【40】『最低な男』
ラナの俺への思慕を利用した嘘が、見抜かれていた――。
その事に打ちひしがれそうになる俺に、
『ダーリン――』
背中越しに、ククルから念話で声がかかる。
『けっして、心を動かされません様に――。いいですね』
それはさらなる念押しだった。
ククルは、ラナの言葉を黙って聞いていろと、さっきも指示を出してきた。
その上でのこの言い様に、さすがに俺も言い返そうとするが、
『辛くなるのは、ダーリンですのよ』
という言葉に、何も言えなくなる。
『ここに至るまで、いろんな経緯があったのでしょう。それは理解いたしますわ――。それでも……ダーリンは、彼女を『駒』と思わなくてはなりませんわ』
『――――』
ククルの言葉に、頭が真っ白になる。
――こ、駒だって⁉︎
それはあんまりだろと、さすがに俺も腹が立つ。
『お、おいククル――』
『ダーリンだって、分かっていたんでしょう⁉︎ だから彼女に、あんな嘘がつけたんでしょう⁉︎』
俺の反論も、ククルが先手を打って封殺してくる。
ククルの言っている事は、何も間違ってはいない。
なぜなら、俺はラナに感情移入しすぎた――。
そもそも背負うものを、もう何も持たないと決めた俺の信念は、ラナの前ではガタガタに崩れていた。
俺は『暴食神』を倒せば、必ず別の異世界に転移する。
それが分かっていながら、俺はアラフィフのオッサンが手に入れた、束の間の安らぎに溺れていたのだ。
例えるなら、飼ってやる事ができない子猫を、拾ってしまった様なものだ。
可愛がるだけ可愛いがって、飼えない事が分かれば、どこかに置き去りにして捨てていく――。
結局、俺がやろうとしていた事はそれと同じだ。
――綺麗事で片付けるな。
きっとククルは、そう言いたかったのだろう。
『手に入れたいと思ったものが、消える絶望――。そんな感情を彼女にも、味合わせるおつもりですか?』
『――――!』
ククルの言葉に、息が詰まりそうになる。
――手に入れたいと思ったものが消える。
それは誰でもない、ククルが味わった絶望だった。
前世でククルは、俺を自分のものにするために、拉致まがいの行動を起こした。
そこまでの決意をしながら、俺がすでに消えていた事を知った時――。
ククルは絶望した。この世のすべてに。
そして内に秘めた『大罪のカルマ』――『傲慢のカルマ』を発現させ、センチアによって抹殺対象として、異世界に召喚されたのだ。
だからククルは、うわべの言葉だけでなく、本当に絶望を知っている。
このままでは、ラナが同じ絶望を味わう事も――。
今さら気付いた事だが、ククルはラナの事を名前で呼ばない。
ずっと『彼女』と言っていた。
それもきっと、去りゆく異世界に、一切の未練を残さないための、ククルなりの『けじめ』だったのかもしれない。
まあそれ以外にも、単純にラナが気に食わないというのも、あるだろう。
どちらにしても、ククルが必要以上にラナに干渉しなかった事は事実だ。
その事も、俺は分かってやれなかった。
なのにククルは、俺がラナに加担して王兄の討伐に乗り込む事を見越して、先回りまでしてくれていた。
それだけじゃない――。
ククルは間接的にだが、危機に陥ったラナを救ってくれもした。
なのに俺は、ククルの言葉を嫉妬と受け止めようとした。
死闘を繰り広げた末に、分かりあえたパートナーの不器用な優しさを、俺は何も理解できなかった……。
ラナの事、ククルの事――。
二重の意味で、俺は最低だ。
だから、
『ありがとう、ククル』
そう言ってから、
『ちゃんと俺の言葉で、けじめをつけるよ』
己の不徳を清算するため、ラナをまっすぐに見つめる。
静かにだが、大きく息を吸う。
そして――一息に告げた。
「ラナ……、俺は確かに嘘をついた。その事は、どれだけ謝っても償いきれない。だから聞いてくれ……。俺は――お前とは、ずっと一緒にいてはやれない」
「はい」
俺の言葉にラナは静かに頷く。
きっともう覚悟はできていたのだろう。
「俺は『大罪のカルマ』……、その中でも『強欲のカルマ』を背負って、『強欲神センチア』の眷属となった。驚くかもしれないが、お前も『怠惰のカルマ』を背負っている。だから俺たちは引かれあい出会ったんだ――。俺の使命は、数多の異世界に散った『強欲神』の分裂体を討伐する事――」
「はい」
また一息に語り続ける俺の言葉を、ラナは微笑みながら聞いてくれる。
『俺がこの世界に来たのも、その『暴食神』の分裂体がいるからだ。それを俺たちは、王兄だと思ったが、王兄は『暴食神』じゃなかった……」
そこまで言って、俺は一息ついてから、勇気を持って告げる。
「あのな、ラナ――。今さらだが、王兄を倒そうと思ったのは『暴食神』を倒すためでもあったが……、ラナ――、お前のためでもあった。それは嘘じゃない。信じられないかもしれないが、一応言わせてくれ……」
「はい、信じますよ」
「えっ?」
意外な反応にキョトンとする俺に、
「だってレオさんは嘘をつくのが下手ですから、すぐに分かります――。だから今のレオさんの言葉が本当だっていう事も、私には分かるんですよ」
ラナは事もなげにそう言うと、満面の笑みを送ってくれる。
「ラナ……」
思わず涙ぐみそうになる。
だが、きっと泣きたいのはラナの方だ。
それをラナは笑顔で、俺のために耐えてくれている。
だから俺は――言わなくてはならない。
「ラナ――。俺は『暴食神』を倒したら、この世界からいなくなる」
「はい」
「その時が……お別れだ」
「はい」
「それでも俺は……『暴食神』を倒す」
「最後の時まで………、レオさんを応援します」
「……………。ありがとう……。ラナ……」
溢れ出そうな涙を唇を噛んで、必死にこらえる。
俺は本当に最低だ――。
いくら自分を責めても、責めたりない感情に、心が押し潰されそうになる。
その時、馬車の揺れを装って、背中越しのククルが浅く肩を触れさせてくる。
それが、
――よく言えました。ダーリン。
というククルからのメッセージだと、心に伝わってくると、俺はまた涙ぐみそうになった。




