それなら――。
俺はスキル『索敵』を展開する。
やはりそうだ!
暗殺を『依頼』したという事実を隠蔽するなら――、必ず実行犯である俺たちも殺りにくる!
――ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
俺は無言で錬成したベレッタM92Fを、右手は天井に、左手は屋外に向かって連射する。
「あああーっ!」
「ぐわっ!」
天井、屋外それぞれから絶叫が上がる。
「弓兵⁉︎」
窓の外に倒れる男を見て、ククルが声を上げる。
壁越しに9ミリ弾を食らった弓兵は、そのまま絶命した。
待ち伏せしていた事からして、こいつがエルに矢を放った兵に違いない。
続けて、
「ううっ――」
という呻き声を上げながら、天井から男が落ちてくる。
その両手には刃渡りの長い、コマンドナイフ状の剣が握られていた。
「テメエ……、なんで子供を殺した⁉︎」
ラナの母親、そしてアーシャとカムリを無慈悲に刺し殺したであろう相手に、俺は怒りを抑える事ができなかった。
「フッ、何を言っている……」
男はうつ伏せの状態で、それでも顔を上げ、俺を睨みつけてくる。
「貴様らは、いったい何人の我が軍の要人を殺してきた? 昨日は王兄軍につき、明日は手のひらを返して王弟軍につく――。そんな卑劣な生き方が、いつまでも許されると思っていたのか? これは――因果応報だ」
「…………!」
因果応報――。その言葉に俺だけでなく、その被害者であるエルを抱くラナも絶句する。
確かにラナは、王兄、王弟両軍から暗殺依頼を受け、まるで二重スパイの様にその要人を殺し続けてきた。
だから話の筋道は通っている――。
だが――、今それを認める訳にはいかない!
「ふざけるな! だからって子供を犠牲にしていいものか! 元々はお前ら王族の問題だろ! それに子供を巻き込んでおきながら、勝手な事を言うな!」
俺は湧き上がる怒りを抑えきれない。
「お前らが手にかけた、エル、アーシャ、カムリ――。いやラナだってまだ大人じゃない! そんな子供たちに大人の事情を押し付けるな! 子供は大人のものじゃない、子供の人生は子供のものだ! それをお前たちは――」
気が付けば、肩で息をしていた。
それでもまだ言い足りない俺の肩を、後ろからククルがさすってくる。
見れば――男はもう事切れていた。
仇は討ったが、やり切れない思いに虚しささえ覚える。
「レオさん……、ありがとう。これからも……、ラナお姉ちゃんを守ってあげてね」
打ちひしがれる俺を、まるで慰める様にエルが声をかけてくれる。
「エル……」
心優しい妹の頬に顔を寄せ、ラナがむせび泣く。
「ああ、まかせとけ。約束する」
そして俺はまた嘘をついた。
それでエルを安心させてやれるなら、もう俺はどんな汚名だって背負ってやる。
すべてを理解しているククルも、黙って目を閉じてくれていた。
そんな俺に微笑むと、最期の時が近付いているのを悟った様に、エルが口を開く。
「お母さんね。兵隊が来た時、一生懸命私たちを守ってくれたんだよ」
「…………お母さん」
ラナが母親の亡骸を見て、声を詰まらせる。
幼いアーシャとカムリに覆いかぶさり絶命した姿は、そのすべてを物語っていた。
「私だけは逃げろって、兵隊を押さえて家から出してくれたの。途中で弓で射たれちゃったけど、そのおかげでお姉ちゃんにまた会えた……」
酒びたりで、娘に暗殺仕事を背負わせるロクでもない母親だったが、それでも父親違いの子供たちを愛していた事を知り、俺も胸が痛くなる。
「ごめんね。私のために……、ごめんね」
ラナは自分を責め続ける。
それに、
「ううん。これまでずっと、みんなのために頑張ってくれたのはお姉ちゃんだよ。優しくしてくれてありがとうね、ラナお姉ちゃん」
エルは満面の笑みでもって、これまで家族を一人で支え続けてきた姉に、感謝の言葉を述べる。
『センチア!』
俺は念話で、今もそばにいるであろうセンチアに呼びかける。
――無理な事は分かっている。
それでも俺は、神にすがりたかったのだ。
『すまぬ……。ワシにもどうにもできん――』
当然の回答が返ってくる。
『そうか……。すまねえ』
俺も覚悟を定める。
「海……」
ポツリとエルが呟いた。
「レオさんが言っていた……、どこまでも水でいっぱいの海――。見たかったな」
俺が妹弟たちにホラ話扱いされた海の事を、ここまでエルが夢見ていた事を知り愕然とする。
「うん、見に行こうね」
だがラナは涙を流しながらも、笑顔で妹の思いに寄り添ってやる。
「みんな一緒だよ。お母さんも、ラナお姉ちゃんも、アーシャも、カムリも」
「うん。みんなで一緒に行こうね……。エル……」
ラナがエルの頭をなででやる。
「ずっと……一緒だよ」
それがエルの最期の言葉だった。
「エルーーーっ!」
事切れた妹の体をかき抱いて、ラナが泣きじゃくる。
俺も歯を食いしばりながら、涙が止まらない。
ククルも何も言わずに背を向けていた。
なぜ――、なぜこうなった⁉︎
俺は繰り返し、心の中で叫ぶ。
なんでこんな幼い命が、無惨に踏みにじられなければならなかったのか⁉︎
悲しみと同時に、怒りに身を震わせる。
――クソッ! クソッ! クソッ!
己の無力さに腹が立ってくる。
そしてハッと俺は気付く。
いや、俺にはまだやれる事がある――と。
王弟……、いや『暴食神』!
俺は止まらぬ涙の中で、その討伐と復讐を心に誓った。




