【41】『希望と絶望』
馬車が貧民街へと近付く――。
異変に最初に気付いたのは、御者台にいるククルだった。
「――――⁉︎」
「どうした、ククル?」
言葉を発せずに、身を乗り出すククルに、俺も荷台から振り返る。
「煙が……見える気がします」
「煙⁉︎」
俺も目を凝らすが、夕闇でよく見えない。
ククルが見ているのは貧民街の方角だ。
「急ごう!」
「ええ」
俺の言葉に、ククルも鞭を振るって、馬をさらに走らせる。
「…………」
荷台を振り返ると、ラナが声を失って呆然としている。
――大丈夫だ、ラナ。
とは言えない。
なにか、えらく嫌な予感がする。
とにかく今は、急いで貧民街に戻る事だ。
――杞憂であってくれ。
そんな俺の願いは、粉々に打ち砕かれる。
貧民街に近付くにつれて、明らかに街から煙が上がっていたのである。
それはただの火事ではない、街全体が焼かれているレベルだった。
「いったい、どういう事だ⁉︎」
貧民街に着くと、その惨状に愕然とする。
街の至る所で――人々が惨殺されていた。
俺とラナが、モンスターの臓器を売りに来た市場も、一面焼き払われていた。
「――――⁉︎」
足元に転がる死体を見ると、交渉相手の薬屋の店主だった。
「……マジか」
見知った者の死に、俺は衝撃を受ける。
それはラナも同じだった様で、店主の死体を見た瞬間、何かを悟った様に走り出す。
「ラナ!」
俺とククルもその後を追う。
街外れのラナの家まで走る間、俺は状況を細かく分析する。
まず家々が、ひどく効率よく焼かれている――。
それはただの火付けのレベルではなく、なにか組織的な動きを感じさせた。
それと犠牲者の死体は、魔法攻撃によるものだけでなく、刀槍による傷、そしてかなりの人数に矢が突き刺さっていた。
ここから推察するに――。
「ダーリン」
ククルも同じ事を考えていた様だ。
「こいつは――、軍による仕業だ!」
「その様ですわね」
俺の予想にククルも小さく頷く。
軍が動いたとすれば、王兄の軍が復讐に来たのか?
いや、俺たちは最短でここまで戻ってきた。
王兄軍が先回りできる訳がない。
――まさか⁉︎
思い当たる節がある。
それを口にする前に、ラナがいち早く家に到達した。
幸い、ラナの家に焼かれた様子はなかった。
「お母さん! エル、アーシャ、カムリ!」
家族の名前を叫びながら、ラナが家に飛び込む。
「――――! いやーーーっ!」
ラナの絶叫を聞き、俺とククルも家の中に入る。
そこにあったのは――床に覆いかぶさる様にして絶命している、母親とアーシャとカムリの亡骸だった。
痩せ細った母親は、自分の体の下にアーシャとカムリを抱きかかえていた。
その背中に――、何度も剣で刺された傷があった。
おそらく母親は、襲撃者からアーシャとカムリを守ろうとして、子供ごと刺し貫かれたのだろう。
「お母さん……、アーシャ、カムリ……」
ラナは放心状態になっている。
肉親を惨殺されたのだから無理もない。
俺も呆然となるが、そこに年長の妹の姿が見えない事に気付く。
「エル……。エルはどこだ?」
もしかすると凶刃を逃れているかもしれない。
「ククル、ラナとここにいてくれ!」
まだ放心状態のラナをククルに任せて、俺は家を飛び出す。
頼む。エルだけでも助かっていてくれ――。
そう願いながら、俺はスキル『探索』を発動する。
「――――⁉︎」
俺が寝起きしていた納屋の陰に、人の存在を感じる。
しかも小さな体だ。
「エルー!」
俺が叫びながら、納屋に向けて走ると、
「レオ……さん……?」
か細い声が耳に飛び込んでくる。
エルの声だ。まだエルは生きていた。
絶望の中で見えた光――。
納屋のそばにうずくまる人影に駆け寄ると、確かにエルの姿だった。
「よかった、エル! 無事で――」
そう言って、エルの背中を抱きかかえた瞬間、その手に感じたヌルリとした感触にギョッとする。
――おい……、嘘だろ……⁉︎
まだ十歳くらいの少女の背中に――、矢が深々と突き刺さっていた。
出血もかなりひどい。
「レオさん……」
俺を見て微笑むエルの顔に、もはや生気はなかった。
おそらく『再生』のスキルをかけても、もう無理だろう。
再び俺を襲う絶望――。
やっと見つけた希望の光が――、あとわずかで消えようとしていた。




